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事業承継で「まちの奥行き」を守る(呉市)【スタートアップ共同調達事業】

今回呉市が「The Meet」において採択した案件は2件だが、その2つは「商店街の再生」という点で同じ方向を向いている。1件目は空き店舗に新たな起業家を呼び込むことで、まちの賑わいを増やす取り組み。そしてもう1件は、これ以上経営を続けるのが困難になった店舗を事業承継によってよみがえらせる取り組みだ。数々の名店が集まる呉で、老舗の世代交代は可能なのだろうか。


老舗は意識して守らないと
どんどんなくなってしまう


今回紹介する呉市の案件は「後継者のいない老舗を移住者等による事業リノベーションへ繋げるマッチングプラットフォーム『relay』による商店街の事業承継」。もう1つの採択案が「事業をしたい借主の情報を物語として公開し、遊休不動産のオーナーに繋げる『さかさま不動産』による挑戦しやすい・したくなるまちの機運醸成」であることを考えると、とにかく「商店街をなんとかしたい!」という切迫した想いが伝わってくる。

今回も呉市産業部商工振興課商業グループ・課長補佐の久保善裕(くぼ・よしひろ)さんに話を聞いた。

私は「まちの幅と奥行き」が大事だと思うんですけど、まず「まちの幅」というのはこれまで呉になかったビジネスが生まれること。これは今からでも作ることができるんです

一方「奥行き」とは歴史のことで、いわゆる老舗って意識して守らなければどんどんなくなっていくんです。放っておいたら知らないうちに消えてしまう。だから新しいものを作ると同時に、古いものを守っていかないとまちの魅力は減ってしまうと思うんです

 なるほど、空き店舗に新規事業者を呼び込む動きが「幅」だとすると、老舗を再生・復活させる試みが「奥行き」を維持する活動か。では事業承継に関して、呉の実情はどうなのだろう。

まちに脈々と流れる歴史が、一朝一夕で作れない「奥行き」を生む

呉は地元密着の店が多いんですけど、中通商店街界隈だけで創業90年を超える店舗や事業所が約20もあるんです。空襲で灰になったまちでそれだけ続いてるのも凄いことですが、そういったところでも閉じるところが多くて。名店と言われてた店でも残念ながら高齢でやめていかれるところが少なくないのが現状です

呉の戦後復興を支えてきた老舗も高齢化の波の前に風前の灯火……日本全国他の地域と同様、呉でも事業承継の推進は待ったなしという状況だ。

早くも1件の記事がアップ
問い合わせから面談に!

 
そんな中で呉がパートナーシップに選んだスタートアップは「株式会社ライトライト」。2020年に創業し「relay」という名の事業承継マッチングプラットフォームを運営している。

 relayのやり方はこうだ。事業承継が必要な店舗や事業所を発掘して、それを記事化、relayのホームページに掲載する。それを見た事業承継希望者が手を挙げ、互いの条件が合えば承継成立となる。relayの強みについて久保さんはこう語る。

サイトを軸に事業を受け渡したい人と引き継ぎたい人をマッチング

数年前、国が運営する「事業承継・引継ぎ支援センター」の呉事務所が開設されたのですが、ここはステークホルダーの利害を損ねないため、基本的に承継を希望する事業所の情報は非公開なんです。でもそれだと買い手は現実感が湧かなくて、イメージしづらいじゃないですか。relayはオープンネームで行うので、実際の店舗の写真や現事業者の想いを知ることができる。そうしたストーリーを知ることでマッチングが加速していくと思うんです

さらに久保さんが驚いたのが、スタートアップならではのスピード感だ。すでにrelayの呉版である「relay the local×呉市」がオープン。運よくライトライトに遠隔勤務中で江田島在住の社員がいたこともあり、取材して掲載までわずか10日間、早くも1件の案件がアップされている。

relayと呉市のコラボサイトもすでにオープン

あと記事の見せ方もうまいんです。いま掲載されてる「呉楽器店」は創業50年を超える老舗で、社長が70代半ば。中学校・高校の吹奏楽部の楽器をメンテナンスしたり、亀山神社をはじめ地域の秋祭りで吹く笛を販売するなど、店が地元の伝統文化を支えてるところまで伝えられるのは大きいですね

実際にページを開くと、店の実景はもちろん、店の歴史、バックグラウンド、現社長の人柄まで伝わってきて惹き込まれる。引き継ぐ対象が具現化されることで、自然と「なんとかしたい!」という気持ちがふくらんでくる。実際、呉楽器店の場合、掲載2週間で早くも問い合わせがあり、すでに面談まで進んだという。

relayに記事を掲載した呉楽器店と片山真千社長
具体的な店の中身まで知ることができるので、リアルに承継を想定できる

成功例が出てrelayの存在が知られることで、「うちも名前を出してでも募集したい!」という事業所が増えてくると思うんです。来週も後継者を探してる飲食店さんに話をしにいって、ゴーサインが出たら取材掲載という流れになりそうです

relayとの連携、滑り出しは上々のようだ。

事業承継は事業自体を
リノベーションする好機

 
久保さんは先方との話し合いの中で意気投合したことがあるという。 

ライトライトの方が「このタイミングで事業のリノベーションをしていきましょう」ということを言われて。それが私たちと同じ考えだったんです。事業承継って簡単に言えば後継者がいないわけですけど、後継者がいないということは事業的に苦しいから跡を継ぐ人がいないという側面もあって

ただ、既存の事業のいい部分を残して引き継いだ人が何かを足せば、息を吹き返す可能性は十分あるんです。そういう意味でも、事業承継というのは事業自体をリノベーションするいい機会なのかもと思います

 これまで引き継がれてきた技術や商品、知名度やネットワークを残しながら、それを新たなスタッフと、新たなやり方を用いて、新たな時代に対応可能なものにアップデートさせていく。呉市は事業承継というピンチを、まち全体をアップデートさせていく新陳代謝のチャンスだと捉えている。

事業承継はまちをアップデートするチャンスなのかも

顕在化してないだけで、たとえば10年後、こうした問題がさらに発生することはもうわかってるわけです。たとえば島しょ部を見ても第一次産業は喫緊で、柑橘農家さんなんて平均年齢は軽く70代を超えますから。それを解決する手段として、こうしたツールを持っておくことは重要だと思うんです

リノベーションしなければいけないのは市街地の商店街だけではない。柑橘農家も、漁業関係者も、町工場の経営者も……過去の財産を未来に引き継ぐアップデート作業に終わりは見えない。

呉だけがよくなっても仕方ない
エリア全体がよくならないと

 
「The Meet」について久保さんはこんな感想を抱いている。

これまでやりたかったけど、いろんな障壁があってできなかったことに挑戦できてすごくいいと思います。以前、前つくば市副市長の毛塚幹人さんが「スタートアップと組んで実証実験という形を組めば、予算要求や議決を待たずにトライできる」ということを言われてて、まさに今回がそうだと感じました

あと思うのは、結果が出るまで時間がかかる案件もあるので、もう少し長いスパンで、かつ予算も増額してもらえると嬉しいってことですね

relayに関しては、このまま自走していけば市は環境面をバックアップする役割に回ろうと思っている。

呉を中心に、周辺エリア全体がよくなることを願う

事業承継も含め、私たちが抱えてる問題はどこの市町も抱えてるものだと思うんです。だから私たちの実証実験をきっかけに、同じようなノウハウでやってもらっても全然かまわないというか。結局、呉だけがよくなっても仕方ないですからね。住人の人で自治体にこだわる人は少なくて「このエリアに住みたい」って考えるわけで。そう考えるとエリア全体がよくなることが重要だと思うんです

事業承継というリノベーションが進み、「シン・呉市」の姿が見えてきた頃には、広島県というエリア全体もアップデートされているかもしれない。


●EDITOR’S VOICE 取材を終えて

relayというサイト、初めて知ったのだが見ているだけで面白い。100%有機肥料を使った鳥取のいちご農家、アナログレコードが聴ける宮崎の喫茶店、福岡の活版印刷屋……記事を読んでると「これなら自分でもできそう」とか「こんな生活してみたい」など勝手な妄想が膨らんでいく。筆者が見た時も呉楽器店の記事の下には「24時間以内に71人が閲覧しています」とあって、かなり注目されている様子。他の人に取られるんなら、いっそ自分がやっちゃおうか……夢追い人のアナタ、一度relayをチェックしてみてはいかが?(文・清水浩司)

・共同事業者:株式会社ライトライト
・活用ソリューション:事業承継マッチングプラットフォーム「relay」
・概要:事業を受け渡したい企業のストーリーをオープンネームで記事化。ウェブサイト「relay」に掲載することで後継者を募集する
・必要経費:100万円(※事業承継希望者の記事作成費、事業者へのアンケート費など)



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