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発達障害児ファミリーに仲間と光を【RING HIROSHIMA】

国でも少子化対策がさかんに論議されているが、この会話がどうも白けて聞こえるのは「みなさん育児の大変さわかってらっしゃる?」と思ってしまうからかもしれない。育児の大変さはやったことがある者にしか実感できない。ましてその子が発達障害と診断された子であれば、なおさらだ。これは1人の当事者ママが育児の暗闇をさまよった末に立ち上がった物語である。

CHALLENGER 明井智佐衣さん

明井智佐衣(みよい・ちさえ)さんは結婚を機に関西から広島にやって来た。住まいを置いた東広島市は友達も土地勘もゼロ。やがて女児を出産するが、育児は明井さんが想像していたものとはまったく違うものだった。

 とにかく娘が大変で……2歳ごろから夜寝なかったり、性格的に癇癪も激しくて。あと多動がひどくてピューっと走って行っちゃったり、スーパーに行くたびに脱走したり。でも検診や保育園では特に問題ないと言われるんです……子育ての大変さを共有できる人が誰もいなくて、すごく孤独感を感じてました。当時一体どうしていたか……その頃の記憶がないんです

明井さん

 初めての子育て、初めての土地、そしていわゆる「手のかかる子」、さらに「でもそれって普通だよ?」という視線が明井さんを追い詰める。解決策を求めてネットを漁るが、さらに不安は高まるばかり。そして辿り着いた病院で明井さんは発達障害という診断を聞いた。病名はADHD(注意欠如・多動性障害)、ASD(自閉症スペクトラム障害)だ。

発達障害児ママ・パパの茶話会の様子。こういう場が身近にあれば…

 そこでやっと医療とか心理士さんとつながれて。具体的なアドバイスをいただいたり、じっくり話を聞いてもらえたりして孤独感が落ち着いたんです

明井さん

 あれから6年。明井さんは頼れる心理士を見つけ、自らも発達障害について学ぶことで娘に対応してきた。幸いにも投薬と成長によって、症状は次第に和らいできた。そしてふと、思い立った。

 私が同じ障害を持つ親同士で繋がれる場所がなくて苦しんだので、そういう場所を作れたらいいなと思って。孤独感の解消となるとハードルは高いけど、リアルに集うことで少しでも気持ちがラクになれば。それで今回RINGに応募したんです。ただ、「発達障害児ママの孤立化解消」というテーマが難しいのでたぶん通らないと思ってて、だけど採用されてビックリして。採用されてからはプレッシャーがすごくて、私、5キロ痩せました……

明井さん

 一難去ってまた一難……いや、RINGは災難ではない。あまりにも手を差し伸べたくなる瘦身のチャレンジャーここに2人のセコンドが派遣された。

SECOND① 郡司裕一さん

 

私が子供の頃に「発達障害」という言葉はまだなかったんです。人はそれぞれ違ってて当たり前ですけど、日本は同調圧力の強い国で。ここ最近こそダイバーシティ(多様性)なんて言われるようになったけど、社会の方はまだ追いついてなくて、明井さんのチャレンジはそのギャップを埋めていくものだと思いました

郡司さん

 1人目のセコンドである郡司裕一(ぐんじ・ゆういち)さんは初回からRINGに参加を続けているベテランだ。1年目は「保護犬・保護猫をゼロにする」という社会起業家の活動、昨年はスキンケアを改善するフェムテックと多様なプロジェクトに従事してきた。

 1年目は「刺さる人に刺されば」っていうコミュニケーションのお手伝いをして、昨年は「このサービスを評価する人ってどんな人だろう?」とビジネスの解像度を上げていくサポートをして。今回はその両方が活きてる気がします。今回の明井さんのチャレンジを聞いて思ったのは、持続可能性をどう作るかということ。明井さんはまだ子育て中だし、WEBライターとしての仕事もされてて時間がない。でもこの取り組みって1回だけやってもダメで、その後も継続することで初めて効果が検証できるわけで、どうやったら持続できるカタチを作れるかということを考えました

郡司さん

 RINGでセコンドの経験値を上げてきた郡司さんは事業の全体像・将来像を描くところからアプローチしていった。

SECOND② 繁村直樹さん

もう1人のセコンド、繁村直樹(しげむら・なおき)さんはRING初参加。もちろんセコンドも初挑戦だ。

 私はリタイアした後、自営でDXのコンサル的なことをやっていて。あと北広島町の「北広島デジタル田園開発機構」という団体で町おこしのお手伝いもさせてもらってます。発達障害に関しては、これまで一緒に働いてた同僚の娘さんがアスペルガーだったとか断片的に接点がある感じでした

繁村さん

 経験豊富な郡司さんと新人の繁村さん。セコンドは対照的な2人が選ばれた。

 あと郡司さんが東京で私が広島在住。私の方が明井さんのいる東広島に近いので、近場でできることはやっていこうという気持ちです。ただ、発達障害というのはデリケートな部分があり、さらに私自身RINGはビジネス寄りのプロジェクトだとイメージしてたので、正直手探りしながら進んでる部分もあります

繁村さん

 2人はそれぞれの立場から明井さんのサポートを進めていく。

意を決してイベント開催
想像を超える反響が!

 

 郡司さんはスーパーセコンドでどんなことに対しても的確な舵取りをしてくれる感じです。俯瞰する視点の大事さは勉強になりました。繁村さんは細かい部分まで指摘してくだって。この前も交流会で「そんなにプレッシャーに感じる必要はないよ」って言ってくださって気持ちがラクになりました

明井さん

 重圧のあまり5キロやせる壮絶な立ち上がりだったが、肚をくくってからは強かったし早かった。明井さんのプロジェクト「発達障害児(グレーゾーン含む)のママのゆるやかコミュニティ~どんな状況であっても子育てが楽しめる広島県~」は実はすでに10月4日に実証実験を行っている。東広島市で子育て中のママ・パパを対象にキャリアコンサルタントによる個別相談会と児童精神科医の講演会を開催したのだ。

イベントを告知するHPより

 講演では発達障害児への接し方や育児における心持ちなどについて教えていただきました。平日の開催なので集客が難しいかと思ったけど、40名以上の参加があって。ここにニーズがあることがわかったのはよかったです。あともうひとつわかったのは子育て中の人はなかなか時間がとれないということ。イベントはオンラインでの参加が多くて。今後そうした時間のない人たちにどうやったら情報を届けられるか考えないといけないと思いました

児童精神科医の先生の育児に関する講演「子育ては自分育て」
会には多くの人が集まり、熱心に話に聞き入った

重圧に押しつぶされそうになりながらも踏み出したイベントでつかんだ手応えと課題。繁村さんもサポートに駆け付け、さらに2人の市会議員も子育て支援の勉強にやって来た。

 今後は当事者のママ・パパが集まる茶話会を開いて、気持ちを吐き出せる場を作っていきたいと思います。あと家の中で孤立を感じてる人のためにウェブサイトを作成して情報発信していきます

明井さん

 現在はインスタグラム「虹のママプロジェクト」(@nijinomama2023)で情報を発信。一緒に活動してくれる仲間も随時募集中だ。


少しずつネットワークも広がって
成長を実感しています

 
見知らぬ地での暗闇から這い上がり、明井さんは少しずつ光を見出しているように見える。

 娘に関しては以前に比べて一歩引いて、余裕を持って接することができるようになりました。ただ、下の子もグレーゾーンですが発達障害の気配があって……今はこういうテーマについてもっと話せるお母さんがほしいと思って積極的に出会いの活動をしています

明井さん

 そんな明井さんを見守る2人のまなざしは温かい。

 1ヶ月前に話した時「1人でいろいろやるのは大変なので仲間作りが必要です」って話をしたら、「でもそれは難しくて……」って答えられたんです。それが今は少しずつネットワークも広がってる。進歩があるなと思ってとても安心しています

郡司さん

明井さんの言葉で私が気に入ってるのが「地道に繋がっていくしかない」というもの。一気に何かが成し遂げられるわけじゃないというのは、私もその通りだと思うんです。ただ、継続のためには仲間と費用の捻出が必要。今後はそれを考えていくことが大事だと思います

繁村さん


もしかして明井さんにとっては、郡司さん、繁村さんという「寄り添ってくれる仲間」を得られたこともRINGの収穫だったかもしれない。心の支えとしてのセコンドたち。

 今回RINGを通して「自分は一体何者なんだろう?」「自分に何ができるんだろう?」と問われ続けたので、自分の成長に繋がった気がします。10月のイベントでアンケートを取った時、お母さんの孤立感を改めて感じたんです。絶望とか不安といったキーワードが頻繁に出てきて……。今後はそうした人たちが悲観的な気持ちにならないよう、少しでもいい環境が作れればと思います

明井さん

 人が人を救う。ここでRINGは戦いの場ではなく、出会いと抱擁の場になっていた。


●EDITOR’S VOICE 取材を終えて

前のめりで野心に満ちたチャレンジャーが大半の中、パソコン画面の向こうの明井さんは明らかに不安そうで、心細い様子でした。これまでにないタイプの、支えてあげたくなるチャレンジャー。「同病相憐れむ」ではありませんが、結局のところ悩みやつらさは当事者同士でしか真に分かり合えないもの。その苦しみの中で立ち上がった明井さんは、同じ境遇にいるママ・パパにとって新たな光になることでしょう。

(Text by 清水浩司)

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