あの快活な彼女が介活(介護活動)だってよ
夏はすっかり過去の遠い記憶となったここ札幌の昼下がり、もうだいぶ昔のゼミ生たちと久しぶりに六花亭のカフェに集う。
うち1人は大学を卒業とほぼ同時に、親の家業(不動産業やレンタカー事業)を継いだ女性。その後、大学で僕が主催した市民向けのセミナーなどにもちょくちょく顔を出してくれていたので、何年かに一度、会ってはいたのだ。が、プライベートな生活を尋ねることもなく、ただ単に、見るからに羽振り良さそうだな、と勝手に思い込んでいた。
それが、訊けば、目下、先代の社長、すなわち彼女の実のお父さんの24時間介護に専念していて、家業の方は「開店休業」中とのこと。お父上の詳しい病名や病状は存じ上げないが、もはや意思伝達もままならないのだとか。
一時、病院で重篤な状態に陥った際などは、担当医の先生に生命維持装置の装着の有無、すなわち延命をするや否やまで問われたという。子どもたち3人(含む彼女)を見遣りながら、お父さんは、
「死にたくないよお」
と声を絞り出すようにして懇願されたという。
一度ならず死線を彷徨ったお父さんが、延命治療の継続によっていまも生かされている。途中、なぜ退院してご自宅での介護に移ったのか、また、「子どもたち」の間でどんな役割分担が話し合われたのか……詳しくは知る由もない。
ただ、気管切開もし、胃ろうもしているお父さんの昼夜を問わない痰(たん)の吸引といった、文字通りの生命線は、もっぱら独身の彼女一人に委ねられた。
「24時間の在宅介護」とはいえ、彼女にとっても在宅時は貴重な休息の時間である。夜は夜で自分の布団で寝るのだが、夜中に、朝方にと起きては相も変わらず痰の吸引。
「一度吸引してしまえば、3、4時間は放っておいても平気なんです。よほど苦しいとなれば、いまや息遣いで判断できますし」
こともなげに言い放つ彼女を、強いな、と思った。自分なら「お父さん」の立場で生きながらえるのも嫌だが、「彼女」の立場で家に幽閉されるのはもっと嫌だ。なので、その晩、彼女とのお礼メールのやり取りの中で、
「目の前の状況から決して逃げないあなたは凄いな。でも、自分のからだが第一。できるだけ公的サービスを併用することを今まで以上に心がけてね。良い加減(よいかげん)が大事、大事!」
とコメントしたのだった。彼女からはすぐに、
「孤独な闘いで、ここのところ誰からも褒められたことがなかったので、先生からのメール、とても嬉しかったです」
とのお返事が来た。そう書いて貰えたら貰えたで、「良い加減(よいかげん)が大事」などと、どこか突き放した言い方ではなかったか、もっと別な書き方もあったのでは、と恥じた。
もっと恥ずべきは、しかし、すでに他界した4人の両親の介護らしい介護の一度も担えていない自身のこと。幸いなことに、僕と妻にはそれぞれに妹がいて、東京や日本を留守にしがちな我々の代わりに、実妹や義妹に親の介護をすっかり押しつけてしまった格好だ。そんなデラシネの能天気野郎から「良い加減(よいかがん)が大事だかんね」などとお気楽な電話やメールを貰ったのでは、さぞや怒り心頭だったに違いない(妹たちよ、ごめんなさい!)。
話は戻って六花亭でのゼミのプチ同窓会。別の女性が彼女に、
「(お父さんが)天に召されたら、もう一度働くの?」
と訊いたのだった。すると彼女、
「そうね、いまの私、介護なら自信あるわ。どっかの施設ででも雇ってもらおうかな」
と真顔で答えてから、すぐに笑顔になった。
考えてみれば、同じようなケースが身近にも一例。家族ぐるみで付き合いのある独り身の女性が、高齢のお母さんを自宅でさんざん介護した後、お別れした。お母さんは娘にちょっとした財産を遺されたので、ここからは悠々自適のご自身の老後生活も可能なハズ。なのに、彼女は週に3日、4日、老人施設で、職場の人間関係に悩まされながらも介護の仕事を続けている。
「もういいじゃん。お母さんで十分ヤリ尽くしたじゃん」
他人は(僕も)みんなそう言う、とケタケタ笑う彼女。休みの日は、カルティエの腕時計でキメて銀座でお買い物。でも、「介活(介護活動)」は何よりの生きがいだという。
「就活」も「終活」も——人生の上り坂と下り坂の違いこそあれ——所詮は自分事。頑張ったら頑張ったように(あるいは、頑張らなかったら頑張らなかったように)結果は自分に返ってくる。
対する「介活」は他人事……と見せかけての、やはり自分事なのだ。頑張ろうが,頑張るまいが常にお世話する対象者の死をもって役割は一応お終いとなる。ただ、介活はその過程で、生き物としての人間のリアルや尊厳と真正面から向き合う孤高のお仕事。否が応にも一人の人を哲学者の高みに上げてくれるのだろう。
仕事に貴賎はない。ただ、人間の業と向き合う度合いの高い仕事はおしなべてより大変だ。だから、医者や弁護士の報酬はそれ相応に手厚い。
ならば、医者や弁護士の仕事と同じか、ときにそれ以上にヒトの生き死にの問題と全人格的に付き合わされる介護のお仕事の報酬を格段に引き上げる議論を真剣に始めるべきときが疾うの昔に来ている。
期せずして、親族間介護の問題を「痰活」中の彼女らと考えた週末の自主ゼミ@六花亭カフェは、元ゼミ生に教わることばかりだった。