見出し画像

論文とは何か?

はじめに

この文章は、拙著『卒論・修論研究の攻略本(森北出版)』の初稿には書いていたものの、テンポ重視で割愛することにしたものです。たたき台として書いた初稿ですので推敲等不十分ですが、そのまま掲載しています。

割愛した『論文とは何か?』のセクション

論文は「挑戦を後世に引き継ぐために紡ぐ物語」である

卒業研究・修士研究の締めくくりは、論文の執筆です。いくらよい研究を進めたとしても、論文を執筆して受理されなければ卒業・修了はできませんから、誰しもが論文を書くことになるでしょう。順調に進めば、卒業論文あるいは修士論文だけでなく、どこかの会議や論文誌に論文を投稿しようという話にもなるでしょう。

ここで重要なのは、論文を「卒業・修了の要件」だと捉えてはいけない、ということです。それには色々な理由がありますが、どう書けばよいのかよくわからなくなって困るから、というのが最大の理由です。卒業・修了の要件の判定基準は、「体系的・論理的に結論が述べられていること」や「十分な質であると指導教員が認めたもの」のように全体的であったり曖昧であったりするので、じゃあ実際ここの1文はどう書けば良いのか?といった細部での具体的な書き方に悩んだり、なぜこんなに細かい言葉の修正の指導を受けないといけないのか?といった不満を感じてやる気を失ってしまったりし兼ねないのです。

論文は、「挑戦を後世に引き継ぐために紡ぐ物語」だと捉えてみましょう。1.1節で、先行研究論文には攻略情報が記載されていると述べました。誰かが書いておいてくれた攻略情報を参考にして皆さんが上手く攻略を進めた後は、皆さんが、次の誰かのために攻略情報を物語として書き残すのです。皆さんが大変な思いをして行った研究には、多くの人に影響を与えられる価値があります。目論見通りに課題が達成できたのであれば、さらに先の課題達成を願っている人にとっては嬉しい知らせとなるでしょう。また、もし皆さんが当初目指していた課題を達成できなかったとしても、どこで攻略が行き詰ったのか、また行き詰った時に何が起きたのか、という皆さんの体験談は、慎重な攻略を目指す人にとって貴重な情報となるでしょう。

このように捉えると、論文に記載する一文一文は、皆さんに続く挑戦者の攻略の手助けになるかどうかの観点でより良くしていくべきだということがわかると思います。攻略の手助けになる情報は大きく分けて、進捗と教訓の2つです。進捗とは、どこまで攻略が進んでどのような状態に至ったか、という情報です。言うなれば、ゲームのセーブデータのようなものです。うまく引き継げた挑戦者は、皆さんが終えたところから攻略を始めるという利益を享受することができます。ただし、論文の一文一文が曖昧であったり誤字脱字を含んでいたりすると、一部が読み取れなくなったセーブデータと同じように使い物にならなくなって引継ぎに失敗しまうので、このようなエラーは極力排除すべきなのです。一方の教訓とは、どこが攻略の難所で、何に気を付けないとまた失敗してしまうのか、という情報です。教訓をうまく引き継げた挑戦者は、まるで経験豊富な冒険者のように、鮮やかに難所を突破して先に進むことができるでしょう。ただし、その教訓情報も進捗情報と同じく、はっきりわからなかったり誤りが含まれたりしていると、教訓がうまく生かされないことになりますので、そうならないように一文一文をしっかり書かなければいけません。

引き継ぎながら、人類は壮大な世界観の問題に挑んでいる

なぜこのような引継ぎによって他の挑戦者の攻略を助けないといけないのか疑問に思う方もいるかもしれません。もしそうなら、「そういうゲームだ」と捉えてみるとよいかもしれません。すなわち、一人や一つのチームでは手が出せない壮大な世界観の問題に、過去や未来の研究室の、あるいは世界中の仲間たちと「攻略情報の引継ぎ」という機能を駆使して協力して挑むゲームです。

この世界規模・歴史的規模のゲームでは、「宇宙の始まりが全て解明された未来」や「あらゆる病気のない未来」のような壮大なハッピーエンドに向かって誰かがある課題を設定し、問題はきっとこれだ、と宣言すると、色々な人が様々なアプローチでその問題解決と課題達成に乗り出します。上手く攻略が進んだ場合は進捗情報、そうでなかった場合でも教訓情報が論文という形で次々とまとめられていき、互いにそれを参考にすることで皆が採用するアプローチが洗練されていき、やがて問題が解決されます。それによって、隠れていた真の問題が明らかになれば次は皆でそれの解決に乗り出します。あるいは、課題が達成できていれば、さらにハッピーエンドに近いところが課題として設定されます。

そうこうしている間に経験豊富な研究者は引退してしまいますが、論文という引継ぎデータが残っていることで次の世代の研究者は上手く攻略を続けられます。学術の世界では、研究者たちはこのようなゲームに参加しているのです。壮大なゲームを人類が攻略する鍵は、良質な引継ぎデータ、つまり論文です。この大規模ゲームに足を踏み入れた皆さんにも、是非よい引継ぎデータを残して戴きたいと思います。

大抵の論文は数秒で引継ぎデータ候補からふるい落とされる

では、よい論文とはどんなものでしょうか。先に述べたように、引継ぎが成功するように曖昧さや誤りは極力なくさなければいけません。ただし、このような曖昧さや誤りが問題となるのは、そもそも誰かが「この研究を引き継ぎたいから、頑張って読みこもう」と決心してくれた後です。そのように決心してもらえない限りは、論文の細かい一字一句まで読まれないからです。

よい論文の重要な要件の一つは、「数秒の流し読みだけでも、その論文で語られていること、そしてそれがうまくまとめられていることが分かる」というものです。何しろ、世界中で日々膨大な数の論文が出ていますから、全ての論文の細部まで目を通すことは不可能です。研究者たちは、最初の数秒で読まなくてよいと思われる論文をふるい落とします。残った論文には、30秒から1分程度目を通します。それで、「これは引継ぎデータとして自分に価値があるかもしれないぞ」と思ったら、もう数分時間をかけて読み進めますし、そうでなければそこで読むのをやめます。さらに読み進んでいって、「これは是非引継ぎたい」と確信をもって始めて、時間をかけて細部まで読み込んでいくのです。つまり、論文で語られていることがよくわからなかったり、うまくまとまっていなさそうだなと判断されたりしてしまうと、「良質な引継ぎデータではない」と判断されてしまって、読む時間を1分も割いてもらえないことになるのです。これでは、いくら研究がよくてもその価値が発揮されませんから、よい論文とは呼べませんよね。

よい論文は1つのテーマに沿って話が紡がれている

それでは、論文が良質な引継ぎデータだと思ってもらうための要件は何でしょう。実は、「研究テーマ」がここで重要な役割を果たします。流し読みでも良質だとわかる論文というのは、ある一つのテーマに沿って物語が紡がれているものなのです。紡ぐ、というのは、色々ある情報や表現方法の中からよいものを丁寧に選び出し、一筋の整ったものに仕上げていく工程を指します。研究テーマとは、研究にでてくる色々な話題すべてに深く関わっている主役のようなものだ、と先に紹介しましたね。つまり、ある主役にまつわる物語として筋が通り、また無駄のない内容や表現となっている論文が、良質であると判断され、引継がれやすいのです。

皆さんの知っている物語をいくつか思い出してみてください。桃太郎や浦島太郎、あるいは源氏物語や平家物語といった話の主役は何か、正解不正解は別として、それらの全文をしっかり読んだことのない人であってもぱっと答えられると思います。文芸を議論することは本の趣旨からも筆者の得意分野からも逸れますので深くは語れませんが、桃太郎や浦島太郎といった人物や、貴族の色恋あるいは無常観といった概念が主役だと答えられると思います。その主役の捉え方が万人共通であるかどうかや、それらの著者の意図と合致しているかとは関係なく、例えば「これは桃太郎の物語だ」とか「貴族の色恋の物語だ」といったように簡潔に捉えられることが重要なのです。簡潔に捉えられるからこそ、膨大な物語の中に埋もれることなく、現代まで語り継がれているのです。

論文でも同じです。全文を読みこまなくとも、部分的な拾い読みだけで「これはこの主役についての研究だろう」とぱっと分かることが、引き継がれるための重要な要件です。良くない論文の例を見てみましょう。論文のタイトルが「鬼ヶ島における桃太郎の活躍」だったとします。当然主役は桃太郎、あるいは桃太郎の活躍だと思いますよね。次に、概要を見たときに「キビ団子の利用こそが最大の勝因であり」と書いてあったらどうでしょう。桃太郎の活躍はどこにいったの?とちょっと驚きますよね。その後結論を見たときに「キビ団子があれば今後の鬼退治の成功が見込めるため、量産体制に入るべきである」と書かれていたら、一体何の研究なのか、捉えどころがなくなりますよね。テーマが桃太郎の活躍であるのなら、概要は「キビ団子の利用は効果的ではあったもののやはり桃太郎の活躍こそが最大の勝因であり」と書くべきですし、結論は「桃太郎の活躍の効果を今後も最大限発揮させるために、キビ団子の量産体制に入るべきである」のようにすべきなのです。これは極端な例ですが、よっぽど気を付けていないと、このようにテーマに沿って話が紡がれていない論文を書いてしまいがちなのです。テーマに沿って載せる情報を選び、また表現を整えるための技術は後の章で説明します。

おわりに

ここで紹介した文章は載っていませんが、『卒論・修論研究の攻略本』では研究を進める方法についてこのような文体で丁寧かつ分かりやすく解説していますので、是非ご一読いただければ幸いです。

Twitterでも研究攻略に関する記事を発信しています。ぜひフォローをお願いいたします。Twitterはこちら

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?