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1998年のメディア事情(2) パラノイアだけが生き残る

1996-99年に勤め先の職場で回覧していたエッセイです。当時のメディア事情を伝えています。その後、予想以上のテンポでデジタル化が進みますが、「変わるもの、変わらないもの」が見えます。記事は当時のままです。


▼コンピューター界の女王 (1998.4)

エスター・ダイソンさんは、米コンピューター界の女王と呼ばれる。評論家でありながら、企業同士の交流を助ける。急成長したコンパックやデルなどの「シリコンバレーの神話」に直接、手を貸してきた。 
 
マイクロソフトやアップル、インテル、ネットスケープの創業者や幹部と事前の約束もなく会え、十五年以上にわたって、自ら発行する月刊ニュースレターにハイテク世界の最前線を書き続ける。業界の誰もが「次に何が起きるか」について彼女の発言に注目している。 
 
最新刊「リリース2.0」(邦題「未来地球からのメール」集英社刊)が昨秋、世界十数カ国で発売されると、ダイソンさんはたちまち、マスコミの取材攻勢にあった。
 
コンピューターに関係のない一般読者にも、インターネットが政治や、教育、著作権、暮らしにどのような影響を与えるかについて、分かりやすく解説したからだ。
 
三月、彼女が主催するシンポジウム(アリゾナ州ツーソン)に招かれ、次のような話しを聞いた。 
 
「政府であれ、企業やメディアであれ、規模が大きくなると、官僚化、硬直化し、やがて腐敗していく。デジタル時代では、大きな組織は一段と不利になるでしょう」
 
市民、消費者、視聴者が電子メールで簡単に「共謀」し、大きな中央組織に頼らなくなるため、大きな組織は外部から孤立する傾向にあるからだという。
 
例えば「インターネットでは、ユーザーへのレスポンスを怠っていると、たちまち皆の知るところとなり、名声は一気に低下します」と話す。
 
新聞の未来について予想する。
 
「今のような分厚い紙の束を配達することはなくなるでしょう。記事や情報をオンラインで受け取った後、印刷が必要と思う人が手近なプリンターで間に合わせるでしょう。外信記事や映画情報、料理欄など一切を同じ新聞に印刷する必要があるでしょうか」 
 
実は、ダイソンさんは一九八五年に共同通信を訪れている。日本を含む世界のハイテク記事を日刊ベースで配信するビジネスを始めようとした。私が所属していた経済通信局が東京での拠点だった。 
 
テストを繰り返したが、スタート直前で挫折。スタッフ二十七人を解雇したとかで、自分のキャリアの中で最大の失敗と位置づける。当時、彼女は三十代前半。アイビーリーグ出身の聡明で、回転の早い「やり手」というイメージは、今も変わっていない。 
(了)
 

▼デジタル時代の経営者 (1998.5) 

パラノイアだけが生き残るーー。
 
これは、世界の半導体市場を制覇した米インテル社のアンディ・グローブ会長のモットーだ。パラノイアとは、あれもこれも心配し過ぎる人を指す。
 
常に危機感を持ち、状況の変化を敏感にかぎ取り、次々と実験を重ね、新規事業に勇猛に取り組む能動的な姿勢が必要だと、自他ともに言い聞かせる。
 
どっしりと構えているのが経営者という時代は終わったということか。 
 

大和ミュージアム(広島県呉市)で。筆者撮影


グローブ氏は、もっとも有力な世界的経営者に数えられる。フォーブズ誌が先日発表した米企業の経営者報酬番付では六位にランクされた。 
 
このモットーをそのままタイトルにした自著(邦題は「インテル戦略転換」)では、一九八〇年代の日本企業のダンピング攻勢や九四年の「ペンティアム」(中央演算処理装置)の欠陥事件など自社存亡の危機を振り返った。
 
危機管理の経験から学んだことは、企業は、環境の急な変化、特にルールの変化に敏感でなければならないことだと強調する。

「企業は数ある暗黙のルールに従って経営されるが、そのルールは大幅に変化する。 しかも、ルールが変わったことを告げる警告は存在しない」 
 
状況の変化をヨットの操縦に例える。
 
「たまたま船室に潜り込んでいたために、風が変わったことに気付かず、船が傾いて初めて風向きの変化を知るようなものだ。ヨットの姿勢を正し、適正なコースを取るには、新しい方向と風の力をつかまなければならない」
 
インターネット時代を、同社の戦略転換の時と位置付ける。「(ネットは)脅威であるよりも希望だ。何もせずに物事が起きるがままにしておいたら、そのチャンスはつかめない」。
 
今後、同社のビジネス環境はインターネットの行方に大きく依存すると予測する。
 
「ネットについて、手に入れられるものはすべて読んでいる。同僚に中身のあるプレゼンテーションを行うために、私は勉強しなければならないのだ」。
 
実は、この五月に十一年兼任を続けた最高経営責任者(CEO)の身分を譲り、より自由な立場になる。 
 
「忙しくて会えなかった人に会い、出来なかった勉強に時間を割きたい。情報通信、金融、娯楽、マーケティング、学びたいことはいっぱいある」とビジネスウィーク誌に語った。
(了)

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