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【台湾の面白い建物】陶朱隱園

台湾では"DNA大樓"、日本では"ネジネジビル"などという、やや揶揄された愛称で呼ばれているこの建物ですが、プロジェクトとしての正式な名前は"陶朱隱園"と言います。これは"范蠡"、別名"陶朱公"が引退して暮らす隠れ家、というような意味合いになります。

この斬新な設計と、それを苦心惨憺して実現したゼネコンの努力に注目が集まっていますが、ここでは、Discovery Channelの作成した動画を元に、そもそもどのような意図でこの建物が計画されたのかを中心に説明してみます。

遠景

「陶朱隱園」

范蠡は『狡兎死して走狗烹らる』という成語の元になった人物です。中国古代の春秋時代、越の国の謀臣として活躍し、呉を滅亡に追いやります。しかし、その後、越王勾践の元に残ることをよしとせず、越を離れ齊に移り、商売を始め成功します。
齊でも名が知られ、あらためて宰相などの要望が出てきたので、范蠡はこの成果も全て他人に分け与え、宋の定陶に移り、陶朱公と名乗り、あらためて商売を始めました。

この歴史物語からネーミングしているということは、ディベロッパーは、この范蠡の様に成功した事業家が引退後の生活を悠々自適に過ごす住まいにしたい、"陶朱隱園"とは、そんな意図を込めているのだと思います。

下記はこの建物を企画したディベロッパー威京集團のHPです。

https://www.tao-zhu.com.tw/

下記はこの建物のWikipediaによる説明です。

以下の説明は、この動画に基づいてのものです。

ディベロッパーの意図

このディベロッパー威京集團の主席沈慶京は、インドネシアの大津波のニュースを見て、地球温暖化の問題はとても深刻である。この問題を解決するためには、ディベロッパーとしては二酸化炭素排出の削減に努めなくてはならず、それと合わせて建物の緑化を図るべきであると考えたそうです。
そしてそのための建築は、美しく芸術性を備えたものでなくてはならない。そのように考え、指名による国際設計コンペを実施しました。

計画案の選定

この国際コンペに招聘されたのは、ザハ・ハディド、フェルナンド・メニス、そしてビンセント・カルボーの3人でした。そして、彼ら3人の計画案を示された沈主席は、一つのデザインに心を奪われてしまいました。それがこの、ビンセント・カルボーによる提案です。
沈主席は、このような計画は、実現するのに非常な困難を伴い、コストも莫大になることは知っていました。それで、彼はこのコンペ案について3人の友人に相談したそうです。そして、台北の一等地に、芸術的な高みに到達させる住宅作品をと考えた場合に、チャレンジすべき建築はこの案でしかないと、期せずして全員の考えが一致したのだそうです。

ビンセント・カルボーはこの時若干32歳、実作経験を伴っていない建築家でした。そのことに対し、沈主席は、社会は常に若者にチャンスを与えていかなければならない。さもないと社会の進歩はおぼつかないと語っています。

計画案の特徴

この"陶朱隱園"のデザインは、何よりもより大きな面積の緑化のためのルーフバルコニーを実現する、その建築的な解答を示しているわけです。通常のバルコニーでは、上部に構造物があり日照は限定的です。これを上面に屋根のないルーフバルコニーの形で作れば、十分な日照を得ることができる。そして、各住戸の平面を回転させることで、全ての住戸にこの環境を提供しています。

さらに、各ユニットが巨大な無柱空間になるということもこの計画案の特徴です。エレベーターと階段室のコアを中心に、外側の組柱との間にはユニット内に柱を設けず、オーナーが自由に室内レイアウトを計画できるようにしています。

近景

構造的解決

この、特異な形状と自由な平面計画を実現するために、構造設計者が提案した内容が奮っています。ビデオの中では、構造のイメージをスティックを持ったスキーヤーに見立てています。身体を建物の中央部、手を頂部に設けたメガトラス、そしてスティックを平面の両脇に設けた螺旋を描く組み柱として説明しています。

このような、メガトラスと組み柱を合わせた構造というのは、日本でも計画されたことがあります。これも住居空間に現れる柱を最低限にしたいということから、提案されている構造システムです。
日本の案の場合は、正方形の平面に四方に柱が設けられており、それが真っ直ぐ上下に伸びているので、とても安定していると考えられます。イメージとしては、この柱に一様に力を受け持たせることで全体をバランスさせているわけですね。

鹿島スーパーフレーム

しかし、陶朱隱園の場合、組み柱が2方向にしかないことで、まず難易度が上がります。その上にその両端がねじれているわけです。そうなると、その構造解析にしろ、施工性にしろ、その難易度は格段に増大しているでしょう。

一層おきに設けられたフィーレンデールトラス

もう一つ外観からは分からない特徴が説明されています。この無柱の室内空間を実現しているスラブは、実は一層ごとではなく、二層が一組のトラスで構成されているということです。そしてこのトラスはよくある三角形ではなく、垂直の要素で構成されたフィーレンデールという形式のトラスになっています。この垂直の要素を外壁部に配置することで、室内を無柱空間にしているのですね。

免震構造

このような上部構造に加え、この建物では地下で免震システムを採用しています。この考え方を用いれば、地上部の構造に係る地震力を劇的に軽減させることができます。

台湾でこの構造システムを提案したのは、張敬禮さんというそうです。恐らくヨーロッパで計画をしたビンセント・カルボーは台湾における耐震設計基準などは、頭になかったでしょう。そのようにデザインされたこの形状に、具体的合理的な構造的解答を示した張氏は素晴らしいエンジニアだと思います。

ランドスケープ

この建物で最も重要である、バルコニーと一階周りの緑化を実施するためには、樹木の医師である詹鳳春が招かれたそうです。彼女は、特に樹木を植える土壌が充分な深さを持っていることと、客土そのものが健康で樹木の生育に相応しい環境を整えることに注力しています。

さらに、都市の微気候に注目し、分析によって得た都市環境に相応しい樹木を選んで、この建物に植えるようにしています。

台湾の、台風に襲われるという自然環境に配慮し、樹木に対する耐風圧風洞実験を行っています。そしてどのような樹木をどのような固定したら良いのかを検証しています。

さらに、一階部分で庭園デザインは高い壁面を自然と一体化するために、巨大な石を用いて処理しており、それを2年3年と置いた後に、改めて植栽を施しているそうです。

曲面が強調されたアングル

ディベロッパーの"夢"を実現したプロジェクト

僕が台湾で建築の仕事をしていて、普段よく感じていることがあります。それは台湾のディベロッパーは本当に良い建物を作りたいという情熱が強いということです。それは、会社内に多くの建築技術者を配置して、彼らが主体となって事業を進めるという業務のスタイルにも表れています。
それと比べると、日本のディベロッパーは、事業の先頭に立つのはデザインから一歩引いた人材であって、財務や法務、或いは販売の専門家が多い。良い建物を建てようではなく、あくまで健全なビジネスをしようという事業スタイルを感じます。

この"陶朱隱園"は、そのような建築のデザイン志向の強い台湾のディベロッパーの中でも、際立ってリーダーの意向の強い、高級志向の建物のように思われます。会社のトップが作りたい建物を、コスト、工期を厭わずに作る。台湾にはそのような思考を持つリーダーと、そういう人物の率いるディベロッパーがあります。

そこで思い描かれた夢は、尊重すべき所も大いにあるように思います。しかし、このようにして苦心して建設された建物が、現実としては住む人間が誰一人おらず、ホーンテッドマンションのように、信義地区の高級住宅街の中に佇んでいるというのは、やはりどこかで何かボタンの掛け違いが起こっていたのだと考えざるを得ません。

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