『雨上がりの公園』〜それでも光はある〜
本作は、とらねこ村の発信室が主催している『文豪へのいざない』の参加作品です。
『雨上がりの公園』
〜それでも光はある〜
32年間のサラリーマン生活の最後は、意外とあっさりしていた。
小雨が降る中、着慣れないスーツを着て、とぼとぼと会社に行くと、廊下ですれ違う同僚が、何かを察したように、一瞬「あっ」という顔をして、それから「ああ‥」と、目を逸らされた。
ドラマとかでは、長年勤めた会社のメンバーに囲まれ、別れを惜しむシーンが印象的だけど、現実はびっくりするくらい、あっさりしたモノだった。
きっと会社に1日いるのはつらいだろうなと、ぼんやりとイメージはしていたけれど、想像以上に居心地が悪かった。
会社から支給されたノートパソコンを返却し、お世話になった上司や仲間たちに、ぺこりぺこりと挨拶が終わったら、事務処理だけ済ませて、消えるように立ち去りたかったので、午後を半休にしたのは、長い会社人生の中で、一番的確な判断だったと思う。
今から一年前の8月、社内の一部の事業部の採算が合わず、その事業から撤退が決まった日、こうなることは、ある程度覚悟していた。
そう、ある程度は。
でも、それはあくまでも”ある程度で”、自分はきっと大丈夫だ、きっと何とかなると、何の根拠もない自信があった。
それが甘かった。
事業撤退から、1人、また1人と、社内の実力者が転職していき、日に日に仕事が回らなくなり、まさに″真綿で首を締められる″を、そのまま体現するような地獄絵図になった。
そして、今年から部署が変わり、慣れない仕事を続けているうちに、自分の中で″何か″が壊れた。
それからの日々は、思い出したくない。
とにかく家族、同僚、いろんな人に迷惑をかけ、このたび退職となった。
″何か″が壊れてから、廃人のようになり、何をしても、何を食べても、何も感じなくなった。
それでも、腹は減り、トイレに行き、寝た。
そんな生活が長く続くわけもなく、無断欠勤で解雇されるくらいならと、新しい部署の新しい課長に、辞表を出したのが、2ヶ月前。
そうして、夏が終わり、秋となり、退職となった。
長年勤めた会社の玄関に立ち、他人ごとのように建物を眺めた。
アレ?、こんなに小さかったっけ‥
もっと大きな建物だと思っていたけど、あらためて眺めてみると、小さな建物だった。
意味もなく、会社の周りをぐるっと回るように歩いてみたら、近くに公園があった。
朝降っていた雨も、いつのまにか止んで、雨に濡れてブランコがキラキラ光ってた。
おもむろにブランコに近づく。
なんとなくなつかしいキモチになり、会社のノートパソコンが無くなり、妙に軽くなったリュックサックを、足元にポイっと放り投げた。
両手で濡れた鎖をグッとつかみ、慣れない革靴で滑りそうになりながら、木の座椅子を踏み込んだ。
あっ!
この感覚!
忘れかけた″何か″が戻ってきた。
さらに椅子を踏み込んで勢いをつける。
ぐん、ぐんっ!
鎖から、ブランコ全体がしなるような手ごたえを感じる。
風を切るぴゅうぴゅうという音、
ブランコがしなるギシッギシッという音、
小学生だった頃の記憶がフラッシュバックする。
ははっ‥
ふと気がつくと、笑っていた。
空を見上げると、雨雲の隙間から、虹が見えた。
(おわり)
1.とらねこ村の紹介
本作は、とらねこ村の発信室が主催している『文豪へのいざない』の参加作品です。
2.オマケ動画
『さとりをひらいた犬』
いつもの仕事場が違った景色に見えますよ♪
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
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