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【詩評】尾久守侑詩集『Uncovered Therapy』 〜詩誌『VOY』より抜粋


第24回(2024年度)H氏賞受賞に際しての断想『Uncovered Therapy』
著者 尾久守侑
出版社 思潮社
発売日 2023/8/10

尾久守侑は1989年東京都生まれ、現役の精神科医でもある。尾久は言う。
「治療関係という異常な人間関係を生き延びるのに、個をその場に差し出すこ とを避けられなかった」
「10年医師をやって、私の 個は患者一人一人との関係の影響を受けて不可逆に変 質している」
正直な人である。治療行為を通した異常な人間関係によって自分自身が病んでしまっていることを認め、その上で、表現者として【詩】を選んだ理由は、「隠す ことが容易な形式である」から、と言い切っている。また、詩を書きながら、罪悪感を感じているとも話している。VOYが詩人の集まりである以上、この件に関しては、一言言っておきたい。【詩】の属性として隠蔽性があることは認めるが、それは真実や普遍性を獲得するための手段/技術であり、目的/機能ではない。また、確かに多くの詩人は何らかの罪悪感を感じているが、それは【詩】を書くことに対してではなく、自分自身について、あるいは人間そのものについてである。詩作は自分が犯してきた罪を真正面から見つめることでもあるから。一方で、こうした発言は、地球環境や生物多様性の破壊が加速するアントロポセン(人新世)の時代を反映している点で、実に詩的(メタフォリカル)な行為とも考えられる。もしかしたら尾久はそうした発言を通じで、日本の詩人達がそれに気づくかどうかを試しているのかもしれない。だとしたら「VOYは気づいている」と答えておこう。

ここからは、日本現代詩人会のH氏賞選考委員の講評からの抜粋(一部中略)である。新人尾久守侑の詩/詩人に対する問いかけに関する読者の一定の理解ににつながれば幸いである。

「深刻な場を渇いた 笑いに」
「存在の危うさと不確かさ」
「批評的な視線とユーモア、語りの勢 い」 
「自身の「公開されたセラピー」」
「吃音的な言葉遣いや、意味不明のルビ」
「認識の不安や混乱とずれや崩れ」
「自分の立場を虚構化し作品化」
「無統制 (を装う か)のような発語」
「他者の生を引き受ける不可能を自覚」
「オタクの「諦念」に「タイムループ」」
「町田康、筒井康隆のゆずりのもの」
「幾重にも囲む虚構への不安と恐怖」
「曖昧な文言だけがわたしの唯一の武器になる、と啖呵を切ってさえいる」 

どうだろうか。総括すると、尾久守侑は不安定な精神科医であり、混乱したおたくである。現実を虚構化し曖昧な文言で自分のセラピーを公開している。ということになる。そこには、作品の本質の理解はなく、詩人への同情と称賛そして技術的な評価しかない。これは詩作品のトートロジーでしかなく、詩を読み解いていることにはならないだろう。これは日本の詩人が今置かれている状況を鮮やかに示している。現代詩は当たり前のことだが現代の反映である。しかし【詩】である以上、ポエジーによる新しい世界観や認識の開発が求められるし、その普遍性も問われるだろう。新人尾久守侑は、日本の現代詩人達に「本当にこれでいいんですか?」とかなり遠回しに問いかけているのだ。そして、とうとうH氏賞を受賞し【詩】の体制側(それに答える側)に立つことになったことに強い不安を感じている。それをギリギリの言葉で伝えている。そこにこの詩集の価値を感じる。「VOY」はこの勇気ある混乱した青年詩人の声なき絶叫に対する答えでありたい。

 

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