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古賀弘幸。書と文字文化。國學院大學兼任講師。『文字と書の消息』『書のひみつ』ほか。樋口…

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古賀弘幸。書と文字文化。國學院大學兼任講師。『文字と書の消息』『書のひみつ』ほか。樋口一葉論準備中。趣味はお絵かきとピアノ。http://hiroyukikoga.wixsite.com/gorgeanalogue gorgeanalogue2018@gmail.com

最近の記事

残像論断章(四)──〈書〉の残像 二

❖残像を感じさせるのは、平安の仮名古筆ばかりではない。室町時代から江戸時代に多く書かれた禅僧による墨蹟は、時として一字あるいは数字を大書するものが多いが、「不立文字」を思想として掲げていながら書かれるその書は、覚醒を促す短く垂直的な言葉が、余白の中で孤立するように書かれることで、残像が増幅され──残像はまばたきのように中断によって増幅される──、堂宇の中で弟子を大音声で叱り飛ばすように、また文字の意味を越えようとするかのように余白の中で響く。 そこには漢字が表意文字であること

    • 残像論断章(三)──〈書〉の残像

      ❖語・文字の間隙を読者が残像を媒介としながら充填して読むのだ、という外山滋比古の指摘する言語経験における残像のあり方は、主に「読み」の経験に重点が置かれている。外山の論旨には「書く」側の視点はなく、たとえば芭蕉句であっても、明朝体活字で文芸作品を読むような経験について考えているのであろう。ここで、手書き文字=〈書〉にとって残像とは何かを考えてみよう。 視覚イメージ(線の組み合わせ)と音・意味が複雑に絡みあい組み合わされた文字を「書くこと」は、「読むこと」を基盤としている。一

      • 残像論断章(二)──表の文字と裏の文字

         古賀弘幸 ❖過去の文字の残像への重ね書きするような行為──これが〈文字を書く〉というものである──は、「過去の文字と複雑な関係を結ぶ」。いくつかの例を見よう。 ❖たとえば「日本三代実録」の仁和八年(八八六)十月の条には、正二位藤原多美子という女御が「平生賜う所の御筆を収拾し紙と作す。以て法華経を書写す」という記録がある。多美子は清和天皇が崩御した際に、天皇から下されていた宸翰(天皇の直筆)を集めて漉き返し、法華経を書いて供養した。こうした写経を「漉返経」と呼び、当時の貴

        • 残像論断章(一)──短詩

          外山滋比古「修辞的残像」(著作集第一巻所収、みすず書房)をきっかけに「残像」という現象は人間の経験の重要な契機となっているに違いない、と考え始めてもう10年くらいになるが、映画、文学、音楽、記憶…など思いつくことは多いがなかなか果たせない。構成された論考がいつの日になるかしれないが、とにかく断片を書き連ねていくことにした。 ❖言語経験を「残像」として、なおかつ文芸作品の読みと関連づけて理解しようとするのが外山滋比古の「修辞的残像」という主張である。外山は次のように述べている

        残像論断章(四)──〈書〉の残像 二

          水玉と洞窟──金昌烈小論

          以下のテキストの著作権は済州島の観光公社にあるはずだと思うが、すでに5年たっているし、韓国語に翻訳されたという通知もないし、この日本語テキストが観光局の著作権を侵すことになるとは思えないので、忘備のためここに掲げることにした。 日中韓の文化交流イベント 二〇一九年末に韓国・済(さい)州(しゅう)島(とう)で行われた文化交流のイベント「日・中・韓文化コラムニストと共にする済州村」に参加した。日本と中国の記者が済州島の文化と自然の新たな魅力を取材・紹介する試みである。取材の対象

          水玉と洞窟──金昌烈小論

          「文字文字world」タイトル一覧

          『大東書道』(大東文化大学書道研究所)連載の「文字文字world」が200回を超えた。『大東書道』は大学が発行する、いわゆる競書誌だが、正直なところ、読者からも学内からも反応があったことはほとんどない。よくまあ続いているものであるが、筆者としては書ばかりではなく文字(文化)についてどのようなことが考えうるか、の実験場のようなものである。もちろん話題によっては専門領域で詳細に論じられているテーマもあるが、「文字」あるいは「書くこと」が、人間精神にとってどのようなものであるか、に

          「文字文字world」タイトル一覧

          「書くこと」の和歌

          書作品制作のアンチョコとして「墨場必携」というジャンルが近世末からあり、現在でもさまざまに書籍化されている。以前から、「書くこと」の詩歌のアンソロジーを編んでみたいという望みを持っていた。つまり、言ってみれば「メタ墨場必携」の計画である。なかなか叶わないが、その簡略なイントロダクションをメモしておく。主に中世の和歌をほんの少し挙げてみたに過ぎないが、もちろん俳句にもあり、散文詩にもある。 * 平安時代後期から鎌倉時代にかけて、貴族社会から武家社会への変化、自詠を自書する機会が

          「書くこと」の和歌

          「源氏物語」、手習と内言

          1-1 『源氏物語』と仮名書 1-1-1 『源氏物語』と書 『紫式部日記』の寛弘5(1008)年の項に藤原公任が「この辺りに若紫や候ふ」と式部に戯れる場面があり、また彰子のもとで書写作業が始められているから、『源氏物語』が宮中で広く読まれていたことがわかる。 物語の時代設定は「古今和歌集」を編纂させた醍醐天皇・村上天皇の御代、10世紀初頭とされる。 当時、すでに平仮名が書かれ始めていた。その後、平仮名の表現が完成・洗練されていった時代とぴったりと同時代であったとはいえないにし

          「源氏物語」、手習と内言

          日本近代文学と書・文字

          1-1 近世的なもの 1-1-1 古文書と書 「書」の価値はさまざまな局面にあるが、その中の一つとして重要なのは、書と歴史の関わりである。書が歴史史料としてこの上なく重要であることは言うまでもない。 さらに書は「文字内容」とともに「書きぶり(書風・書体)」を伴っている。これも歴史を形づくる。個人の手の中で生み出される書きぶりは──時代を脱却しようとする動きをはらみながらも──時代の思潮と強い関係を持ち、不可避的に歴史のさまざまな条件の規定を受けざるを得ない。この書きぶりの堆

          日本近代文学と書・文字

          前衛書試論04──書の「名」と制度

          古賀弘幸 十─七 「名」と画面 前回、上田桑鳩「愛」を手がかりに、書に与えられる「名」とはどのようなものなのかについて考えた。 繰り返しになるが、前衛書の成立については、「戦後の自由な思潮が伝統に拘泥しない書表現を生んだ」あるいは「西欧絵画などに影響されながら、文字を構成する線の表現を重視する態度が筆線の自律的な表現へ進展し、それは前衛書を含む現代書を生んだ」といった説明をされることが多い。しかし、前衛書に代表される書表現が書の内部からのみ生まれた、と考えるのは不十分である

          前衛書試論04──書の「名」と制度

          前衛書試論03──書の「名」

          古賀弘幸 十─一 前衛書と書の「名」について  第七回日展(一九五一年)に出品された、上田桑鳩の「愛」(『上田桑鳩書展個展図録』筆の里工房より)は、見るものに戸惑いを感じさせる作品である。画面には「品」という文字が書かれているのだが、図録などにはその図版の傍らに「愛」という文字がそのタイトルとして記されている。通常、美術作品においてタイトルは作品と等価であるという約束事に従っていると考えられているはずなのに、作品とタイトルの二つともが別の方向を指している。タイトルの「愛」と

          前衛書試論03──書の「名」

          前衛書試論02──痙攣する複数の〈私〉

          古賀弘幸 「前衛書試論01」では、前衛書の表現が、書く行為の主体である〈私〉とどのような関係を結んでいるのかについて考えた。 〈書〉が過去の文字を繰り返すことを表現の基礎としており、過去に大きく制約されたものであることに、前衛書は異議を唱える。〈私〉と過去そのものである文字(社会に了解されている意味・形・音を持った記号)に必ずしも従属しない自律的な線による表現を志向し、また、古典・書道史との関係を更新しようとしたことにあった。書を「文字を書くことを場所として、いのちの躍動が

          前衛書試論02──痙攣する複数の〈私〉

          「前衛書」試論01──書と〈私〉

          古賀弘幸 ◎書道団体奎星会の「奎星会報」の36号(2016.6)から42号(2019.6)まで「今、前衛書を考える」として連載された記事に大幅に加筆・修正して公開する。 https://www.keiseikai-shodo.com/ 一 書と〈私〉、そして〈過去〉 これまであまり考えられてこなかったアプローチで書または前衛書の美学的なあり方を考えたいと思う。戦後日本の現代書の一潮流であり、現在では大新聞社主催の公募展にもその部門が存在する「前衛書」が書を考える興味深い手

          「前衛書」試論01──書と〈私〉