住民の心の声が見えたなら?(安芸高田市)【スタートアップ共同調達事業】
安芸高田市といえばいま日本でもっともホットな自治体と言っても過言ではない。市長と議会の対立が日本中の注目を集め、市の公式YouTube登録者数はついに全国の自治体でトップとなった。そこに目を付けたスタートアップが持ってきた提案とは……「Citizen’s Voice」はパンドラの箱を開けることになるのか?
住民のホンネを可視化する
サイト「Citizen's Voice」
ある意味、これほど安芸高田市らしい案件はないかもしれないし、これぞスタートアップと言えるチャレンジ魂かもしれない。
今回紹介する採択案は「自治体版MROC(オンラインコミュニティを活用した調査手法)『Citizen’s Voice』を構築し住民意見を収集」。まずこのプロジェクトの内容を紹介しよう。
この提案を持ってきたのは2015年創業の「LITEVIEW株式会社」。自社用アプリを簡単に制作できるツールを用いて、会員同士やコミュニティメンバー向けのコミュニケーションサイトの作成をサポートしている。これまでオリックスバファローズのユーザーコミュニティを作成したり、大手企業の社内ポータル作成を請け負うなど、ある一定のコミュニティで活用できるサイト構築を得意とするスタートアップである。
一方、採択案の中にあるMROC(エムロック)とは「Market/Marketing Research Online Community」を略したマーケティング用語。特定のテーマに関心を持つ人だけを集めてオンライン上にクローズドなコミュニティを作り、その中でのコミュニケーションやリサーチによって新たな消費者ニーズを発見しようとする手法を指す。
今回の提案はそれの自治体版。わかりやすく言えば、安芸高田市民らが参加するオンラインコミュニティ「Citizen’s Voice(=市民の声)」を作り、議会で決定した事柄に関して本当はどう思ってるの? 賛成なの? 反対なの?――といったホンネを可視化しようとする試みである。つまり住民のインサイト(深層欲求)を見える化しませんか?という提案である。
市民が自由に意見を交換し合い、オンライン上で議論もできる。それはデジタル時代、あってしかるべきプラットフォームのような気がするが……。
しかしここは安芸高田、そんな簡単には行かないのである。
「ようこの提案をウチに
持ってきたな!」(笑)
今回取材に応えてくれたのは産業部商工観光課商工係で商工業支援・企業誘致を担当している課長補佐・小野光基(おの・こうき)さん。苦笑いしながら言葉を続ける。
なんといってもいま安芸高田市は市の公式YouTube登録者数20万人という日本最注目のまちである。スタートアップはまさにその注目度に目を付けたわけだが、しかし実際の導入には当然数多くのハードルが立ちはだかる。
では軌道修正した安芸高田のコミュニティプラットフォームはどんなものになったのだろう?
舞台を高校の生徒会に変更
生徒回復の起爆剤になる?
なるほど、「市民の声」を「生徒の声」に置き換えることで実現に向かっているということか。現在は市内にある吉田高校、向原高校と連絡をとりながら、どこで実証実験を行うか交渉中。ひとまず3月までにサンプルとなるプラットフォームを作り、教育委員会に提案。新学期以降に運用を開始するという青写真を描いている。
市民の間柄を搔き乱すかもと思われたツールが、高校の生徒数回復の起爆剤になるかもしれない――これもひとつのセレンディピティ。何かアクションを起こすことで予想外の効果が得られるというのもスタートアップの面白さである。
誰もが意見を発信できる
民主的なまちであるために
慎重に扱わないといけないが、自治体にとってこの「Citizen’s Voice」が将来的に有効なツールであることは小野さんも認めている。
または、もっと小規模の団体――たとえば地域振興会、医師会、市内にある社会福祉法人の団体――そういった団体ごとにプラットフォームを作るのもいいかもしれないと想像を膨らませる。
やりようはいくらでもある。人々が自由にモノが言えて、みんなの意見を聞きながら物事を進められる社会を作るため、どのようにデジタルを活用するか?
こうした面でも、安芸高田市はいま民主主義を考える上で一番ホットなスポットになっていると言って過言はないのである。
●EDITOR’S VOICE 取材を終えて
最近遠方の知人と話していても「安芸高田、面白いね~」「YouTube見てるよ~」と言われる。広島の枠を飛び越えて注目を集めている安芸高田。そこに目を付けて提案してくるスタートアップも逞しいが、それを採択して高校の生徒会に転用し、実証実験を試みる安芸高田もまた逞しい。これくらい逞しくないと新規事業など起こせないってことだろう。虎穴に入らずんば虎子を得ず。安芸高田はもしかして、ものすごく強力な「虎の子」を捕まえてしまうかもしれない。(文・清水浩司)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?