世界であなたがいちばん美しいなどと思いあがるな
あなたは美しい。銀フレームの丸眼鏡の奥から透き通ったまなざしで見渡せばたちまち世界は虚構と汚染にまみれた真実の姿をさらけだしてしまう。あなたは美しい。長い指先で紡いだ文字のしなやかで流れるようなフォルムは見る者を魅了して空想の世界に誘う。あなたは文句のつけようもないほど美しくいつでもさらりさらりと風に吹かれている。あなたは本当に美しい。
わたしの知らない世界
知らない世界のことを存在しない世界なのだと認識できるメンタリティを持ち合わせていたらどれだけ幸せだっただろう。知らない世界を外から眺めて酸っぱい葡萄の常套句を平然と述べられる人間だったらもっと生きることが容易かったのかもしれない。この世に生を受けて以来特に不自由なく育ったつもりのわたしだけれどそちらのルートに行けなかった理由を未だに考える。
どうしたってわたしはわたしとして生きていくしかない事実にいつだって打ちのめされて、それだからこの世界は嫌いなのだ。わたしであることから逃れられるのだったらプラスをすべて手放したっていい。ささやかな幸せがどうだとか誰もかれも言うけれどささやかだと自称する程度の幸福量でこの地獄を生きることを是認しろだなんて冗談としか思えない。民主主義を標榜するのであれば選挙で勝つのだって結局のところ多数決であって少数は決して多数を塗り替えることはできない。ささやかな幸せ程度ではその他圧倒的な苦痛のもとではどうにもならない。
青のステンドグラス
いつか見たステンドグラスから射し込む陽光は柔らかなブルーに姿を変えて部屋の中に降り注いでいた。埃まみれの床にぼろぼろのベッドに蜘蛛の巣の張ったクローゼットだけが置かれた時代に取り残されたような狭い部屋の中でわたしは腰を下ろした。ブルーの光に包まれている間はなぜだかとても楽に呼吸ができた。
世界がまるごとあのブルーに包まれてしまえば誰だってもう苦しまなくてもいいのに。
いつか目を覚ます日に
美しいあなたはどこまでも溺れて深海の奥の奥まで沈んでいけばいい。そうして化石になったあなたを誰も覚えていない時代がいつかくるだろう。土の中で目覚めたときは息ができない苦しさにもがき続けるといい。美しいあなたを食い荒らした深海魚はそれはそれは美しく光のない海の底で輝き続けるだろう。