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ゲット・アップ・キッズ「Four Minute Mile」

出会いはイライラの連続

ゲット・アップ・キッズは、私が夢中になった最後のロックバンドかもしれない。

1997年にリリースされたファースト・アルバム『Four Minute Mile』との出会いは印象深いものだった。

忘れもしない西新宿の輸入レコード店「ラ○・トレー△・ショップ」の店内でかかっていたのが初対面だった。
ほんの少し聴いただけで、スーパーチャンクみたいだなと感じたが、声は全然違う。

つとにやる気のない接客態度で私をイラつかせていた同店の店員氏に思い切ってバンド名を尋ねたところ、ボソボソとした声で「ゲットアップキッズっすよ」と教えてくれた。

当時のインディー・ロック系のレコード店は、アルファベット順での陳列ではなく、細かなサブジャンルごとにレコードが棚に入っていた。
私はゲット・アップ・キッズのレコードがどこにあるのか全く分からず、再度、イラつかせ店員氏に尋ねると「エモっす」とのこと。えっ「エロス?」と食い下がる私に「エモのコーナー見て下さい」と言ってレコード棚に向かってアゴを突き出した。

初めて聞く“エモ”なるジャンル。
その棚をサクサクやったのだが、結局、お目当てのゲット・アップ・キッズは見つからず、三たび、イラつかせ店員氏にその旨を尋ねたところ「なきゃ売り切れっす」との回答。

店に置いてないレコードを店頭でかけんじゃねーよ💢

しかし、すぐ近くに良心的な接客と価格で私の好感度バク上げのレコード店「バーンホームズ・レコード」を覗いてみることに。

ここでも店員さんに尋ねたところ、自らレコード棚から商品を探し、「こちらのアルバムでよろしいですか?」と薦めてくれた。

こうして、とても清々しい気持ちで無事にゲット・アップ・キッズのデビューアルバムをゲットすることができたのだ。

初めて聴くエモコアの衝撃

ゲット・アップ・キッズのファーストアルバムが発表された1997年は、アメリカのパンクというとメロコアが最大勢力だった。

そもそも様式美から最も離れたところにパンクロックはあったはずなのに、メロコアはかなりパターン化されたスタイルが確立されてしまい、初期の面白さを失ってしまったように感じていた。

また、グランジにしてもブームに乗っかってデビューしただけのバンドは淘汰され、本当に実力のあるひと握りのバンドが生き残り、良作を発表していたが、90年代前半のような盛り上がりには欠けていた。

こうした状況下で音楽スタイルではなく、主流に対するもう1つの流れとして、オルタナティブロックが定着しており、多様なスタイルのバンドが活躍していた。

ゲット・アップ・キッズはメロコア、グランジ、オルタナのどこにも当てはまりそうだけど、少し違う、そんな音をデビューアルバムで鳴らしていた。

決して明るくない、むしろ暗い感じの曲調だが、演奏は荒削りで力強い。
ボーカルも切なく歌い上げる時とシャウトする時の使い分けが素晴らしい。
そして、何よりも私を惹きつけたのは印象的なメロディーの充実ぶりだった。

繊細さと骨太さが同居したゲット・アップ・キッズ

80年代、中学生の頃に洋楽ロックに目覚め、ほどなくしてニューウェーブにハマり、その後、マッドチェスターにもグランジにも夢中になった。

リアルタイムで経験してきたこれらのムーブメントだけれども、いつもアメリカとイギリスのロックが混ざり合うことは無かったように感じていた。

しかし、ゲット・アップ・キッズの登場はイギリスの憂いとアメリカの骨太さのどちらもが感じられた。
カレーもカツ丼も食べたい時のカツカレー的な合点のいく音像を私に届けてくれたのだ。

ゲット・アップ・キッズの登場をキッカケに私は貪るようにエモコア系のバンドを聴いた。

この時点でエモ・シーンはメディアが仕掛けた胡散臭さは全くなく、バンドとファンとレーベルが良い作品をつくり、楽しもうという健全な雰囲気が感じられた。

しかし、次第にメジャー・ヒットも生まれ、無理やりエモーショナルなメロディーと展開を盛り込んだだけの安直な作品も目立ってくる。

「エモい」という言葉も定着させたエモコア、しかし、その発火点は…

そして、現在、エモと略したジャンルはシーンに定着し、若者たちも「エモい」という言葉を日常的に使うようになっている。

現在のエモいロックとゲット・アップ・キッズが鳴らしたエモコアは音の質感も湧き立つ感情もかなり違うものになってしまったように感じる。
しかし、私にとってエモの発火点は本作であり、時代を超えたマスターピースとして今後も事あるごとにターンテーブルにのせることは間違いない。

アラフィフになり大人になった今でも本作を聴くと、まだ青臭かった20代の頃の感覚が鮮烈に蘇ってくる。

大人になっても24時間ずっと青臭いのはウザいだけだが、青臭い理想主義みたいなものを綺麗サッパリ忘れてしまうのも何だかなぁと思う今日この頃、久しぶりに聴いた本作は大人になっても、時には青臭く理想に向かって疾走することや接客態度が悪いレコード屋の店員にムカつくことを忘れてはいけないと考えさせてくれた。

大人になってもロックを聴き続けることって、こういうことなのかもしれないですね。

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