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口腔ケアは健康への第一歩(安芸高田市)【スタートアップ共同調達事業】

人生の幸せを考えた時、「食」というのは大きな要素であり、いくつになっても「食」を楽しむために必要なのは歯の健康になる。また近年、口腔の健康を保つことは身体全体の健康を維持することにつながるという研究結果も出ている。歯医者が減っていく過疎のまちで、口内を守るために何ができるだろう?


過疎化により歯医者が減り
さらに口腔ケアが遠ざかる


「The Meet」では自治体最多となる4つの案を採択した安芸高田市。今回紹介するのは「口腔写真のAI解析による歯周病検査技術及びペンライトによる歯垢可視化技術を用いた歯と口の健康増進を通じた糖尿病・認知症予防推進」。つまり口腔ケアに関するものだということは読んですぐに理解できる。

まずその概要について産業部商工観光課商工係で商工業支援・企業誘致を担当している課長補佐・小野光基(おの・こうき)さんに尋ねた。

安芸高田市には「健康あきたかた21計画」という福祉の総合計画があるんですけど、口腔部門に関しては行政主導で進んでないのが正直なところで。医師会や歯医者さんにお任せしてしまっているのが現状です

ただ、口内の健康維持は今後ますますやっていかなければいけない取り組みで、それに関して新しい技術を使って効率化できればと考えたんです

確かに自治体で健康診断は行われているが、歯に関しては基本的に自己責任というのが通常ではなかろうか。また近年の研究では、歯周病は歯を失うだけでなく糖尿病や心臓病、認知症などの原因になるとも指摘されている。健康的な生活を行うのに、口腔ケアはますます避けて通れないものになっているのだ。

「健康あきたかた21計画」では歯と口腔の健康も謳っている

さらに言うと、現在市内では歯科医さんの数が右肩下がりに減ってて、市民が検診を受けたくても受けにくい状況があるんです。それに対応するには最新の技術やデータを活用した効率的な検診が必要で、今回の実証実験ではその一翼を担えればと思いました

過疎化により歯医者が減り、歯医者が減るからますます検診から足が遠ざかり、口腔ケアがおろそかになるという悪循環。そうした流れを断つため最新のテクノロジーを導入するというのが今回のプロジェクトの主旨である。

まずは歯科医にこの技術を
知ってもらい使ってもらう

 
このプロジェクトの協業相手は「歯っぴー株式会社」。社名の通り、歯の健康を保つことでHAPPYを生み出そうというスタートアップである。

実は歯っぴーは以前から安芸高田と接点がある。歯っぴーは2022年、広島県のイノベーション創出プログラム「RING HIROSHIMA」に採択され、安芸高田市内で実証実験が行われたのだ。

 今回検証するのは歯っぴーが開発した2つの技術。1つめは口腔写真をAIで解析して歯周病検査をするというもの。これはスマホやタブレットで口内の写真を撮るだけで専門医の視点が適用され、AI解析によって歯周病のチェックが行えるという内容だ。

これまで目視が主流だった歯周病検査をAIが画像処理によって分析

もう1つはライトで照らせば歯垢の付いた部分が光る「歯垢歯石検査ライト」。これにより効率的な歯垢チェックが可能となる。

今回の実証実験のターゲットは一般の市民というより、B to Bのお医者さんなんです。「こういう技術がありますよ」「こういうツールを使ってみませんか?」と知ってもらい、トライアルで使ってもらうことで、口腔ケア技術の向上が見込めればと思ってます

取り組むべきは歯科医に対する最新技術の提供――だがここに現実が立ちはだかる。

行政が医療の分野に関わることってあまりなくて。唯一の接点が学校の健康診断や保健所、老人ホームなど。それ以外は民業になるので、なかなかこちらから強く言えないんです

今回の実証実験の目標は、歯っぴーさんの技術を試してくれるお医者さん1社、介護施設1つと協力体制を築くこと。それらの施設に参画いただいて、この口腔ケア技術の実装を進めていければと思ってます

技術は確立されているが
実装には高い障壁が…

 
歯科医の仕事を効率化してくれる技術はすでに確立されている。なので今回はそれを使って実証実験してくれる病院と介護施設を1件ずつ見つけ、実装への道筋を付けていく――と書くと話は簡単に思えるが、またもや現実が立ちはだかる。

安芸高田に関して言うと、歯科医の経営者はご高齢の方が多くて。これまで自分の腕一本で診察してきた現場に外の人間が新技術を持って入ってきても煙たがられることが多いんです……

あとやっぱりマネタイズできる仕組みがないと、なかなか新たな技術を積極的に導入してもらうには難しい部分があって。具体的には医療保険の対象になるとか、そういう要素がないと将来的な実装は難しいかなというイメージもあります

確実に利便性の上がる技術は開発されているのに、実装が進まない現状にもどかしさは感じられる。しかし小野さんは前を向く。

歯っぴーもあの手この手で導入を模索している

ただ逆に言えば、そうしたメリットやマネタイズの道筋が明確になれば導入はすいすい進むと思うんです

たとえばこうした技術に投資してくれるパートナーを見つけること。保険会社や製薬会社、AIなどの技術に興味を持つ投資家など。上場企業のネームブランドも大きいので、医療機器を作ってる大手メーカーに歯っぴーさんが技術提供という形で関わるのもいいかもしれません。ウチみたいな自治体が実証実験に関わるのも説得材料のひとつになるかもしれない。そういうことを地道にやっていくしかないと思ってます

 課題が見つかるのは大変だが、課題が見つかるのも実証実験の成果と言っていい。現実的な可能性を模索しながら、小野さんは日々病院や介護施設との面談に奔走している。

4件採択したけど本音は
「4件しか採択できなかった」

 
最後に「The Meet」に参加した感想を聞いてみた。

「The Meet」に参加させていただいて大変良かったです。今回は広島県に音頭を取ってもらって、企業も集約いただいて、それにトライアルできる自治体が参画し、我々の方で企業を採択して事業を進めるという流れ。これって1つのまちではなかなかできない規模のプロジェクトですよ

それに参加されてる企業さんがとにかく優秀で。こちら側のニーズを把握した上で、しっかりした提案を持ってきてくださったことにも驚きました

企業誘致の担当者として、ここ5年近く都心のスタートアップへのアプローチを続けてきた小野さんだからこそわかる、参加者の熱気、クオリティ、そして将来に対する期待感。

今回、私たちは自治体最多の4件を採択しましたけど、実際は「4件しか採択できなかった」のが本音で(笑)。これだけ提案できる企業さんと会えるチャンスはなかなかないですからね。今後みなさんとパートナーシップを続けていけば、地域課題をより深く理解してくれて、市役所が黙ってても地元の人と一緒に事業を進めていくような状況になっていくと思います

「The Meet」をチャンスに、ここから何を生み出せるか?……これはあくまでひとつのはじまり。安芸高田市の挑戦は一過性ではなく、追い続けていく価値がある。


●EDITOR’S VOICE 取材を終えて

筆者は以前「RING HIROSHIMA」で歯っぴーさんの取材を担当したことがある。そこから形を変えながら、今も安芸高田市と協業が続いていることに心動かされる。ひとつの出会いをきっかけに、末永く付き合いが続いていく。一度の失敗にめげることなく、多様な角度から挑戦を繰り返す。他の自治体のことはわからないが、この「一度付き合ったら長い」感覚は安芸高田の大きな個性だろう。情に篤いまち・安芸高田。これは先の見えないスタートアップにとって心強いサポートになるに違いない。(文・清水浩司)

・共同事業者:歯っぴー株式会社
・活用ソリューション:口腔写真のAI解析技術と「歯垢歯石検査ライト」
・概要:効率的な口腔ケア技術を導入することで市民の健康増進を目指す
・必要経費:100万円(※技術導入サポート費など)


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