気候テックのイノベーション実現メカニズム - 核融合のケーススタディ

2023年8月に開催されたエネルギー・資源学会の「第42回エネルギー・資源学会研究発表会 」にて発表させて頂きました。一部抜粋・改変した内容を、学術普及目的で紹介させて頂きます。

第42回エネルギー・資源学会研究発表会

1.まえがき
 エネルギー技術の長期的な技術革新のパターンの理解は, 気候変動に関連したモデル・技術予測や公共政策の立案にも極めて重要である. 特に, エネルギー技術における革新と学習のプロセスが非常に異なること, そして政策を技術ごとの特性に合わせる必要がある1).気候変動政策におけるイノベーション(技術革新)の重要な課題は, イノベーターが技術革新への投資に対するリターンを適切に配分できないことであり, 民間主体は気候変動関連技術への投資を過小評価する傾向がある2). 本研究では, 気候変動に関連する技術イノベーションをスタートアップの観点から検証し, 学術的理解を深め, 政策への洞察を検証する.

2.核融合の技術開発背景と民間スタートアップの勃興
気候変動対策に資するスタートアップ企業はタートアップエコシステムにおいて“Climate Tech”(気候テック)と呼ばれ, 近年は投資家から大量の資金流入が続いている3).
 特に注目されている気候テックの代表例として,核融合が挙げられる.核融合は, 軽い原子核が融合してより重い原子核を生成し, その過程で失われる質量から膨大なエネルギーを放出する現象であり, 恒星のエネルギー源である. 核融合は実現できれば, 人類にとって実質的に無限の, クリーンなベースロード電源を提供する可能性を持っており, 同時に核分裂が用いられる原子力発電で起こりうる危険を回避できる4).核融合研究は1960年代から行われ, 現在も原型炉の建設と実証が目指されている. 核融合の技術開発は主に, (1) プラズマ閉じ込めに関わる科学的根拠と融合に必要な技術の開発, (2) プラズマコアと関連エネルギー技術の実証, (3) 核融合発電の統合実証から構成されるが, (1)の分野で近年大きな技術開発の進展が見られている5).現在世界の核融合研究をリードする国際熱核融合実験炉(ITER)計画は, 2006年に中国, 欧州連合, インド, 日本, 韓国, ロシア, 米国の政府代表が協定に署名し, 2007年ITER機構が設立されて開始した. ITERは核融合エネルギーの科学的・技術の平和的実証と国際協力を目的とした, 官による長期かつ大規模な技術実証プロジェクトである6).

 その長い実現までの開発の道のりから「核融合は常に30年先の話だ」と揶揄されつつ, 何世代にも渡り研究者を駆り立ててきた. そして近年, 世界的に商用化に向けた取り組みが加速しており, 欧米では官のプロジェクトに加えて, 核融合の実現に取り組む一部の民間企業(いわゆる核融合スタートアップ)は野心的なスケジュールを提案し, 官よりも早い2030年代の核融合発電実現を目指している7). 各国政府は, 民間企業に直接資金を提供するパートナーシップ・イニシアチブと, 官民パートナーシップ・プログラムの両方を模索している. 過去5~10年間の民間投資の増加は, 米国, 英国, 中国などの国々が顕著で, 世界の核融合企業の約9割(米国だけで7割以上)を擁する8).

3.官が牽引してきた核融合の技術革新
 核融合に民間投資が集まる状況について,Space Tech(宇宙スタートアップ)とのアナロジーが考えられる.宇宙開発は,冷戦期のアポロ計画等の国家プロジェクトによって大きく進んだが,高価かつ時間がかかる点が難点だった. これを21世紀に入り民間スタートアップのSpaceXらは急激に発達するICT(情報通信技術)や安価な民生由来技術を活用して課題解決し, 宇宙産業として勃興している9). 核融合においても同様に、官から民へと技術革新・社会実装の担い手が移行する現象が起きるのではと期待される.

4.核融合スタートアップに関する財務データ
4.1 核融合スタートアップの起業推移
 核融合に関連する民間企業の設立は2010年代にかけて増加傾向にあり, 特に2018年以降の伸びは急激である. 明らかに民の勢いが増していると考えられる. 研究開発型スタートアップでは大学・研究機関の研究者による起業やプロジェクトのスピンアウトで起業する場合が想定されるため、今後は企業属性や創業経緯の検討を進めたい.

4.2 核融合スタートアップの資金調達額
 技術開発における初期の研究開発から商業化に至る過程までの資金調達の難しさを指す「死の谷」を克服するためには, 政府は税額控除のような生産支援策と同時に, VC やエンジェル投資家などの初期の資金提供者を支援する必要がある20). 一般的に, 事業ステージが早く急成長を目指すスタートアップ企業は, リスクが高いために融資が取れないことから, 別の資金調達手段(多くの場合は, 国等からの補助金・助成金活用やベンチャーキャピタルやプライベート・エクイティファンド等からの投資)を取る.

 本研究では, 未公開市場における核融合関連の企業群の外部資金調達額の全体トレンドを検証したが, 特に2010年代後半から増加している. 2021年の資金調達額はMIT発の核融合スタートアップ・Commonwealth Fusion Systems社の18億USDのシリーズBラウンドが影響している20). 核融合スタートアップ自体の社数は100社未満であることから全体に一般化することは難しいこともありうるが, この投資トレンドは民間の実証プロジェクトに大量の投資資金が集まる現象を代表していると考えられる.

5.結語
 本研究では, 気候テックの代表例として核融合を対象として, 官から民へ技術革新・社会実装の担い手が移行する現象の分析を進め,資金調達環境のトレンド変化を定量的に捉えた.今後は気候テックのもたらすイノベーションの定量的分析と現象理解を目指した検証を進めるとともに,気候シナリオの視点からも理論的考察を深める所存である.

謝辞
 本研究は,東京大学ムハンマド・ビン・サルマン未来科学技術センター(MbSC2030)より支援を受けて実施しております.

参考文献
1) Huenteler, J., Schmidt, T. S., Ossenbrink, J., & Hoffmann, V. H. Technology life-cycles in the energy sector-Technological characteristics and the role of deployment for innovation. Technological Forecasting and Social Change(2016), 104, pp102–121.
2) Nemet, G. F., Technological change and climate change policy. Encyclopedia of Energy, Natural Resource, and Environmental Economics(2013), Volume 1, pp107-116.
3) PwC;State of Climate Tech 2022 - “Overcoming inertia in climate tech investing” (2022).
https://www.pwc.com/gx/en/services/sustainability/publications/overcoming-inertia-in-climate-tech-investing.html
(最終閲覧2023/6/9)
4) Cleantech Group;Nuclear Fusion: Accelerating Pathways to Commercialization (2023).
https://www.cleantech.com/nuclear-fusion-accelerating-pathways-to-commercialization/(最終閲覧2023/6/9)
5) Kikuchi, M. A Review of Fusion and Tokamak Research Towards Steady-State Operation: A JAEA Contribution. Energies(2010), no. 11, pp1741–89.
6) Ikeda, K. ITER on the Road to Fusion Energy. Nuclear Fusion (2009), 50, no. 1, pp014002.
7) Takeda, S., Alexander, R, K., Shunsuke, M. How Many Years Away Is Fusion Energy? A Review. Journal of Fusion Energy(2023) 42, no. 1: pp16.
8) Barbarino, M. On the Brink of a New Era in Nuclear Fusion R&D. Nature Reviews Physics(2022), 4, no. 1, pp2–4.
9) 服部健一; 欧米核融合ベンチャーへのベンチャーキャピタル投資の経済合理性 -リスクマネーと巨大応用科学の接点, プラズマ・核融合学会,誌Vol.99, No.4 (2023) pp127-134.
10〜19) 省略
20) Migendt, M., Polzin, F., Schock, F., Täube, F, A., F, Paschen. Beyond Venture Capital: An Exploratory Study of the Finance-Innovation-Policy Nexus in Cleantech. Industrial and Corporate Change(2017) 26, no. 6, pp973–96.
21) Commonwealth Fusion Systems;Commonwealth Fusion Systems Raises $1.8 Billion in Funding to Commercialize Fusion Energy (2021).
https://cfs.energy/news-and-media/commonwealth-fusion-systems-closes-1-8-billion-series-b-round
(最終閲覧2023/6/9)

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