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3分小説「結婚たち/肉団子」

 靖は料理が趣味になった。
 最近では自分でも怖いくらいのめり込んでいた。

 靖の料理は献立をノートに書くところからはじまる。
 昨日のページには、
ぶり大根~白髪ねぎを添えて~、八丁味噌でつくる玉ねぎとわかめのお味噌汁、納豆オクラ、雑穀米。
 一昨日は、
生みたて卵のゴーヤチャンプルー、根菜野菜のコンソメスープ、白米、浅漬け。
 多少の脚色はあるが、こう書くだけでそれなりの料理を作った気になった。
 もちろんまだ手の込んだものは作れない。でも自分が毎日料理をしていることに驚くし、今までにはない達成感を感じることができていた。

「私がいなくなったらどうするのかしらね」
 生前妻は風邪をひいて寝込むとよく言っていた。
「絶対に俺が先だから大丈夫」
 自分の不養生には自信かあった靖は、本当にそう思っていた。自分が後に残されることはない。タバコに酒はもちろん、仕事のストレスに博打のイライラ、そして運動不足(休日はソファからほぼ動かない)。ストイックに自分をいじめているようなものだと思っていた。

 しかし、靖は後に残された。七十八歳でひとりになった。先立たれたというよりも後に残されたという言い方の方がしっくりきた。そのくらい毎日をちゃんと暮らすことに自信がなかった。

「肉団子とかも作れるの?」
「いや、まだそんな難しいのは」
「作ってみなよ。お母さんの得意料理だったでしょ。パパも好きだったし」
 大阪で働く娘と電話をしていた。盆に帰ってくる予定だったが急な仕事でダメになったという連絡だった。
「お母さん驚くだろうね。パパが料理しているなんて知ったら」
「そうだな」
「泣いちゃうよ」
「喜ぶかな」
「違う、違う、悲しくて泣いちゃうのよ」
 娘は少し黙った。電話の向こうで食器を洗うような音が聞こえた。付き合っている男がいるのかもしれない。
「慣れない料理とかしてお父さんかわいそうって。そういう古い人だったでしょ」
 そういう古い人にしたのは俺だ、とは娘には言えなかったが、そう言う代わりに「肉団子うまく作れるようになったらまた帰ってこいよ」と言って電話を終えた。

 肉団子はなかなかに手間がかかった。
 玉ねぎをみじん切りにして、ひき肉に調理料を入れてよく混ぜて、小麦粉やみじん切りにした玉ねぎを混ぜて、団子をつくり、揚げて・・・。
 妻はいつも「簡単なものが好物でうれしいわ」と言っていたが、いざ作ってみると全然簡単じゃなかった。まして自分が食べるためではなく、家族とはいえ人が食べるものを作るのは大変だったと思う。

 自分は褒められた夫ではなかったが、妻がやってきてくれたこともやはり古いなどと言われるようなことなのだろうか。
 世間の大きな物差しが、突然玄関先から居間に差し込まれたような気持ちになることもあるが、それは自分への言い訳を続けているにすぎない。靖は今ではそれも分かっている。

 でも靖は今日いつもと違う書き方でノートに献立を書いた。
 いつものカッコつけた書き方ではなく、

今日の献立 形は崩れて甘すぎる肉団子、肉団子で余った玉ねぎを入れた薄い出汁の味噌汁、水加減を間違えてべちゃべちゃした白米。

 ほら、こんな体たらくだ。どうだ、かわいそうだろう。
 靖は一人には多すぎる肉団子を前に心の中でそうひとりごちた。

                             終わり

#小説 #結婚 #短編 #料理


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