RING HIROSHIMAに関わっているとコペルニクス的転回というか、「そんなことアリ!?」と仰け反るような発想に出会うことがある。今回のプロジェクトはまさにそうだ。車いすをF1マシン化する? 車いすを前傾姿勢でまたがる刺激的モビリティに改造する? 一体なんだそれは。魔改造か。なぜそんなことが必要なのか。答えは「楽しむため」。本当のイノベーションはこういうところから起こるのかもしれない。
CHALLENGER 木村洋介さん 今回の挑戦者・木村洋介(きむら・ようすけ)さんは現在6人の仲間と共に「WiCoMo」という会社の起業を進めている。木村さんが推進しているプロジェクトは「革新的モビリティの実証」だ。
我々が開発しているのは「F1マシンみたいな車いす」というイメージが一番相応しいかもしれません。これまでの車いすって椅子にタイヤが付いた形状でしたけど、我々が目指すのは前傾姿勢で胸当てに体重を預け、それで操作する乗り物。車いすユーザーが一番のターゲットですけど、歩ける人でも乗りたくなるちょっと刺激的で遊びの要素の入った車いすを目指してます
木村さん 木村さんが覆そうとする常識は現在の車いすの乗車姿勢である。具体的に言えば、ゆったり座るタイプの車いすを前傾姿勢で操作するバイク風のモビリティに変えようとしている。たとえば木村さんが気にしているのは現状の車いすにある背もたれ。これがあることで車いすユーザーはトイレやソファへの移動に非常に苦労する。車いすの形状を「背もたれシート」から「おぶさりシート」に変更することで、快適な生活を送れるかもしれない。
あと、我々が目指すのはバイクに近い風を切る感覚、重心を変えながらの操作、そしてエンジンサウンド。特にサウンドはモーター音を増幅、チューニングして高揚する音を作りたいと思ってます。遊びの部分を強化して、運転することが楽しいユニークな車いすを作りたいんです。楽しんで操作してもらうことが結果的にリハビリになりますから
木村さん 完成イメージを描いたスケッチ図。またがる形状が斬新だ 木村さんはもともと自動車メーカーグループ会社に勤務し、車両やITアプリの開発に携わってきた。広島には「走る歓び」を追求する自動車メーカーがあるが、木村さんの開発思想もまさに重なる。自分の意志を持って乗り物を操作し、それを楽しむ。たとえ車いすであっても、運転にワクワクとドキドキと、なによりもFUNを。
もともとは私の甥っ子が障害を持って生まれてきて。彼は今、3歳なんですけど、そのことをきっかけに車いすについて調べるとネガティブなことばかり目に入ってきたんです。この40年間、利便性もアクセシビリティも向上してないし、ユーザーさんと話してもかなり我慢を強いられてる。私のかわいい甥っ子が楽しい青春をすごせるように、もっと遊び心のある乗り物を提供したい――それが開発のきっかけになりました
木村さん 木村さん自身が人生のハンドルを握った「Be a driver.」な日々がスタートした。
SECOND 島本栄光さん 今回セコンドに付いた島本栄光(しまもと・さかみつ)さんは広島出身の銀行マン。RINGスタート時から冷静沈着なセコンドとして毎回チャレンジャーを支えてきた。
今回木村さんのお話を聞いて……車いすっていわゆる障害をお持ちの方が普段使われるものをイメージしてたんですけど、木村さんが作ろうとされてるのは日常使いのものじゃないんです。障害者の方が普段の生活をもっと豊かにしたり、楽しくしたりするためのプロダクト。そういう発想はこれまでなかったので、自分の持ってた常識を壊されるような感触を受けましたね
島本さん ある意味、木村さんが作ろうとしている車いすは「2台目」用だ。日常で使う普段使いの車いすに加えて、「運転を楽しみたい」、さらに言えば「人生を楽しみたい」時間のために用いるものになる。
プロダクトはある程度カタチになってると感じました。となると次にやることは、これをどう広げて、どう多くの人に知ってもらうか。あと実際使ってもらって、どう改善していけるか。つまり今はクリエイトの段階というよりマーケティングやネットワークを使ったコラボレーションをはじめる時期で、私はそのサポートができればと考えました
島本さん 今回も頼もしい島本セコンドの言葉である。
セコンドを軸に挑戦者同士が協力 車いすが「Xスポーツ」を目指す!? 島本さんの言葉通り、すでに製品イメージはできている。現在は金属を用いてモックアップ(試作品)を製作中。それを完成させ実際の車いすユーザーに乗ってもらい、問題点や改善点を洗い出す評価会を行うのが今回のRINGのゴールとなる。
完成した試作品、上の部分が胸当てになる 評価会は12月に実施するんですけど、それとは別に今、他の団体にもお声掛けさせてもらってて。今回島本さんは「ハダシランド」というアウトドアスポーツのセコンドもやられてるんですけど、その代表の三由 野さんとタイアップさせてもらうことが決まったんです。我々のモックアップをハダシランドで使ってもらう計画が進んでます
木村さん このイベントに木村さんの試作品が参加する これは意外なシナジーだ。ハダシランドはスラックラインやパルクール、サップといったいわゆるエクストリーム系のスポーツを普及させるイベント。そこと組むということは、現在開発中のモビリティもエクストリームスポーツの色合いを帯びてくる。
実際、製品化した後の長期的目標として、健常者も車いすユーザーも関係なく、このモビリティを使ったレースができればと考えてたんです。いまオリンピックとパラリンピックは分かれてるけど、これができれば障害は関係なく一緒にレースを楽しめるコミュニティが作れる。そういう世界を目指していければ、と
木村さん 今回私は2人のチャレンジャーのセコンドに付いてて。両者がうまく交わってプラスアルファのものが生まれたら面白いと思ってたので、こういう展開はすごく嬉しいです。基本的に私は何のリクエストも出さず、事務局がマッチングしてくれたんですけど思わぬセレンディピティがあったというか。もしかして最初から事務局はそれを見越してたのかもしれませんけど(笑)
島本さん 島本さんという1人のセコンドを軸に、木村さんの開発するバイク型モビリティと、エクストリームスポーツの魅力を紹介するハダシランドが交錯する。こうした予想もつかない化学反応が起こるのも、3年目を迎えたRINGの土壌がさまざまな可能性を抱擁する豊穣さを増している証かもしれない。
障害を抱える3歳の甥っ子 彼が成長するまでに完成を 今は試作品がほぼ完成しています。ここから理学療法士さんにも参加していただいて操作の安全性について評価をいただく予定です。ただ、プロダクト製作に集中してるので、プロモーションや販売チャネルの開拓といった部分はすごく弱い。そのあたりはこれから島本さんの意見をいただきながら考えていかないといけないと思ってます
木村さん 今後、試作品に対し理学療法士などの評価をもらう 木村さんがこの後、会社を興して起業していくとなるとマネタイズも考えていかなければいけないわけで。将来のビジョンや展開のスピード感などについてどう考えておられるか、そろそろ木村さんとそういう話をしなければいけない時期だと思ってました
島本さん
冷静に未来を見つめるセコンドと、モノづくりに没頭するチャレンジャー。2023年7月に道路法が改正され電動キックボードが街を闊歩するなど、モビリティの革新は日進月歩だ。タンデムで走り出した2人の行先には一体どんな風景が待っているのだろう。
●EDITOR’S VOICE 取材を終えて 最後に気になっていたことを聞いてみた。木村さんが新型車いす製作を志すきっかけとなった甥っ子さんは今、どうしているのか。
彼は障害が複雑になって、ちょっと成長も遅いんです。なので我々が製品を完成させたらすぐ乗れるってわけじゃなく、そこからさらにフィットする形に調整していかなければいけません。だけど一番のモチベーションは常にそこにあります
木村さん 現在3歳の甥っ子の成長と、目下製作中の車いすの成長。いつか両者が交わる日が来ると思うと、あたたかい気持ちが溢れてこないか?
(Text by 清水浩司)