えたじまARアイランド化計画(江田島市)【スタートアップ共同調達事業】
「The Meet」は地域の課題解決を目指すプロジェクトなので、時として「どうしよう……」「困ってます……」といったシリアスな空気が漂うことも少なくない。しかし今回は少し異なる。あまり深刻な様子もないし、むしろ非常に楽しそう。これは島の楽天性によるものか? 次の週末、江田島に行ってみたいと思えるチョット耳よりなイイ話を紹介しよう。
G7で増加中の観光客を
島に呼び込めないか?
今回、江田島市が採択したのは「観光地向けのWebARサービス『palanAR Maps』による観光案内の多言語化及びAR作品による観光コンテンツの創出」である。
読んでパッと「観光×AR」という方向性は理解できるが、この企画を進めているのは市の産業部交流観光課観光係長の小西俊介(こにし・しゅんすけ)さん。はじまりは小西さんがThe Meetの募集サイトに「島の魅力を世界に!~恵み多き島『えたじま』ファン拡大プロジェクト~」というお題を載せたことだった。
観光係長の立場にある小西さんにとって、一番の関心事は当然江田島市の観光需要。周知のようにコロナ禍によって観光業は大きなダメージを被った。2005年に観光客70.9万人を記録した江田島市も「目指せ100万人!」を合言葉に奮闘してきたが、コロナによって2020年25.6万人、2021年32.2万人、2022年37.8万人と厳しい状況を余儀なくされる。しかし最近はコロナの終焉とともに復活の気配が見られるという。
課題の出発点は「外国人観光客に対する情報の多言語対応、看板の充実」。そこからプロジェクトははじまった。
AR作品を島内に配置して
島全体をARスポットに!
提案を受けた7社から江田島市が採用したのは「株式会社palan」の案。palanが開発したのはコードを書かずにWebARが作成できるツール「palanAR」である。
ここで改めてARについて説明すると、ARとは「拡張現実」の略で現実世界と仮想現実を重ね合わせて表示する技術のこと。たとえばスマホを通して街の風景を覗いた際、その上にCGで作ったキャラクターやメッセージを重ねて見せるのがARである。WebARというのはQRコードやURLを読み込むだけで手軽にARを体験できるシステムを指す。
歴史的な観光スポットでスマホをかざせば、史跡の説明が書かれた看板が表示される。それは仮想現実にあるデジタル看板なので、多言語への対応が可能だし変更があった場合も簡単に修正できる――それがまずpalanAR導入のメリットである。
しかしpalanはそれに加えて大胆な提案をしてきた。エンタメ性のあるAR作品を島のあちこちに配置して、江田島全体をARスポットに変えてみてはどうかというのだ。
看板が足りないというマイナスを埋めるのではなく、それを逆手にとって「ARが楽しめる島」という新たな観光コンテンツに昇華させる。palanとの出会いによって、企画は思わぬ上振れを引き起こしていった。
市内10ヶ所にAR作品を設置
スタンプラリーも開催予定
実証実験は現在コンテンツ制作を行っている最中である。palanとの話し合いによって、市内10ヶ所にARスポットを配置することを決定。そのうち3ヶ所は特に力を入れていて、前述の三高山(砲台山)に加え、桜の名所である「しびれ峠」ではスマホをかざすと桜吹雪が散り、毎年秋に開催される江田島湾海上花火大会がよく見える長瀬海水浴場では花火が打ち上がる映像が見られるようになる仕組みだ。
他にもスマホをかざすと昔の江田島の写真が出てきたり、はたまた島で少年時代をすごしたミュージシャン・浜田省吾にまつわるフォトフレームが出現したりと盛りだくさん。さらにARスポットを周遊してもらうためにデジタルスタンプラリーを行うという案も出ている。
話を聞いているとpalan自体が江田島のファンになって、一緒に島を盛り上げていこうとしているフシもある。ノリが加速しているというか。
小西さんは「今回はpalanさんと出会って盛り上がったのがすべてです」と笑うが、こうして見るとイノベーションの創出には出会いや偶然、勢いといった見えないチカラが重要だと痛感させられる。
課題はざっくりしてたけど
結果オーライですかね(笑)
もうひとつ小西さんから面白い話を聞いた。
小西さんは江田島出身。外の風と交わったことで、これまで当たり前に思ってきた地元のことを深く学べたのは秘かな成果と言えるだろう。
いやいや、ざっくりしていたからこそ予想外の化学反応が起きる余地があったのではないか? 今回の江田島市のケースからは、大きな熱狂を作るには実はほどよい「ゆるさ」が大事だという事実が伝わってくるようだ。
●EDITOR’S VOICE 取材を終えて
今回の「The Meet」全26プロジェクトの中で個人的に一番「楽しそうだな~」と思ったのがこの江田島市の案件。取材してみて納得しました。担当の小西さんの醸し出す雰囲気が他と全然違うんです。あまりお役所っぽくないというか、肩に力が入ってないというか。「これが島時間か?」と思わせるおっとりした口調とマイペースっぷり。めちゃくちゃ癒されるんですよね。
それによって、ワーケーション含め、個性的な人材が江田島市に集まってきている理由もよくわかりました。市内からほんの30分でこんな異なる時間感覚に出会えるなんて。うーん、自由な別世界。これも広島の貴重な観光資源と言えるのかもしれません。(文・清水浩司)
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