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台湾の神様に助けられた話(その六)

2024年正月頃、日本のパーカッショニストから連絡がありました。僕のFBのグループ「台湾ジャズ指南」を見て連絡してきたとのこと。日本のジャズ愛好家がこのグループを見て連絡をしてくることはよくあります。

今回はラテンパーカッションのミュージシャンなので、ジャムセッションでコンガを演奏する場所はないかということでした。
「それでしたらSapphoをお勧めします。ステージの脇にコンガが置いてあるので、ジャムセッションに参加できますよ。」と伝えました。タイミングが合えば、一緒にジャムセッションに遊びに行きましょうと約束しました。

このパーカッショニストは阿部さんと言います。台北には、4月にやってくるということでした。

台湾ジャズ指南のホームページ

Singoさん

3月になってから、阿部さんからまた連絡がありました。今度の台北行きに、知人のラテンピアニストが同行することになったと言うのです。彼と一緒にジャムセッションに行く予定だとのことでした。ピアニストはSingoさんと言います。
ピアニストが来るのでしたらと、この時期に具体的にどんなライブやジャムセッションがあるのか調べてみました。台湾のジャズライブは、大体前の月の遅くになってようやくアナウンスされますので、3月になってようやく4月の様子が分かることになります。

そうしたところ、4月24日にSapphoTaiwan Latin Smashのライブと、彼らによるLatin Jamsessionがあることが分かりました。阿部さんとSingoさんがやってくるというそのタイミングで、台湾のラテンバンドがライブを行い、ジャムセッションもやるというのです。願ってもないことだと2人にそのことを報告しました。
合わせて、Taiwan Latin Smashのリーダー陳國華に、日本からのラテンミュージシャンがライブを聴きに行く旨連絡をしました。僕はこの時まで陳國華と面識はありませんでしたが、バンドメンバーの中には知人がいたので、彼女を通して紹介してもらいました。陳國華からは、彼らを歓迎するし、ジャムセッションにも是非参加して欲しいと話がありました。

Singoさんからは台湾のライブハウスにもアプローチしたいと話があったので、僕からBluenoteの店長を紹介しました。
また、台湾でキューバンラテンバンドをやっている徐崇育も紹介しました。彼は、台湾ラテンミュージック界の大御所です。

日本からやってくるジャズミュージシャンは、台湾の状況を何も知らずにやってくることが多いです。一方、僕は台湾のジャズシーンのことを、毎日網羅的に把握しているので、この様な特定のジャンルのミュージシャンがやってきても、彼らに相応しい台湾のミュージシャンを紹介することができます。直接面識がなくとも、間接的に繋がることもできます。その様にして、日本のミュージシャンに必要な情報を提供することができます。

これ以前にもそのようなことはありました。しかし、今回は特別でした、この僕からの情報を元に、阿部さんとSingoさんは、短い台湾滞在の間に、僕の想像を遥かに超える活動をしていったのです。

Taiwan Latin Smashのホームページ

Day 1

阿部さんが午前中のフライトで先に台北に入ってきました。彼は、中国のミュージシャンが台湾で行うライブに密着するカメラマンとして台北にやってきました。その仕事を昼間は行い、夕方Singoさんと合流、夜にJazz Spot Swingで会うことにしました。

夜9時すぎ、Swingに2人がやってきました。挨拶も早々に、今後の予定を打ち合わせました。と言っても僕は翌日のTaiwan Latin Smashに彼らを同行するだけのことです。僕からは台湾のジャズシーンや、台湾でやっているラテンバンドがどのようなものかを説明しました。
Swingでは、Singoさんのピアノソロ演奏を楽しみました。ニューヨークで、本場のラテンミュージシャンと研鑽を重ねたというピアノ演奏は、とても自由で華やかなものでした。特にタイトなテンポの取り方が流石と感じました。

Day 2

この日は火曜日でしたので、Sapphoでのレギュラージャムセッションに一緒に行く約束をしました。
彼らは昼間にBluenoteに行って、音楽ディレクターと台湾で日本人ミュージシャンがライブを行うことについて話し合いをしていました。

Sapphoでは、台湾のジャムセッションに加わり、英語で交流をしていました。僕はちょうどその日Sapphoにいたお店のオーナーの一人、李世鈞を2人に紹介しました。

Sapphoでのジャムセッション。

Day 3

この日は、Taiwan Latin Smashのライブの日でしたので、またSapphoで会うことにしました。
彼らは昼間は徐崇育のスタジオを訪ね、ラジオ番組を収録してきたそうです。この番組では、阿部さんが中国語で、Singoさんが英語で徐崇育のインタヴューを受けていました。

徐崇育のラジオ番組、Jazz Supreme

Taiwan Latin  Smashのライブは、Sapphoで9時にスタートしました。台湾の若者の元気な演奏に、阿部さんとSingoさんはすこぶるご機嫌でした。
このバンドは、商業主義的な活動をしているのではなく、とにかくラテン音楽が好きだというジャズやポピュラーのミュージシャンが集まって、ワークショップ的に毎週練習しているグループです。そんな彼らが、元気いっぱいに演奏に臨んでいるのを聴いて、2人はとても共感していたようです。

彼らのライブが終わってのラテンジャムセッションでは、Singoさんと阿部さんも加わって演奏していました。Taiwan Latin Smashの陳國華は、彼らの活動に日本からプロのラテンミュージシャンが加わったことに、とても興奮していました。

Day 4

この日、僕は彼らとは会っていません。しかし、Singoさんと阿部さんは、この日Taiwan Latin Smashのスタジオで、ワークショップを行ったそうです。

Day 5

阿部さんは、この日に彼の仕事であるライブの撮影を行いました。
Singoさんは先に日本に戻りました。

Day 6

この日阿部さんが日本に戻りました。ライブをしたミュージシャンは中国に。とてもインターナショナルな活動をしているミュージシャンたちです。

2024年9月

Singoさんからあらためて台湾にやってくるので会わないかと連絡がありました。今回は、Swingでトリオの演奏があるので、それを聴く場で会いました。その翌日、Taiwan Latin Smashの創立6周年記念のパーティーがあり、Singoさんは友人のパーカッショニストと一緒にそれに参加し、合わせて日本の音楽プロジェクトのプロモーションをするということでした。

話を聞くと、驚いたことに彼が東京で企画した国際ラテンミュージックフェスティバルに、Taiwan Latin Smashも呼ぶと言うのです。
実はSingoさんが日本に戻る際に、僕は「機会があれば日本の音楽フェスティバルに台湾のミュージシャンを呼んでください。彼らにとって日本で演奏することは夢なのです。」と伝えていました。しかし、そのお願いがこんなに早く実現するとは思ってもみませんでした。

Japan Latin Music Festival "tomba"と銘打たれた音楽フェスティバルは、2024年10月13日に渋谷で開かれます。興味のある方は、是非聞きに行ってみて下さい。本場のラテンアメリカのグループに加わり、台湾のラテンバンドも演奏します。

僕は、これまでにも日本のミュージシャンに様々な情報を提供してきました。しかし、その情報を元にこれほどに積極的に台湾で活動していった人達は、他にはいません。世界を股にかけてイベントをプロデュースする人の仕事のスピードというのは凄いなと感じ入りました。

一方で、彼らが来るわずか5日の間に、たまたまTaiwan Latin Smashのライブとジャムセッションがあったというのは、台湾の神様の与えてくれた僥倖だと思います。この偶然がなければ、僕は彼らを引き合わせることはできなかったでしょう。

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