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「牡蠣と肉と酒 MURO」開店のその先へ~「ATORA」3年目の到達

瞬間冷凍技術を用いて広島の味を国内外に広げていく――そんなミッションを掲げて「Hiroshima FOOD BATON」にエントリーした「株式会社ATORA」のプロジェクト。3年目を迎えた今、彼らはどこに辿り着いたのだろう?


半年前OPENの旗艦店
上々のスタート


令和4(2022)年度にはじまったATORAのプロジェクトは、スタートアップらしい柔軟な路線変更を行いながら、Hiroshima FOOD BATON最終年である3年目を迎えた。

エントリー時は生牡蠣や比婆牛、お好み焼きといった広島の味を瞬間冷凍技術を用いて新鮮パック、小売店やECで販売するという計画だった。

 しかし冷凍食品に対する小売店の反応が鈍いことがわかると、即座にメインをECに転換。さらにコロナ禍が明けて飲食店に客足が戻ってきたことを受けて、実店舗をターゲットに据える。彼らに対する提案のため、2024年3月に広島市内中心部に飲食店「牡蠣と肉と酒 MURO」をオープン。コロナの終焉、インバウンドの隆盛など、時流に合わせたハンドリングを行いながら経営を進めてきた。

 MUROの開店から半年、ATORA代表の小野敏史(おの・さとし)さんは現在の店の様子をこう語る。

予定通りに進んでいます。僕らの目的は引き続き「広島のおいしいものを県外・海外に送り込んで、新しい流通のモデルを作る」というものですが、そういう意味ではMUROのお客さんは5割が県外・海外の観光客。ちょうど僕らが狙っていたお客様が来店していただいている印象です

MUROの厨房に立つ小野さん。現場でお客さんの相手も務める

MUROは平和大通りに面していて、まさに街のど真ん中。観光で広島に訪れた人たちのニーズにズバリとはまった。

店名を「牡蠣と肉と酒MURO」とはっきりさせたこともよかったと思います。牡蠣や比婆牛などターゲットが明確なので、検索にも引っ掛かりやすい。「8割の法則(特定の2割の要素によって売上の8割が生み出されているとする説)」じゃないけど、実際に牡蠣と肉と酒が売り上げの8割を占めてます。観光のお客様は値段よりも美味しいものを好まれるので、良い物を適正な値段で出せるのでやりがいもあります

MUROはATORAが加工した瞬間冷凍食品を一般の人に食べてもらう以外にも、多くの役割が期待されている。そのひとつが飲食関係者に対する営業ツールとしての活用。MUROに来れば、実際の味やメニューを体験できる上に、店舗オペレーションもヒアリングできる。ここで提供する料理のベースは、ATORAで手作りされた瞬間冷凍食材がメインなので加工の手間が少なく、飲食店経験がない方でも高品質な店舗を運営できるメリットがある。

元・プロ女子サッカー選手もMUROの運営に携わる

お店のスタッフは僕以外基本2人。どちらも飲食業界の経験はなかったけど、お店は回せています。もちろん接客の質とか食材の知識、調理スキルの向上は必要ですが、今は彼らだけでも質を担保できる運営できる状態になりました

一般客に広島の食材を味わってもらうB to C、飲食関係者にATORA商品の活用をアピールするB to B。2つの側面を担うべく立ち上がったMUROはひとまず上々の滑り出しを見せたようだ。

絶対やってはいけないのは
品質の担保ができないこと

 
実際B to Bに関しては早くも新規の取引がはじまっている。現在も各方面から問い合わせを受けているが、小野さんの中には「ぶらしたくない部分」があるという。

「僕らだからやる」という気持ちがないと、やっても意味がないと思うんです。もちろん売上は増えた方がいいですけど、増えれば増えるほど工場も大きくしなければいけないし機材やスタッフも拡充しなければならない。そのためには投資も必要なわけで。投資と売上のバランスをどこでとるかは判断する必要があると思います

あと「フランチャイズはやらないの?」っていろんな人に言われるんですけど、今のところそれをやる気はなくて。僕はこれまで飲食店を運営してきて、絶対やっちゃいけないと思ってるのは、品質の担保ができないことだと考えてます。僕らの商品は手作りの高品質冷凍食材だから店舗側はオペレーションが便利ですけど、だからこそやり方を間違えると手抜きになってしまう。そうなるとその店にとってもウチにとってもいい効果は望めないと思うんです

MUROは店名どおり、牡蠣や比婆牛を売りにしている

MUROができて引き合いがあるからこそ考えなければいけないのは、これからの展開だ。小野さんは闇雲に手を広げるのではなく、あくまでブランドを守りながら発展させていく道を模索する。つまり、誰と、どのような形で組んでいくか。おのずと取引先の選択は慎重になる。

逆に自分の責任でいいお店を作りたいという人には、店のノウハウも含め提供してもいいと思ってます。それで広島市外、広島県外にMUROのようなお店ができれば広島の味が広がることになるし、僕らの商品も広まる。そしてものづくりをする方も少しは潤う。今は「調理は一手間、おいしく、安心安全」というウチのメリットが受けて、高齢者施設や個人からも相談をもらってて。そういうニーズも含めて、どこに展開していくかは考えなければいけないところですね

ビジネスの原型を作るところから、どのようにビジネスを発展させていくかへ。ATORAの挑戦は種(シード)の段階を終え、葉や茎を伸ばす新たなフェイズに入ったと言っていい。

ビジネスモデルは確立済
国内外の展開を視野に入れる

 
そして小野さんの視線は、広島という枠に留まらない。

将来的には、いま僕たちがMUROで作ってるモデルケースを各地の飲食店などに提供していきたいと思ってます。やっぱり生鮮品を輸送すると鮮度が落ちるし、地元で獲れたものはその土地で瞬間冷凍して、そこから流通させる方が絶対いいんです。僕らのやり方だと工場は億単位の大きな投資をせずに作れるし、冷凍食品なのでお店も数百万円でコンパクトにできる。このやり方は日本のどの地域でも展開できると思います

提供する料理の多くは瞬間冷凍の加工品。システムの横展開を計る

小野さんが夢想するのは、日本各地に地元の食材を瞬間冷凍するセントラルキッチンが点在する風景だ。その視線の先に海外市場も見据えている。

海外に関しては、国によって食品の輸出規制が違うのが難しいところで。いま考えてるのは、現地のお店で地元調達の食材と広島から送る食材を合わせてもらうやり方。それはMUROとは異なるサブブランドでやりたいです

加工工場と店舗を駆使して、地元産の高級冷凍食品をいかに展開していくか――MUROで証明したように、すでにビジネスの雛形はできている。

MUROで提供するメニュー例。冷凍食品の概念をくつがえす味が体験できる

今の完成度は50%くらい。今後は精度を上げて、バランスをとりながら適正化していきます。純利益、キャッシュ、スタッフなど、もっと伸ばせるポテンシャルはあるし。僕は今47歳ですけどあと3年後、50歳までにはPL(損益計算書)やBS(貸借対照表)の部分でも胸張ってまわりに勧められるような状況まで持っていきたいです

ちなみにATORAの昨期の売上は約6,000万円。今期はそれを売上1億円という規模までスケールアップさせることが目標だ。

今後は事業のスケールを
支援するプログラムがほしい


FOOD BATONに採用され「1年目は体制を整え、2年目で適正化、3年目で結果を出す」という計画を立てていた小野さん。3年目の今、まさに結果にコミットした活動を進めている中、改めてFOOD BATONについて感じることはあるだろうか?

漁業にしても農業にしてもこのまま放っておいたら悪い方向に進む可能性があります。でも、その中でイノベーションを起こして成果を出した人がいる。それは全体の1%未満かもしれないけど、僕は選択と集中で、そういう人に地域のリソースを回した方が全体の底上げにつながると思うんです。成功モデルがひとつできたら、それをみんなでシェアしていく方が未来につながるというか

僕らはFOOD BATONで3年間お世話になって来年で卒業ですけど、実はここからがスケールするには大事な時期。今後はそこをサポートするようなプログラムがあってもいいのかなと思いますね

3年かけて完成した「型」をいかに広げていけるか?

FOOD BATONで3年間、スタートアップに取り組んだからこそわかる立ち上げの難しさと、継続していくことの重要性。最後にこの先、広島の農や食を発展させていくには何が必要なのか尋ねてみた。

広島県産の農水産物に関しては、広島でしか獲れない魚とかあるけど、広島にはそれを外にアピールする地域商社的な組織がないんです。県外から入ってきたものを県内に流す機能はあるのに、「ここに行けば広島のいいものが全部集まる」という場所がない。僕らはその一端を担えるようになりたいというか。とりあえず僕らに聞いてもらえれば広島のおいしいものを紹介するし、気に入った人にはシステムも含めて提供することを進めていきます

「ここに行けば広島のいいものが全部集まる」場所を目指す

広島の食に必要なのは、外からのリクエストに応えられるコンシェルジュであり、中と外を接続するコーディネーター。広島のうまいもんの総元締めを目指すATORAは、瞬間冷凍技術を武器に世界のあちこちに広がる食のギャップを超えていこうとしている。 


●EDITOR’S VOICE 取材を終えて


ATORAの活動を3年に渡って取材しましたが、小野さんのすごいところは海外まで含めた視野の広さだと思います。初年度の取材時、集合場所に行ったらいきなりビジネスパートナーのフランス人が同席するなど、思考も行動力もグローバル。私もその後、ヨーロッパ各地で日本食レストランが盛況なのを目の当たりにして(しかし味は日本食とどこか違う)、小野さんが目指していたマーケットはここなのか!と納得しました。

瞬間冷凍技術で密封したホンモノの広島の味。私もこれから外国の友人に会う時にはATORAの商品をお土産に、ホンモノの広島の味を伝えたいと思います。ホンモノは全然違うぞって教えてあげたい!(文・清水浩司)