歌仔戲「海賊之王,鄭芝龍傳奇」
2022年4月16日に高雄の衛武營國際藝術文化中心演藝廳で行われた歌仔戲「海賊之王,鄭芝龍」が色々な意味で非常に面白かったので、報告します。
歌仔戲
大陸中国には京劇や昆劇などと呼ばれる伝統歌劇があります。これは僕には、中国の政治家や経済人、文化人などがこの様な舞台を鑑賞するものという風に感じられます。実際に京劇を見たことがあるのが台湾での一回きりで、中国現地での観劇の経験がないので想像でしかありませんが、映画やテレビドラマで描かれる京劇のシーンや雰囲気からその様に感じられます。
一方、台湾にも歌仔戲と呼ばれる歌劇があります。これは台湾オペラとも呼ばれ、京劇とはやや異なるものです。
普段この歌仔戲は廟會と呼ばれる、道教の廟の催しとして、野外で行われます。そういった場合、観劇するのは無料です。新北市新莊で行われたものを見たことがありますが、客席数は5〜600にもなるであろう大規模な屋外ステージでしたが、折り畳みの椅子が用意され、無料で観劇できました。
言葉は台湾語を使って行われます。題材は中国の伝説や、歴史物語が使われます。新荘で見たものは封神演義の物語でしたし、今回のものは鄭芝龍の史実を題材にしています。
京劇が元々男優だけで行われていたのに対し、歌仔戲は逆に元々は女優だけで行われていたのだそうです。理由はこれを観劇する奥さんが、男優さんに入れ込んでしまうと、旦那さんが困るので、男優が舞台に上がるのを禁じられたからなのだそうです。京劇とはどうも様子が違いますね。京劇は、観劇するのは男性ばかりという歴史的なイメージがあります。こんなところも京劇とは様子が違います。
明華園
この歌仔戲を演じる歌劇団のうち最も有名なのが明華園なのだそうです。僕はこの劇団のことを何も知らなかったのですが、台湾人に聞くと皆知っていました。なんでも昔はテレビで歌仔戲を見ることがよくあって、その際出演する劇団はこの明華園が多かったのだそうです。
話を聞くと、まるで日本の宝塚歌劇団の様だと感じました。明華園には"天、地、玄、黃、日、月、星、辰"と總團という9つのチームがあるのだそうです。まるで宝塚に星組や月組があるのと同じです。それにこちらの方が数が多いですね。
ここで演じる人たちは陳さんが多いのだそうです。基本的に陳家の人達が経営する家族企業だと聞きました。チームの数が多いので、それぞれの俳優さんは、他のチームに応援に行くことも多いそうです。
衛武營國際藝術文化中心
高雄のこの施設はオランダ人建築家 Francine Houben が設計し実現した、非常にレベルの高い文化施設です。今回観劇した歌劇院、演劇ホールの戲劇院,本格的なワインヤード形式の音樂廳、小ホールとしての表演廳、そして屋外ステージもあり、いつ来てもどこかで何か出し物があり人で賑わっています。
巨大な屋根で一体化された建物となっているのが特徴で、この屋根の下の空間はガジュマル広場と呼ばれて、暑い高雄ではとても居心地の良い空間になっています。ここにはストリートピアノが一台置かれており、常に誰かが演奏していますね。天井が曲面の鉄板になっているので、非常に音の反響が大きく、心地よく演奏できます。話によると建築家はこの効果を見込んでこの広場の設計をしたのだそうです。素晴らしい。
海賊之王,鄭芝龍
そして、この歌仔戲そのものがとても面白かった。鄭芝龍のことはNoteで既に取り上げているので省きますが、この歌仔戲に出てくる登場人物は、歴史的には知名度はそれほど高くはありません。李旦、許心素、劉香、愈總兵、ピーテルノイツ。極め付けは濱田さんと呼ばれていた濱田彌兵衛、なんで濱田さんなんだと思っていたら、タイオワン事件の濱田彌兵衛なんだと気がついて、のけぞってしまいました。
そして、これら閩南人、オランダ人、日本人が現れて、それぞれの国の言葉で話すわけです。舞台劇の中で、台湾語、ポルトガル語、オランダ語、日本語が使われていました。この複数の言語による表現というのが、映画やテレビドラマではなく、舞台劇で行われるというのが驚きでした。俳優さんは大変だったでしょうね。ただし、話された日本語はほとんど何を言っているのか分かりませんでした。笑
物語には鄭芝龍をめぐる3人の女性が現れます。李旦の娘李安、泉州知府の娘翠蘭、鄭成功の母田川松です。前者2人が架空の人物ですが、この2人と鄭芝龍の愛憎劇の部分が、物語の進行の大事な部分を占めています。この恨みつらみというのが歌仔戲の物語の重要な要素なのだそうです。
全体で20幕を超える歌仔戲でしたが、その中に沢山の史実に基づく逸話が仕込まれています。澎湖島における明軍とオランダ軍の話し合いに通訳として鄭芝龍が加わっていること、ピーテルノイツと濱田彌兵衛の間で起こったタイオワン事件、鄭芝竜が東シナ海の王者となった料羅灣の海戦。この海戦のシーンは非常に力が入っていて大道具の船は3隻あり、海底から人が潜って船底に穴を開けるなどという、非常にスペクタクルなシーンもありました。
これらの史実が散りばめられ、それが架空の女性の愛憎劇を伴って進行していく。一つのエンターテイメントとして、とてもよくできていると感心しました。
3時間にもなる歌仔戲ですが、全く飽きることなく、食い入るように見ていました。
今回の歌仔戲は国営の衛武營藝術文化中心が明華園に委嘱して、總團が公演したという、非常に規模の大きな、コストのかかったものだそうです。しかし、明華園の歌仔戲はきっと大きなものでも小さなものでも変わらないのでしょう。劇を見る観衆に楽しんでもらうこと、歌劇団として新しいことに常にチャレンジしていくこと。そんな心意気の感じられる舞台でした。
台湾にこのような古くて新しいエンターテイメントのジャンルがある、そしてそれをたくさんの人が楽しんでいるというのは、全くもって新しい発見でした。