見出し画像

子音を強調すれば屋外放送は聞きやすくなる?(三原市)【スタートアップ共同調達事業】

夕暮れになったら歌が聞こえる。電柱の上に付けられたスピーカーから流れる「夕焼け小焼け」。それは里山に広がるのどかな光景のように思えるが、あれは災害時に放送がきちんと流れるかテストするための試験放送だと知っていただろうか? 実は住民の生命を守る大事な役目を負った屋外放送。そこにDXが一石を投じる。


職員が読む告知放送の
声が聞きとりにくい


今回の三原市の採択案は「子音強調により高齢者の聞こえを向上させる音声デジタル加工技術を用いた屋外放送(非常時・地域情報等)等の行政サービスの価値向上」

正直、屋外放送といっても都市部に住んでいる人には縁がないかもしれない。時報だったり非常時のお知らせだったりを、ラジオよろしく電柱上のスピーカーから町中に聞こえるよう大音量で流す。今となっては「なんてアナログな!」と驚くばかりだが、結局時代が変わろうとこうした原始的な伝え方が一番わかりやすいということに変わりはない。特に過疎地の集落において、その存在感はいまだ絶大である。

建物の屋上に付けられたスピーカー。ここからさまざまな情報を四方に発信する

ということで今回の取材に応えてくれたのは、三原市の山間部にある大和支所地域振興課の時乗裕昭(ときのり・ひろあき)課長。さらにデジタル化戦略課から池本啓介(いけもと・けいすけ)係長にも同席願った。 

告知放送では行政の情報や地域のイベントを発信してますが、現在は市の職員が紙の原稿を読み上げてます。職員が放送するので読み方にはそれぞれの個性があり、時には「声が聞きとれなかった」などの意見をいただくこともあります

今回はそうした意見に対応するということもあるのですが、将来的には原稿がそのまま自動音声に変換されるなどの業務改善もできればと思い手を挙げました

時乗さん

今回の三原市の課題は市民に「声」で伝える業務について、質の向上を図りつつ業務の効率化を目指すというものである。ちなみに声で伝える業務というのは、災害時に生で避難情報を発信する「危機管理部門」に加え、本郷・久井・大和支所では録音放送の形でおくやみや行政等の情報を流している。放送は屋外に設置されたスピーカーや各家庭のFM告知端末で聞くことができるが、聞き取りにくいという意見が寄せられることもある。

告知放送は家の中の端末でも聞くことができる

家庭のFM告知端末は録音機能があるので聞き直すことができるのですが、やはり一度で聞き取れた方が聞く側にはよいわけです。ただ解決策といっても職員がアナウンス学校に通うくらいしか案がなく、読み上げの技術を向上させるしかないのが現状です

時乗さん

高齢者の方にとって声の情報はいまだに貴重なもの。その精度向上の取り組みがはじまった。


「歯っぴー」が開発した
声に関する新技術

 
三原市が課題解決の協業相手に選んだのは「歯っぴー株式会社」。その名の通り、歯の健康を目指すスタートアップである。

歯っぴーは今回のThe Meetで安芸高田市と「本業」の口腔ケアで共同実験を行っているが、ここ三原市では歯ではなく耳に関する実験に挑戦する。

歯っぴーさんは音声をデジタル処理して、子音を強調することで音声を明瞭化するという技術を開発されてるんです。すでに宮城県仙台市の防災無線では採用されていて。それを聞いたらザーザー雨が降ってる状態でも音声が聞きやすく、すごく可能性を感じました

池本さん
子音を強調することで音声の聞きやすさが格段に向上する

子音を強調することで音声が聞き取りやすくなるというのは初めて聞いた技術だが、加齢によって高音が聞こえにくくなるという現象を踏まえると理に適った策のように思われる。

ただ、仙台市の場合はあくまで納品型の音声。大和支所がイメージしているリアルタイム変換型、もしくは文字情報を音声化する事例に関しては歯っぴーさんも未経験なんです。しかしフットワーク軽く共に試行錯誤してくれそうな事業者さんだったので、一緒にやらせてもらうことにしました

池本さん

これまでやったことのない領域に挑む――三原市と歯っぴー、一丸となってのチャレンジがはじまった。


階段を上がった先には
横展開と災害放送


現在の状況だが、まず実証実験の第1段階が終了したところだ。

ちょうど昨日、大和支所の放送機器に歯っぴーさんの機材が接続可能か確認しました。既存の機械とマイクの間に音声加工のプログラムが入ったスマホをつなぐだけで処理できるようです。事前に放送設備を管理しているメーカーに承諾をとり、機材をつなぐことで雑音が入らないかチェックしました

時乗さん
机の上のスマホの中に音声変換プログラムが入っている。これを放送機器に接続

ひとまずセッティングは完了。次の第2段階では職員の声をリアルタイムで音声加工し、第3段階ではテキストを音声合成した音源を加工してみるという流れで実証実験を進めていく。

今年度内に第2段階まで完了し、第3段階は来年度というスケジュールで進めています。それぞれの段階で音声が聞きやすく変換されているか、多くの方に聞いてもらって評価していくつもりです

時乗さん
このスマホを間につなぐだけで子音強調が行われる

ステップを上がっていった暁には、次なるステージも用意されている。

三原市には本郷・久井・大和の3つの支所があって、各支所で同じような告知放送をやってるので、今回の実証実験で効果が見込めれば他支所への横展開も考えてます

さらに市の災害対策本部とか危機管理部門の中には緊急情報で避難の呼びかけを行ってるところがあります。音声の精度が上がり、かつトラブルがまったくないことが確認できれば、災害情報の発信にも活用できると思います

池本さん

一段一段階段を上がるように、声の精度の向上は続いている。


こういう機会がないと
同じことを繰り返していた


最後に、今回のThe Meetに関して思うことを聞いた。

正直こういう機会がなければ、聞きづらい放送を同じように繰り返すことしかできなかったと思います。最新の技術を導入することで地域の課題が解決できればと思いますので、ぜひ歯っぴーさんと協力して前に進めていきたいです。そのためには時間も必要だし、知恵を出し合うことも必要だと思います

時乗さん
実証実験の舞台となっている大和支所。新たな挑戦に燃えている

今回三原市4件の採択案の窓口になった池本さんは、手応えと共に反省点も口にする。

三原市はすべての部署がたくさんの課題を抱えていて、私たちが持ってる知識だけではいい解決策が出てきません。しかしThe Meetでは課題をそのまま提示すると、今回の歯っぴーさんのように思いもよらない技術を提案してもらえたりする。それは本当に貴重な機会だし、職員もこうしたやり方に慣れて、今後「課題はいろんな人の力を借りて解決しよう」という動きが広がっていけばいいと思います

一方で反省点もあって。今回三原市の課題を列挙したんですけど、課題の背景まで深くお伝えできればより精度の高い提案を得られたと思うんです。次回は課題の提示の仕方をもっと考えたいと思います

池本さん

今回The Meetで三原市の元に寄せられた提案は52件。それだけの出会いを創り出したという意味でも、これは価値あるはじまりになったと言っていいのではないだろうか。


●EDITOR’S VOICE 取材を終えて


スピーカーで放送されている声が聞き取れない……この取材をするまで、そんな悩みがあるなんて知りませんでした。そしてそれを解決する手段が「子音を強調すれば聞き取りやすくなる」というのも。

「そんな課題があるのか!」にしろ「そんな解決策があるのか!」にしろ、表に出さなければ誰も知らないもの。表に出すことで「だったらこうしてみれば?」と話が広がっていく。The Meetの隠れた功績は、これまで裏に隠れていたものを「表に出した」ことかもしれません。(文・清水浩司)

 

・共同事業者:歯っぴー株式会社
・活用ソリューション:子音を強調することで高齢者の聞こえを向上させる音声デジタル加工技術
・概要:屋外放送の音声の質の向上、および職員の業務の効率化
・必要経費:100万円(※アプリ開発費、実証実験の経費など)

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?