満月の日の物語⑨「12月30日」後編
「満月の日の物語」は、
毎月、満月の日に投稿します。
1話読み切り、若しくは2〜3話読み切りの
満月に纏わるショートストーリーです。
満月の日の物語⑨
12月30日 [後編]
今日は帰ったら慎也さんから大事なお話があるって。
出発間際にそう言われた私は、とっさに
「いいこと?わるいこと?」と聞くと
「いいこと」って、慎也さんが笑って言った。
慎也さんがずっと笑ってくれていたら嬉しい。
私はそればかり、ここへ来てからずっとそればかり、願っていた。
いいこと記念に、今日はちょっとだけご馳走にしようかな、お財布の中を確認しながら公園に向かう。
だけど、一緒にご飯を食べる、という当たり前のことすら、できなくなる日が来るなんて。
いつものように公園でうたをうたっていると、
向こうのほうから警察官がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
嫌な予感がする。
「こんにちは。突然すみませんが、守山ひかりさんご本人でしょうか?」
警察手帳を見せながら発した言葉に、
私は愕然とした。
「いえ、違います」
「お母さんから、捜索願いが出されています。
周辺の聞き込み調査から、こちらで日中うたっているとのお話を伺いました」
「私はハナという名前で、親はいません」
「では、いまはどちらにお住まいですか?」
「………」
「未成年の方が1人で暮らす、ということは保護の対象になります」
どうしよう、どうしよう、どうしよう、
頭が真っ白になる
慎也さん、慎也さん……
「お世話になっている人のところで暮らしているので、保護しなくて大丈夫です」
「その方は、ご親戚の方ですか?
お母様から捜索願いが出されている以上、一度、事実確認をしなくてはなりません。
万が一、同居されてる方が赤の他人ということならば、未成年者誘拐の罪に問われることもあります。」
「誘拐………」
「事実が違うのであれば、その事もちゃんと説明する必要があります。
お母様にも、同居人の方のためも」
慎也さんが捕まってしまうかもしれない。
私のせいで。
「……わかりました」
「もう一度伺いますが、お名前は守山ひかりさんで間違いないですね?」
「……はい」
慎也さん、ごめんなさい。
私、ちゃんと説明するから、今日は帰れないかもしれないけど、きっと必ず戻ってくるから。
ギターを抱えて、私はパトカーに乗った。
「それでは、引田さんは、道に倒れていた彼女を保護した、ということで間違いないですね?」
「はい、その後名前や住所や連絡先を聞いて、保護者に連絡をいれるつもりでしたが、何も言いたくない、ということでした。親もいない、帰る場所もないという彼女をそのまま放置することはできず、家で一緒に暮らしていました。
思えばその段階で警察に連絡をすべきだったと反省をしています。」
「わかりました。引田さんから今聞いた証言と、守山さんから聞いた証言は一致していますね」
調書を書きながら目の前にいる警察官が言う。
「…無理矢理にわいせつ目的で誘拐をしたのではない、と、彼女は泣きながら何度も訴えていました。自分の意思で一緒に生活をしていたと。
だからあなたを逮捕するのはやめてほしい、と、私たちがわかりましたと言うまで、何度も何度も訴えていました」
「…そうですか……」
ハナにそこまでさせてしまっていたなんて、俺は一体何やってんだ。
「ですが、お母さんとのこともありますから、現実的に同居はもうできないと言うことをご理解いただきたいと思います。」
「わかりました。彼女は親の元へ戻されるんでしょうか?親から捨てられたというようなことを以前本人から聞いていました。
最初に出会ったときも、ぼろぼろで、とても痩せ細っていて、もしできるのならただ母親に返すのではなく、保護するなり、できる限りのご対応をお願いしたいと思います」
ここまでが、本当の、俺にできる最大限だ。
今日は本当はおまえに言いたいことがあったんだ。
就職のこと、これからのこと、おまえと暮らしていくこと、
だけど、それはずっと間違っていたのかもしれない。
ちゃんと保護されて、しっかりと陽のあたる場所で大人になることが、ハナにとっての幸せなんだ。
「わかりました。それでは今後のことは個人情報になりますので、ここまでということで」
ハナが見つかり無事保護されたということで、ハナの母親からそれ以上訴えられることはなかった。正直びっくりした。娘に関心がないのか、親ってもっと怒ったり、訴えたりするもんだと思ってた。
あっけなく俺は解放されたが、部屋に帰ると急に喪失感でいっぱいになった。
ハナの持ち物は最初から少なかったから、最低限の衣類と洗面用品くらいで、あとはほとんど昔と変わらない。
だけど、ここで過ごした数ヶ月、ハナが部屋を整えてくれて、調理器具も少しずつ増えていって、ぼろっちかった俺の部屋はみるみるうちに快適になっていった。
全部、おまえのおかげだった。
だけどもう、ハナがここへ帰ってくることはない。
本当は、いつかはここから旅立っていく日がくることも予想はしてた。
好きなやつができたり、やりたいことが増えたり、ちゃんとした職について収入が増えたら、別の場所で生活をすることもあるかもしれない。
だけど、その現実がこんなに早く訪れるなんて。
ふすまを開けると、きれいに並んで重ねられた布団が2組入っている。
「……ハナ………」
俺は結局最後までハナに何かしてやれただろうか。
ただ、住む場所を提供してあげてた。
それくらいしか俺はできてなかった。
ただ笑って過ごしていてくれたら、
世界に絶望していたような姿だったハナが、
元気になって、のびのびとハナらしく、
楽しい、嬉しいと、思ってくれたなら
俺はそれが一番嬉しいことだった。
それが恋なのか愛なのか、
女として見てたのか、娘のように思っていたのか
自分の感情が、今でもはっきりとわからない。
ただひとつ言えることは、
俺はハナを幸せにしてやりたかった。
ただ、それだけだった。
窓を開けると、さっきの月がだいぶ下に降りていた。
「幸せになれよ」
それから、俺は畳に横たわって、目を瞑った。
それから3年が経った。
俺はあの後も、しっかりと生活をしていこうと、声をかけてもらった今の職場で、そのまま正社員として働いている。
収入的にはもう少しマシなアパートに引っ越してもいい頃なのかもしれない。
この家から出て行きたくない気持ちと、心機一転引越したい気持ちで揺れていた。
もしかしたら、あいつが帰ってくるかも、なんて
昔の俺じゃ絶対思わなかったような、未練がましい気持ちに嫌になりつつも、それでもあの頃のまま、何も捨てることができなかった。
今年で18か。
ぼんやり考えながらカレンダーを見ていると、今日が満月だということを知った。
窓を開けてタバコを吸いながら空を見ると、月はくもっててよく見えなかった。
俺は、おまえがいなくなってからも、1人でなんとか生きてるよ。
もう、おまえと出会う前の自暴自棄みたいな俺には戻らないって決めたんだ。
…ハナは今頃どうしてるか?
元気に暮らしていたらいいな。
にこにこ笑って、友達もできて、大切な人もできて、ギターもうたも続けていられてたらいいな。
くもり空に一息すーっと吐いて、吸い殻を灰皿にきゅっと押し付ける。
その時だった。
ビーーー、と滅多に鳴らないドアのチャイムが鳴った。
まさか……
急いでドアを開けると、
ギターを背負って、両手に食材を詰め込んだスーパーの袋を持ったハナが立っていた。
「…ちょっと帰るの遅くなっちゃった」
「いい報告があったんでしょう?だから、今日はちょっとご馳走にしようと思って」
そう言ってにっこり笑ったハナを、俺は強く強く、抱きしめた。
「……ハナ………」
はじめて抱きしめたハナは、とってもあたたかかった。
「おかえり、ハナ…」
「……ただいま……!」
ハナもぎゅうっと抱きしめ返し、
それから2人でわんわんと泣いた。
最後までご覧頂きありがとうございました。
次回、1月29日の満月の夜にまた。
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