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俳句とエッセー⑲『 海山村Ⅱ - 種を蒔く - 小さな仏壇の話 』 津 田 緋 沙 子


   種 を 蒔 く


目  覚  ま  し  時  計  胸  に  抱  き  ゐ  し  朝  寝  か  な
種  蒔  や  育  苗  箱  の  長  き  列
遠  山  は  む  ら  さ  き  里  は  種  を  蒔  く
剪  定  の  鋏  の  音  や  二  人  ら  し
風  船  の  バ  ス  に  乗  り  く  る  日  曜  日
二  人  展  始  ま  る  画  廊  夏  初  め
画  廊  よ  り  ひ  ら  り  と  白  き  ワ  ン  ピ  ー  ス

 

  小 さ な 仏 壇 の 話


 五十年以上も前の十二月。 ひとりの青年がとある仏壇店を訪れ、
小さな黒檀の仏壇を手に入れた。代金は冬のボーナスのほぼ全て。
その年、教員になったばかりで、初めての夏のボーナスでは手が
届かず、仏具店の主人に頼んで待ってもらっていた品だった。
彼は三歳で実母を亡くした。幼い男の子三人を残された父親はま
もなく再婚したが、新しい母が来たその日、彼は大暴れして庭の
柿の木に括られたとか。
 覚えていないとめったに亡母の話はしなかった彼が唯一ロにし
ていた話である。食べるだけで精一杯だつた戦後の時代、亡母の
位牌は箪笥の上に飾られていたらしい。ボーナスをはたいたその
日、仏壇に母の位牌を納めた彼の胸中は如何ばかりだったか。
それから三十年余、実家に新しい大きな仏壇が来て、小さな仏壇
は御用終いとなった。でも仏壇は青年の家でアンティークめいた
インテリアになった。
 今年三月十七日、久しぶりに仏壇の扉が開けられた。七十九歳
になった青年が人生を全うしたのである。彼が帰るべき場所はま
ずここだと家族には思えたのである。小さな仏壇のアナザーヒス
トリー。(了)

 下記に、これまで公開した津田緋沙子さんの俳句とエッセーをまとめましたので、ご一読いただければと思います。


今年も伊東静雄を偲ぶ『菜の花忌』の当日は雨だった。ホテルに設えられた献花台。伊東静雄研究会の方々や参加者の皆様、ありがとうございました。



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