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VRで防火管理講習(広島市)【スタートアップ共同調達事業】

専用ゴーグルを装着してバーチャル・リアリティ(VR)の世界を体験するという行為はだいぶ一般にも知られてきたが、実際それを体験したり、活用しているという人はまだ少ないのではないだろうか。今回の広島市の挑戦は、そのVRを防火管理講習に使うというもの。VRの新しい活路について取材してきた。


防火管理講習の実技を
オンライン化できないか?


今回、広島市が採択した案は「誰でも簡単にVRコンテンツを作成できる空間データ活用プラットフォーム『スペースリー』による防火管理講習のオンライン化」。取材に答えてくれた山根 武(やまね・たけし)さんは市の消防局の予防部予防課予防係の主査である。

そもそも消防局の予防係というのは、どういう仕事を行う部署なのだろう?

予防課予防係の業務内容は幅広く、火災予防対策、防火指導、火災予防行事に関すること等を行い、今回実証実験を行っている防火管理者の講習、「広島市総合防災センター」に関する業務を私が担当しています

広島市総合防災センター。安佐北区の山中にある

そう、今回の舞台はこの広島市総合防災センター。筆者も広島市内在住だが、安佐北区倉掛にこのような施設があることは初めて知った。ここでは火災や地震、豪雨といった災害時に適切な判断や行動がとれるよう、市民研修や子供研修、事業所研修や法定講習などを実施している。

 一定規模以上の建物の所有者や各テナントの代表者は、消防法により防火管理者を定め、防火管理業務を行わせなければなりません。防火管理者の資格は建物の規模に応じて甲種と乙種の2種類あり、甲種防火管理講習を受講する場合、2日間の講習を受講する必要があります

講習は座学と実技が行われ、実技では実際に消火器を使用し、実噴射により消火を行います。現在防火管理講習のオンライン化を検討していて、座学に関してはeラーニングによりオンライン化が可能ですが、実技をオンライン化することについてイメージが湧かなかったので、今回アイデアを募集することにしました

センターには防火管理講習のため年間1,000人が訪れる

総合防災センターを利用する研修受講者は年間約8,400人(2022年度)。そのうち防火管理講習は毎年1,000人程度が受講している。

総合防災センターは広島市の中心部から離れているので、受講者のアンケートでも場所が遠い等の意見がありました。オンライン化できれば自分の都合がいい時間に受講でき、移動の手間も省かれるので、受講者の利便性が向上すると思いました

オンライン化することで利便性を向上させ、防災を身近に感じてもらえないか? それが今回の取り組みの出発点だった。

VR映像を共有することで
グループでの研修も可能

 
消防局の呼びかけに応えて企画を送ってきた企業は7社。その中から「株式会社スペースリー」の提案を選択した。

スペースリーさんに決めたのは、研修に関するコンテンツの作成実績が数多くあったからです。中でも、防災訓練のVRコンテンツも作成されていて、こちらがやろうとしている内容に合致し、具体的なイメージができたことで今回お願いすることにしました

スペースリーのウリは360度VRコンテンツを誰でも手軽に簡単に制作・活用できるクラウドソフト「スペースリー」。これまでVRを用いて不動産賃貸の仲介や空き家問題の対策などに携わってきたが、近年は製造業を中心にVR研修を提供し、習熟度43%UPや研修時間効率化の成果も上げている。VRゴーグルだけではなくPCやスマホ等のデバイスで手軽に閲覧できるのも特徴だ。

私自身、これまでVRに触れ合うことがなかったので、すべてが新鮮でした。VRゴーグルだと一人ずつでの研修になりそうですが、コンテンツは様々なデバイスで閲覧可能なので、PCの画面を見ながらグループでの研修にも使える点がいいなと思いました

研修には個人で行うものに加え、グループで行うものもある

バーチャルな映像を大勢で共有することで、本人だけでなく周りにとっても学びとなる。こうしたメリットを実現するため、山根さんたちとスペースリーは防火管理講習のVR化に乗り出すことにした。

VRの限界を知ることで
リアルの強みも知る


現在の状況だが、まさにVR映像作成の真っ最中だ。先日スペースリーのスタッフが総合防災センターを訪れ実技講習の模様を撮影。当初は防火管理講習のオンライン化を予定していたがそこから幅を広げ、総合防災センターで実施している様々な講習についてコンテンツを作成している。

コンテンツの内容は、たとえば本物の火に向かって消火器を噴射する消火体験、地震の揺れを体験し地震への備えや対処方法を学習する地震体験、スモークマシーンで煙を発生させ煙の怖さを学習する避難体験等があります。それぞれ実際の講習の様子を撮影し、どういったところがポイントになるのか注釈をつけ編集しています

天ぷら油火災のコンテンツ(仮)の様子
ゴーグルの内側で炎が燃え広がる映像が再生される

上の画像を見てもらえばわかるように、VR映像の制作は順調。今年度末にはひとまずの完成を見る予定だ。

4月以降は制作したVR映像を実際に体験してもらい、受講者の方にアンケートをとる等して、実証実験の効果を検証したいと思います。その他にも、消防局が実施するイベントの来場者にVR映像を体験してもらい、「総合防災センターでこんなことが体験できるんだ」と総合防災センターのPRにも役立てたいと考えています

また、実証実験を行ったことで新たな気付きも得られた。

VRにもメリットとデメリットがあると思ってて。やっぱり実際、目の前で燃えている炎に向かって消火器を使うリアリティはVRでは体感できないと思うんです。将来的にモニターから熱が伝わってきたり、臭いが出てくるような技術が開発されたら別ですけど

それを考えると今の総合防災センターは市街地から離れているものの、実際に火を起こして消火器を使った本格的な訓練ができるメリットがあるので、VR映像で体験してもらった後は総合防災センターに足を運んでいただきたいですね

大がかりな消火訓練ができるのは広島ならではの長所だ

バーチャルの限界を知ることで、リアルの強みも知る。それもまた今回の実証実験で得られた収穫なのだろう。

企画があったからこそ
掘り起こされるニーズ

 
最後に「The Meet」という企画自体について聞いてみた。

参加費用が無料で、予算措置ができていなくてもサービスを試験導入し、費用対効果等を検証することができます。広島県がこのような事業を主催してくださり、市としては大変ありがたく思います。またこうした機会があれば、他の地域課題についても積極的に利用させていただきたいと思います

子供研修の様子。本物の消防車に興味シンシン

ちなみに今回のVR講習は消防局にとって以前から頭を悩ませていた課題というわけではなく、「The Meet」という企画を知ったことで「じゃあやってみるか」となったもの。企画があったからこそ掘り起こされるニーズもあるし、それによって引き起こされるイノベーションもある。

ここで「The Meet」は、まちを刺激する起爆剤として機能しているのだった。


●EDITOR’S VOICE 取材を終えて


本文にも書きましたが、私、広島市民でありながら「広島市総合防災センター」という施設の存在を知りませんでした。事前に予約は必要ですが、広島市民であればさまざまな研修が無料。天ぷら油の火災実験、消火器を使ったシミュレーション、子供向けには消防車体験に防災紙芝居……面白そうって言ったら不謹慎かもしれませんが、ここにVR研修が加わればゲーム性が向上し、さらにアミューズメント感アップ。楽しみながら防災を学べるって、実は大事なことかもしれません。(文・清水浩司)

 

・共同事業者:株式会社スペースリー
・活用ソリューション:360度パノラマVR「スペースリー」
・概要:防火管理講習の模様をVRコンテンツ化することで、広島市総合防災センターの利便性を向上させる
・必要経費:100万円(※VRクラウドシステム利用料、VRコンテンツ作成費など)


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