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【台湾建築雑観】プール・温浴施設の設計

今回はプール・温浴施設の設計に関わる日台の考え方の違いについて説明してみます。
僕の担当している案件にはホテルがあり、これには日本式の大浴場を設けるという計画になっていること。また、住宅案件で共用施設にプールを設けるという計画があったことから、この問題に直面しました。
これは、日本のディベロッパーが単独で計画する際には問題にはなりません。日本人のやりたい様に設計すれば済むだけです。しかし台湾のディベロッパーとJVを組んで、双方合意のもとにプロジェクトを進めていく場合には、日台間の考え方の違いは大きな問題になります。

更衣室の計画

日本でプールや大浴場に入る際には、靴を脱いで下駄箱にそれを納め、更衣室に入り、服を脱ぐか水着に着替え、その先に水場としての浴場やプールがあるというのが自然な流れです。更衣室から先はウエットゾーンになり、水に濡れても構わないと考えるわけです。一方更衣室から手前はドライゾーンで、水に濡れないスペースになります。
この様なゾーニングは、日本中どこでも同じで、銭湯に行こうが、プールやSPAであろうが普遍的なものだと思っていました。そして、それは外国に行っても同じだと考えていたのですが、台湾ではこの常識は通用しませんでした。

台湾では、この様にドライゾーンとウエットゾーンを分けて考えるということをしないのです。動線的には、靴を脱いで更衣室に入ると、着替えた後にこの靴を脱いだエリアに戻ってくるのです。そしてそこからプールやSPAに入る。こうなると靴を脱ぐ場所は水でビチャビチャになります。
台湾側からそういう様な動線計画を示されて、それはおかしい、日本ではドライゾーンとウェットゾーを分けて計画するんだと説明して、説得しようとしましたが、そこで大反対を受けました。
基本的には、台湾ではそんな設計をどこでもやらないというのです。彼らの体験の中では、そんなドライゾーンとウェットゾーンに分かれた様な更衣室の計画は存在しないわけです。これは、実際に台湾でプールやSPAの施設を見てみると確かにそうです。いったん更衣室に入って着替えると、元のところに戻るという計画に、どこでもなっています。これは、田舎の温泉であろうが、都会の高級ホテルであろうが同じです。
そして、日本式の動線計画を採用する場合のデメリットは、廊下が長くなることにあります。これは、空間をコンパクトにまとめたいという台湾人のよくある考え方にとって、スペースの無駄遣いにしか見えない様です。

その様に台湾の経験が全てである人たちに、それはおかしいと話しても一向に聞き入れてもらえませんでした。
しかし、この時は最終的にプロジェクトリーダーの台湾人経理が、日本の考え方を採用してくれたので、日本式の平面計画が実現しています。

浴槽の作り方

日本の浴槽は、コンクリートの構造体で作ることが多く、ほとんどデファクトスタンダードになっています。これは、防水としてアスファルト防水の信頼性を高く評価しているため、今もって他の工法でプールなり浴槽なりを作ることに大きな抵抗があるからだと考えています。そしてアスファルト防水を施した上にあらためてコンクリートの形状を整えて、そこにタイルを貼っていきます。

一方、台湾で最も普及しているプールや浴槽の計画は、ステンレスで作るというものです。この工法のメリットは、まずプールや浴槽の全体を軽く作ることができること、ステンレスのパネルと溶接部に防水性能を期待するので、そこそこに信頼性が高いことなどがあります。また工場で製作したステンレスパネルを現場で組み立てて溶接することで製作していくので、現場における工期も短縮できます。

このステンレス製の浴槽やプールの工法は、もともと日本から導入されたものなのだそうです。しかし日本ではそれほど普及せず、導入された台湾ではとても広範囲に採用されています。

ステンレス製のプール

浴槽の断面

浴槽の断面計画も日本と台湾では異なります。日本では浴槽を洗い場の床レベルよりも30cmほど下げて計画します。そうすることで、浴槽を跨いで入る場合の洗い場側での高さを抑えるわけです。

しかし、この様に計画する場合、コンクリートの床面を段差を設けて計画しないとうまくいきません。このコンクリートのスラブに段差を作ってもらうことについても、大変な時間をかけて説得しなければなりませんでした。これは、やはりその様なコンクリート工事をさせることが、台湾では一般的なことではないのでしょう。
そう理解してみると、台湾の大浴場や住宅の浴槽では、洗い場からの立ち上がりがとても高い場合が多いことに気が付きます。これは、床スラブをフラットに作るのが常識なので、設計の時に床下げを要求しておかないと、工事段階では調整しようがないのだと思われます。また、その様に施行されている浴槽がとても多いので、台湾人の中では違和感を持たれないのでしょう。

日本人の設計者としては、日本式の断面計画を実現するのは基本的な要求なので、とても長い時間をかけてこのスラブの床下げを説得しています。

立ち上がりのとても高い浴槽

設備ピット階の有無

プールの床下には多くの配管が設けられますが、日本ではそれが階下のスペースに露出しない様に、設備ピット階を設けることが普通です。この階高1.5mほどのスペースに配管を設けることで、配管自体のメインテナンスを可能にするわけです。また万一配管に支障が起こり漏水が起こった場合、このピット階で水漏れに対処することになり、実質的な使用用途のある下の階に影響が及ばない様に考えます。

一方、台湾ではこの様な設備ピット階は設けずに設計と施工をすることが一般的です。台湾の排水計画は、どこでもスラブを貫通して下の階で排水配管を横引きすることが普通なので、大浴場でもプールでもその様にして計画します。それが例えばホテルの客室であれば問題視されるかもしれませんが、駐車場やエントランスロビーであれば許容されるという感覚です。
仮に排水管に支障があって水漏れをした場合には、下の階に迷惑をかけるのは仕方がないと考えるのでしょう。日本人的には、その様な迷惑は絶対にかけるべきではないし、メインテナンスのしやすさも考慮すべきと考えます。

ですので、この様な設備ピット階を設置することに対して、台湾側はとても強く反対してきます。一つは、このために設ける1.5mほどの高さの構造部分が無駄だと考えていること。台湾人の感覚ではこの様なスペースはなくても設計・施行できるのなら、無い方が合理的と判断するわけです。
また別の理由も言われたことがあります。それは、この設備ピット階が床面積に算入されるので、容積対象床面積の無駄遣いになるというものです。しかし、この理由は眉唾であると考えています。同じ様にピット階を設けても床面積算入をしていない場合も台湾であるからです。
いずれにしろ、このことについての判断する主体が我々でない場合、協力ディベロッパーの判断を尊重するしかありません。

温水の温め方

日本の大浴場への温水供給は、ガスボイラーで温めたお湯を貯湯し、貯湯槽からお湯を、貯水槽から常温水を持ってきて、これを混合バルブで湯温調整をして浴槽に流すという形になります。しかし、この考え方も台湾では一般的では無い様です。

台湾ではいったん常温水を浴槽に貯め、そうした上で熱交換器で水をお湯に温めるというのが通常の方法なのだと設備技師の説明を受けました。理由としては、この方が設備機器のイニシャルコストが安いというのです。お湯を貯めるための貯湯槽がいらないですし、ボイラーも大浴槽の負荷を見込まなくて済みます。
しかしこれでは、お湯にするまでに数時間かかってしまい問題であると日本人は考えます。そもそも日本人では天然の温泉の様に、お湯で給湯されるのが普通の感覚で、常温水を温めるという発想にはならない様に思います。
この件については、台湾の大浴場計画が歴史的に何をモデルにしているのかということも関係している様に思います。台湾人は浴室に浴槽を持たないのがスタンダードです。仮に浴槽を持っていても、そこに湯張りをしてお湯につかるという使い方をするとは限りません。
ですので、台湾の大浴場というのは、プールの様なものが出発点としてあり、この水を温めるという発想で考えられたのではないかと想像しています。それなので、いきなりお湯を入れるという設備計画になっていないと考えると腑に落ちます。

絶対的な正解のない問題

この様にプール・温浴施設というテーマだけをとってみても、平面計画・断面計画・設備計画とで日台間で考え方が異なります。そして、建物のオーナーが台湾側であると、彼らは彼らの正しいと思う方法で計画して提案してきます。それが日本のやり方と異なると言って、日本のやり方を押しつけても彼らは納得してくれません。

この様な課題にぶつかると、僕は日本のやり方が絶対的に正しいとは思わない様にしています。日台それぞれに、それが正しいと考える根拠があって、それぞれにメリット・デメリットがある。そしてそれを判断するのは、最終決定権者です。それが日本側であれば日本式を押し倒すことができます。しかし、台湾側の場合は彼らの判断を尊重せざるを得ません。できるだけ客観的に理由を整理して伝え、台湾での社会・法的環境の中で最善の解決方法を模索していく。常にその様に考えています。

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