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【詩】ティッシュ箱の夜

持ち帰っていいといわれたティッシュ箱が、ひとつあった。と、わたしは思い出す。その日は満月の浮かんでいる夜だった。ライトを点けなくても、姿は見える。階段を降り、敷地外の駐車場へ向けて、歩き出す。ふと、大橋さんのことを思い出した。大橋さんとのキスは気持ち良かった。ねっとりしていた。舌が絡みついたのは、いつ以来だったか。思い出せないほど、遠い昔。

月明かりが自転車のライトと交差した。わたしの足はつまづきかけた。下水道の蓋に引っかかったから。誰でもよかったのかもしれない。とすんとすんと、わざと足音を立てる。それから足元を見た。スニーカーの紐はよれよれだった。直す気にはなれなかった。誰もいない駐車場に、わたしの影だけが浮かんでいる。

子どもがはしゃいでいた。うるさい。朝が来た。幼稚園の子どもたちは、最近流行りのアニメの、オープニングテーマを歌ってる。踊っている姿を想像した。マーチングバンド風の衣装だった。起き上がって、冷蔵庫の中身を確かめて、味噌汁を取り出し、温めた。朝の定番。大橋さんはきっと食べないだろう。わたしとは違うから。食の好みが違う。すれ違いの第一歩かもしれない。そんな朝。

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