見出し画像

美味しいor怖い、あなたはどっち? 食用コオロギが障がい者雇用を変える【実装支援事業】

好きな人は大好き、苦手な人はとことん苦手…な「昆虫食」。なかでも栄養価の高さや歩留まりの良さから次世代たんぱく源として注目されているのがコオロギだ。今、広島県廿日市市生まれの食用コオロギ養殖事業が、障がい者雇用に新たな風を吹き込もうとしている。…ん?コオロギと障がい者雇用、いったい何の関係が?

MADE IN 廿日市の食用コオロギ

この取り組みの最初の主役は、広島県廿日市市にある「ACORN徳の風プロジェクト」の皆さんと、彼らが育てる食用コオロギだ。

右から「ACORN徳の風プロジェクト」代表の高橋貴幸さん、担当者の松波大輝さん

こちらで養殖するのは、食用としてメジャーなヨーロッパイエコオロギではなく、背中に二つの白い星を持つフタホシコオロギ。体が大きく、しっかりと身が入っている。

背中の白い星がかわいらしい

「ACORN徳の風プロジェクト」は、もともと食用油のリサイクルなどを行う企業。常に新しいこと、面白いことを追い求める高橋代表独特の嗅覚で、2017年頃から食用コオロギの養殖事業に着手した。フードロス食材として提供された生の葉野菜やアーモンドを餌にするなど、サステナブルであることも大切にしている。

2021年度の「RING HIROSHIMA」では、コンテナを活用した養殖法のブラッシュアップや、育ったコオロギをパウダー化しての加工品開発などを実施。この時のもようはぜひこちらをご覧いただきたい。
さらに、2022年秋には自社のコオロギ加工品を販売するオンラインショップも始めた。

コオロギパウダーを使った自社加工の飴を販売中

「広島もみじコオロギ」の名で、高付加価値なブランド食用コオロギとして売り出す戦略の高橋代表。自社加工品の第一弾である飴の販路を広げつつ、新たな加工品の開発・水族館への食餌としての提供など、さらなる可能性を探っている。

高橋代表「例えば出汁の素でございます。コオロギは昆布の4~5倍のグルタミン酸を持ってるっちゅうことで、ええんじゃなかろうかと、とある企業からもオファーをいただいとるところです。あと、これは自社で、醤油を造ってみたいとも思っとります。魚が材料の魚醤ってありますでしょう?それのコオロギ版ですな~」

コオロギは栄養価の高さ、体のほぼすべてが可食部であるという養殖効率の良さ、育てるのに水やエネルギーを多く使わない環境への優しさなどから世界的に注目されている食材だが、日本では昆虫食への抵抗感が高く、広く食べられているとは言えない状況だ。現在は、自社での加工品作りを含めたコオロギの使われ方を、ブランディングと並行して開拓し続けている。

生まれて良かったという社会を作りたい

一方、この企画の実装事業者は「有限会社七福」の山路英男社長。

自社に新設した食用コオロギの養殖場で取材に答えてくれた

「七福」の本業は害虫駆除で、飲食店や食品工場、病院施設などに幅広いネットワークを持つ。さらに山路社長自身は現役の広島市議会議員でもある。ところで、食用コオロギを初めて食べた時の感想は…?

山路社長「アーモンドの味がするなあ、とは思いました。でも虫そのまんまのものを食べるのはちょっと勇気が要りますよねえ(笑)」

なんだか昆虫食に消極的な感じもするが、なぜこの事業に取り組むことを決めたのだろうか。

山路社長「高橋さんのところでコオロギ養殖の様子を見まして、これは絶対に障がい者の仕事になる!と思ったんです。僕の政治家としての理念は『生まれて良かった、生んで良かったと思える社会を作る』。自分の子どもにも障がいがあり、障がいをお持ちの方々やご家族のために何かしたい、と常日頃から思っていまして…」

高橋代表率いる「ACORN徳の風プロジェクト」のコオロギ養殖方法は、縦3.8m×横2m×高さ2.3mのコンテナ内で、温度と湿度を保ちながら育てるというもの。

コンテナ内には衣装ケースと卵ケースで作られたコオロギの住処が並ぶ

力仕事でもなく、省スペースでできるため、養殖方法を平易なマニュアルにまとめれば、障がい者就労支援施設などに委託できるのではないか、というのが山路社長のアイデアだ。

山路社長「障がい者就労支援施設は、障がい者を一人受け入れるごとにいくら…といった形で自治体から給付金を得ているので、コオロギ養殖そのもので利益を出す必要はありません。つまり、コオロギ販売で得た利益をそのまま障がい者の工賃に回すことができるんです」

障がい者が就労支援施設で受け取る工賃は1日500円ほどだが、実はコロナ禍で、このわずかな仕事さえ激減している。山路社長は障がい者向けの養殖マニュアルの整備と合わせ、心当たりの障がい者就労支援施設にオファー。令和6年度からの本格実施を目指している。

山路社長「作業所ではクッキーとかパンとか焼いとるじゃないですか。そういうのにコオロギパウダーを混ぜて使っていただいたりですね…。作業所の商品は付き合いで買われることが多いですが、そうじゃなくて、『コオロギのお菓子だから買おう』となるようにしたいですね。本当にいい商品だから買おう、と」

構想通り障がい者就労支援施設でのコオロギ養殖を実現するためには、現在の養殖方法を障がい者向けに簡便にし、餌などのセットを作る必要がある。

現在「七福」のメンバーが自社でのコオロギ養殖にトライ中。害虫駆除が生業ということで社員には虫好きが多く、あれこれ試しながら実験感覚で楽しんで育てているという。養殖時に現れるノミバエへの対応や、餌のバランスが崩れた時に起きる共食いを減らすことなどがポイントだ。

最適な温度・湿度を保つためにセンサーを導入

コオロギが作る広島のよい循環!?

省スペースでの食用コオロギ養殖を、誰でもできるようマニュアル化するという取り組みは、障がい者雇用以外にもさまざまな可能性を秘めている。まず、定年後の高齢者が手軽に養殖を始められるようになれば、シルバー雇用の創出にもつながる。
また、少量で効率よくたんぱく質を摂取できるコオロギは、食が細る高齢者向けの食糧としても注目度が高い。働き甲斐が生まれて栄養状態が良くなれば、広島県がめざす「健康寿命の延伸」にも結び付きそうだ。

コオロギのいる、いいことずくめの未来を目指し、高橋代表と山路社長が進めていることは以下の三つ。

●コオロギ養殖業務の平準化
●コオロギ養殖事業者の横展開
●食用コオロギ利用の出口戦略

なかでも、出口戦略は今後の課題と言える。

山路社長「コオロギ養殖を横展開で広げていくこと自体は、そんなに難しくなく出来るんじゃないかと手ごたえを感じています。大事なのは出口戦略。育てたコオロギをどうするか、というところですね。『ACORN徳の風プロジェクト』で買い取っていただくことももちろんですが、自社でもなにか加工品として商品化するための検討は始めたいと思っています」

障がいを持つ人やお年寄りがコオロギ養殖で収入を得ることができる社会。昆虫食の良さがもっと周知され、育てたコオロギをみんなが自然に消費する社会。それが実現すれば、広島は今よりもっと多様で豊かな県になりそうだ。背中に小さな二つの星が、きらりと輝くフタホシコオロギ。広島の未来を変える星になる、そんな宿命を背負っているのかもしれない。

●EDITORS VOICE 取材を終えて

昆虫食べて!と言われるとたしかに「うっ」となるけれど、コオロギ自体の味は大好き。取材のリサーチを兼ねて何度か食べましたが、「ACORN徳の風プロジェクト」の皆さんが育てるコオロギは、臭みもなく、甘く、香ばしさもあり、端的に言って美味しいんです。素揚げにして軽く塩を振ったものを食べると、本当に箸が止まりません。たんぱく質の塊みたいな食べ物なので、プロテインの材料とかにもいいのでは…。私が定年になるころには、広島のシルバー層は自宅でコオロギを育てて副収入を得るのが普通、みたいな世の中になっているといいな~。(text by 山根尚子)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?