遊休不動産を活用した「挑戦しやすい」まちづくり(呉市)【スタートアップ共同調達事業】
日本全国あちこちに広がるシャッター商店街。かつてまちの中心にあった商店街の衰退はまちの衰退そのものであり、その風景は悲哀を感じさせる。しかし逆の面から考えると、商店街の衰退を止められればまちの衰退も止めることができるのではないか? かつて「東洋一の軍港」として栄えた呉で、商店街をリノベーションする動きが進んでいる。
地域密着の店がひしめく
中心地の商店街を守れ
今回紹介する呉市が採択したプロジェクトの名称は「事業をしたい借主の情報を物語として公開し、遊休不動産のオーナーに繋げる『さかさま不動産』による挑戦しやすい・したくなるまちの機運醸成」。まず現状の課題について、呉市産業部商工振興課商業グループ・課長補佐の久保善裕(くぼ・よしひろ)さんに話を伺った。
中通は通称「れんがどおり」と呼ばれ、アーケードに覆われた呉の目抜き通り。そこには飲食店や映画館があり、路地に入ると呑み屋やスタンド(スナック)がひしめき合う繁華街である。呉に鎮守府が置かれ、海軍工廠などがあった時代はもっと華やかだったはずだが、今でも多くの人が繰り出す街の中心であることに変わりはない。
今回の案件はいわばこの商店街の再生がテーマである。久保さんによれば商店街にこだわる理由はいくつもあるという。
エリアの価値を維持することで税収を保ち、新規事業の温床を守ることでまちに活力を呼び覚ます。そしてもうひとつ。
こうしたいくつもの理由ゆえ、呉市はこれまで商店街に投資をしてきたのだった。
「さかさま不動産」で
商店街をリノベーション
このプロジェクトで市が協業相手に選んだのが「株式会社On-Co」が運営する「さかさま不動産」。これはその名の通り、物件を貸す側と借りる側がさかさまになっているというウェブサイトだ。
通常はオーナー側が物件を掲示し、それを見て借りたい側がエントリーするというシステムだが、「さかさま不動産」では物件を借りたい人が「こんなことをやれる場がほしい」「こんなところでこんなビジネスがしたい」といった夢やリクエストを提示し、それを見たオーナーが「この人に借りてほしい!」とアプローチする仕組み。オーナー側が借り手を選べることで、自分が納得したチャレンジャーを応援できる=自発的にまちづくりに関与できるというメリットがある。
実はここに至るまでの呉市の動きには前段階がある。
商店街のリノベーションは一日にして成らず。かたや遊休不動産を持つオーナー、かたや商売をはじめたい起業家の卵たち――そうした人たちとネットワークを築いていった中で、この「さかさま不動産」というシステムがガチッとはまったのだ。
インパクトある事例1つで
起業が起業を呼ぶ流れに
さて現在の状況だが、まず3月25日に起業希望者を集めて「さかさま不動産」のイベントを実施することが決まっている。ここでプロジェクトの中身を説明し、希望者を「さかさま不動産」ウェブサイトに掲載。夏以降には事業内容についてのプレゼン大会を開き、同時にイベントに遊休不動産オーナーを呼ぶなど関係者同士の交流も加速させる予定だ。
久保さんが目指すのは量より質、未来の起爆剤になるマッチングだ。
「さかさま不動産」との取り組みはこれからだが、すでに萌芽は見られる。前出の「リノベーションスクール」をきっかけに8件の新事業が生まれ、その周辺では新規出店が相次いでいる。「呉市=挑戦しやすいまち、挑戦したくなるまち、挑戦を後押ししてくれるまち」という空気の醸成は着実に進んでいるようだ。
呉はまだ終わっていない
今ならまだ間に合う
最後に「The Meet」についての感想を聞いた。
日本製鉄の閉鎖など厳しいニュースも多い呉だが、少なくとも久保さんは何もあきらめていない。
呉というまち自体が数十年に一度のリノベーションの真っ最中。「挑戦しやすい・したくなるまち」への変身で、虎視眈々と時代のポールポジションを狙っている。
●EDITOR’S VOICE 取材を終えて
呉といえば近年は映画『孤狼の血』の舞台となったことで話題になった。映画の撮影も呉で行われたが、確かにスクリーンに映し出された風景は昭和そのもの。まちがリノベーションされず時間が止まった風景は、わびしくもある一方、むしろ令和世代にとっては新鮮で、「映える」要素もたくさんあるように思う。そんな空間に夢を持った若者が集まれば、これまでにないまちができるのでは? 呉の未来図は「レトロフューチャー」にあるのかもしれない。(文・清水浩司)