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素人による素人のための憲法論1 - [日本国憲法の問題1]

今回の連載は「改憲有りきの改憲論」ではありません。あくまでも「現憲法を素人目線で見直してみたい」がスタート地点です。

日本国憲法の問題1

いま、盛んに改憲論が云われるが憲法は政治家や憲法学者の専有物ということではないはずです。私には現日本国憲法は我々国民が我々の憲法として捉えきれない所に問題の根がありそうな気がしてならないのです。
先にも述べましたが、立憲主義とは国民の目線と立場で三権(立法、司法、行政)統治するものであり、我々国民を国家権力が統治するためのものではありません。
憲法とは我々国民のものであり、国民という名の憲法の素人にこそ必要不可欠のものであり、素人目線での「憲法の見直し」こそが重要なのだと考えます。
何故なら、国民の99%以上は憲法の素人なのですから。

日本国憲法の問題の一つは、日本語として読み難い所にあります。日本語憲法の読み方が日本語で書かれると言う有り様なのです。国民にとって解釈論と読み方解説(著書によって異なる)が必要な憲法は国民の憲法とは言いがたいと思います。
何故そんなことになっているのかと言えば現憲法「日本国憲法」は英語で作成されたものを和訳したという事が読みづらく解り難いものにしている可能性があるからなのです。
国語とはその国に住み暮らす者の精神における血肉にも等しいものです。それが100%の輸血によると言うのは問題と言う他はないようにも思えます。如何ですか?

日本国憲法は第二次世界大戦における連合国軍の占領政策の一環として作成・制定された経緯を持ちます。連合国軍に対峙する枢軸同盟国のイタリア、ドイツが降伏した後も、特攻という欧米的には信じがたい特殊な作戦で頑強な抵抗を続けた日本人の精神構造の源泉として「大日本帝国憲法」があると捉えたGHQ(連合国軍司令部)は、新たな憲法の策定を日本政府に指示しました。けれども日本政府の策定した草案(Draft)はGHQの最高司令官マッカーサー元帥の意には沿わず、業を煮やしたマッカーサーは腹心の部下であるホイットニー准将に日本国憲法の草案作成を指示し、僅か9日で日本国憲法(草案=指示)はつくられた可能性が高いのです。
しかし、何故かマッカーサーの死後?に日本国憲法草案はGHQが創ったものであると公言されました。これには一体、どのようないきさつがあったのでしょうか?
それは、日本国憲法の制定にあたったGHQの憲法策定スタッフの多くが自ら策定した日本国憲法は日本と米国を取り巻く環境の変化(共産国の台頭、朝鮮戦争)の中で変革すべきかも知れないと考えた可能性はあります。また、一方で日本国憲法制定の主力メンバーのひとり親日派の法律学者(ケーディス)等の良心からか、日本国憲法は純粋に日本国民によって自主憲法として制定されるべきと考え、それを促したのではないかとも思えるのです。とすれば、そこに新たな改憲の意義も読み取れるかも知れません。

次回は「日本国憲法」の問題2

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