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僻地医療を守る~安芸太田病院のDX改革【実装支援事業】
過疎化、高齢化の激しい広島県の中山間地域。医療のニーズが増しているにもかかわらず、地域の衰退によって適切な医療を受けられない人が増えている。そんな状況を打破しようと医療改革に取り組んでいる病院がある。安芸太田病院はIoTを用いた実験を進め、このたび「ひろしまサンドボックス」事業に採択されたオンライン眼科検診の実装にトライ。彼らの活動を追った。
実装事業者「安芸太田病院」結城常譜さん
広島県北部に位置する安芸太田町。深い山に囲まれ、鉄道も走らないこの地は、30年近くかけて人口が5千人まで半減した典型的な過疎の町である。
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高齢化が進んでいるので医療ニーズは非常に高い。しかし人口が少ないので医療機関も乏しい。そのくせ土地は広いので移動は大変。にもかかわらず交通機関も貧しく、高齢化によって自家用車での移動も容易ではない……そんな考えれば考えるほど絶望的になりそうな「僻地の未来」をなんとかしようと立ち上がったのが、県の「へき地医療拠点病院」に指定されている安芸太田病院だ。
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私たちの病院は2021年3月からIoTを使ったオンライン診療の実証実験をはじめました。これは患者の所に看護師が出向き、ITリテラシーの乏しい高齢者のサポートをしながら医者とつないでオンライン診療ができないかというもの。通常のオンライン診療は医者と患者だけで行いますが、そこに看護師が立ち会うことで血圧を計ったり聴診器を使ったり、通常のオンライン診療より格段に得られる情報が増えるんです
安芸太田病院がトライしたのは、いわゆる「D to P with N」と呼ばれる手法だ。これは「Doctor to Patient with Nurse」の略で、遠隔医療のひとつの形。安芸太田病院はオンライン診療の保険適用が認められてない時期からデジタルに活路を見い出し、その活用を模索してきた。
そんな中で彼らはある起業家に出会う――のだが初対面のときは慌ただしくて気付く余裕もなかったという。といっても、その対面もウィズコロナ時代らしくオンラインの上であったが。
2022年3月9日、「広島県へき地医療支援機構」の運営委員会が行われたんです。それは僻地の医療機関の運営状態や医師不足について話し合う場だったんですが、そこで北(直史)先生の似島での取り組みが発表されて。私たちも同じ場でオンライン診療の取り組みを発表したんです。ただ、そのときはリモートだし、こちらも発表の準備でバタバタしてたので接触はなく……その後、改めて県の方が紹介してくださいました
リモートでの初対面から、県の仲人でマッチング――これが今回の「スマホ接続型眼科診療機器とソフトウェアを用いた『眼科遠隔相談サービス』」実装支援事業における実装事業者・安芸太田病院の結城常譜(ゆうき・つねつぐ)院長と開発事業者「株式会社MITAS Medical」の北直史(きた・なおふみ)さんとの出会いだった。
開発事業者「株式会社MITAS Medical」北 直史さん
「スマホ接続型~」は2021年「ひろしまサンドボックス」D-EGGS PROJECTに採択された案件である。
眼科診察で必ず使用される「細隙灯顕微鏡」。北さんはこのコア機能をスマートフォンに取り付けられる小型デバイス「MS1」に濃縮し、本来は習熟が必要な眼画像撮影の簡素化を実現した。さらにスマホと接続することで写真データの送受信も可能に。これにより撮影した情報を元に遠隔地にいる眼科医が読影できるようになった。
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MITAS Medicalのミッションは「医療が届かないところに医療を届ける」。これはもちろん僻地医療を見越してのことである。2021年にD-EGGSに採択された際は、広島の離島である似島の診療所で実証実験を行った。
それを受けて今回は実装の段階にステップアップ。再び僻地の医療機関を探していたところ、県が安芸太田病院を紹介してくれたというわけだ。
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今回は実装ということで、眼科へのアクセスが悪い医療機関に改めて県からお声掛けしてもらったんです。似島診療所でやったことを他の診療所や医療機関に広げていこうと思って。そこで紹介してもらったのが安芸太田病院と神石高原町の神石へき地診療所。安芸太田病院はオンライン診療の取り組みをしておられると聞いて、非常に興味を持ちました
紹介してもらってからは話が早くて。北さんが山の中のウチの病院までプレゼンテーションに来てくれて。検査技師にMS1の使い方を教えるためにも2~3回来てくれました
北さんは拠点が東京であるにもかかわらず足しげく広島へ、しかも広島人でもなかなか行かない(!)安芸太田へ――もともとデジタルを用いて僻地医療の向上を模索していた2組はすぐに意気投合。タッグを組んで実装に臨むことにした。
スムーズに進んだ院内検診への導入
これで眼科受診の敷居を下げられる
安芸太田病院にとってラッキーだったのは、北さんの訪問が地域の健康診断「山ゆり健診」の直前だったことだ。
ウチの病院の検診に組み込む前に、山ゆり健診があるじゃないかとなって。それで急遽、前眼部の検診を山ゆり健診に組み込んでもらったんです。体育館で行われる健診の後、外のブースで「一緒に目の検診もどうですか?」って希望者を募って。それが院内検診のちょうどいい準備になりました
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山ゆり健診への採用は北さんにとっても「サキガケ」プロジェクトの実証実験として好都合だった。
そしていざ院内の検診に導入――したのだが、これが実にスムーズ。似島診療所、山ゆり健診と前段階があったこともあるのだろう。オペレーションも何の問題ない。検査技師の藤崎未来(ふじさき・みく)さんはMS1を使ってみた感想をこう話す。
専門的な器械なら身構えるかもしれませんが、基本は普段使ってるスマホですから。気軽な気持ちで臨めたし、実際使いやすかったです
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撮影したデータはクラウド上にプールされ、広島大学病院の眼科医が空いた時間に読影する。このやり方で昨年9月以降、200件以上の前眼部検診を行うことができた。
今回の実装では大きな成果を得たようだ。
ウチは眼科医が週2日勤務で、常に専門医がいるわけじゃないんです。だから患者がアクセスしづらいという問題があって。でもこれを使えばいつでも検診ができる。検診で異常が見つかれば専門医にかかる機会が生まれる。そういう意味でこの検診は眼科の敷居を下げてくれると思うんです
症状が出た患者さんは普通、週2日の勤務日に合わせて安芸太田病院に行きますよね。でも毎日検診ができれば、症状が出る前の未病の段階で発見できる。そもそも眼科って少々調子悪くてもわざわざ足を運ぶ人が少ない分野。だけど視力は生活する上で大事な機能であって。その障害を抑えられるのは重要だと思います
もともと遠い、お医者さんがいない、だから行かない、それで悪化して致命傷に至る……という悪循環からの脱却。MS1を使った検診を導入する一番のメリットとして2人が口を揃えて「眼科検診の敷居を下げ、病気を未然に抑えられる」と言ったのは印象的である。
実装を機にできた「つながり」
今後は面になって僻地医療に対峙
この実装結果を受けて、病院は導入に前向きな姿勢を見せている。
このままMITAS Medicalさんのシステムをウチの検診に組み込んでいきたいと思ってます。先進的な検査だし、それが検診に組み込まれていることは病院のセールスポイントにもなる。唯一気になるのは、今後スマホがバージョンアップされていく中で今の機器で簡単に対応できるかどうか。そこさえクリアできれば今後も続けていけると思いますよ
手応えは北さんの方でも同様だ。
同じ僻地での実験でも、前回は診療所、今回は病院。異なる規模で実験できたのは非常に大きいです。患者さんの数も違うし、前回はドクターと看護師さん1人ずつだったのが、今回は臨床検査技師さんにも入ってもらって。あと、今回は検診という形で入らせてもらったので、今後は週の残りの3日間をどう埋めるかというソリューションにつなげていければと思います
検診から診察へ導入範囲を拡大していけるかが次のステップになるだろう。最後、結城院長は今回の実装支援についてこう締めくくった。
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今回私たちが得たもので大きいのは、つながり。この北さんのシステムを通して広大病院の眼科ともつながりができたし、「ひろしまサンドボックス」に関わることで県の方とのつながりも広がった。今後はこうしたつながりが面になって僻地医療に対応できる体制ができればいいと思うんです
プロジェクトをきっかけに、同じ志を持った各分野のプロフェッショナルたちがひとつのチームを結成する。僻地の未来を希望に変えるのは「つながりの力」、それが一番大きいのかもしれない。
●EDITOR’S VOICE
筆者は広島市内在住ですが、正直安芸太田町は「遠いな~」という印象。安芸太田病院の場所を調べて、戸河内インターの近くとわかってもやっぱり遠いというイメージは変わりませんでした。しかしそんな安芸太田町まで頻繁に足を運んだ北さんのフットワークの軽さ!(しかも東京から) 個人的にはこれが今回の実装が成功した一因だったように思います。
オンライン診療の普及なのに足を運ぶって矛盾してるようだけど、リモートが定着した今だからこそ、直接足を運んで顔を合わせて伝え合うことの重要性をみなさんよく理解されていたんでしょう。
ちなみにMITAS Medicalの「サキガケ」実証実験の様子も以下にレポートしていますので、合わせてどうぞ!
(Text by 清水浩司)
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