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【れ】 令和の新入社員

僕はいまマレーシアのイポーというところに住んでいて、滞在歴はもうすぐ7年になる。日本に本社がある製造メーカーのマレーシア工場の責任者という立場で赴任している。

世界がこんなふうになる前は、年に1~2回程度一時帰国をしていて、会社にも顔を出していたが、ここ2年ぐらいは日本に帰国できずにいる。

こんなに長期間日本に帰っていないと自分でも予期しなかったような変化が起こるもので、なんとなく日本に帰るのが面倒くさいとすら思うときがある。いまのルールで一時帰国をしようと思ったら、日本で2週間、マレーシアに戻ってきてからも2週間の隔離が義務付けられてしまうので、ホテルに約1ヶ月缶詰になることが条件になってしまう。

僕たちのような海外駐在の日本人が、検査で陰性が証明されているのになんで母国で他の国からの旅行者と同じような隔離を義務付けられなければならないのかはずいぶん前から問題視されているけれど、国際的なルールだから仕方ないし、大声で反対したとしてもどうにかなるものではない。

もちろん日本で会いたい人はたくさんいるし、美味しい日本食を食べたいとは思うけれど、仕事のことを考えても1ヶ月間の強制隔離はそれなりにハードルが高いし、これだけ長い間不自由が続くと、日本に帰る野望よりは現地でどれだけストレスなく生活をするかということに重きを置く方が健康だったりする。日本に帰っても酒も飲めないんだったら、あんまり意味がないような気もするし。

日本に帰国したら必ず会うようにしていた大事な友人たちとも連絡をとるようにしているが、以前は「今度あそこの美味しいものを食べに行こう」とか「あの居酒屋でまた集合しよう」とか次の帰国のときに何をするかという前向きな話題で盛り上がっていたが、いつ帰国できるのかがわからない状況が二年も続いてしまうと、お互いの国の感染者はどうだとかワクチンはいつ接種できるのとかそういう話しかなくなってしまう。

それでも友達はいつまでも友達だし、顔も見知っているので帰国すればまた同じように酒を飲んだり遊んだり出来るだろう。

問題は会社の新入社員である。

この間マレーシアに住んでいる日本人の友人たちとLINE飲み会をしていたら、現地人と国際結婚している奥様からこんなことを言われた。

「樋沢さん(僕の本名)って、最初お会いした時は怖くて話しかけられなかったんですよね。」

僕は、一瞬凍りついてしまった。

初対面で「怖い」という印象を持たれるのは、初めてではなかったからだ。
人生において解決しなければならない自己の課題として、認識していたからだ。

大学に入学したとき、サークルの初顔合わせで指定された場所に座っていたときも「怖くて近づけなかった」と同期の女性に同じことを言われたことがある。あとから仲良くなってからだけれども。

この傾向は会社に入ったときには治ったのではないかと思っていたが、後輩が出来てくるような年代になってから、こんなことをよく言われるようになった。

「樋沢さんって、なんか怖いんですよねー。すぐ怒るとか殴られるとかそういうんじゃないんですけど、なんか怖いんですよ。」

僕は視力がものすごくいいから、目付きが悪いということはないと思う。全身筋肉まみれで年中タンクトップを着ているとかモヒカンにして先端を赤く染めているとかそういうことでもないし、ごく普通の中肉中背である。アロハシャツを常用しているとかでもなければ、最初に会った人に「テメー」とか言ったこともない。

しかも彼らは初対面の印象だけではなくて、何年もいっしょに仕事をしているのに、未だに怖いと言っているのだ。

これはホントに困る。自分を律して解決しなければいけない課題として理解しているものの、原因がハッキリしないので直しようがないのだ。
自分では人に対してすごく丁寧に接しているつもりだし、初対面なら尚更だ。急に怒鳴り散らしたような記憶もない。

マレーシアに赴任してきてからはさすがにそんなことはないだろうと思っていたが、日本人の現地駐在スタッフからも同じように怖いと言われたので、「俺は優しいはずだ」と伝えたら、「誰も優しくないとは言ってません」と返答された。

ますますわけがわからない。「優しいのに怖い?...」

話を会社の新入社員に戻そう。

令和に入社した新入社員の人たちは、会ったこともないので僕の顔を知らない。話したこともないので、僕の印象はフラットなはずだ。

彼らと仕事をするという機会はほとんどないが、事務系(特に総務)の人たちには、ビザの延長申請のための戸籍謄本の手配などそういうお願い事がいくつかあるし、彼らも実務を担当するようになってきているので、メールでやりとりするケースが出始めている。

まだ社会人経験も短いし、敬語の使い方がおかしいとか誤字脱字が多いだとかそういうのだったらわかる。僕もそんなことで目くじらを立てるようなこともないし、優しくスルーするぐらいの寛容さは持ち合わせている。
彼らからしたら僕なんて両親と同じような年齢だろうし、そもそも他部署の若手にどうのこうの言うのはこっちも面倒くさい。

しかし、なんというか、文面がビビっているのだ。

マレーシアと日本で距離があるのだからいきなり殴られるような危険性はゼロだし、文章のやり取りなので、もし怒られたとしても大したことはないはずなのに「なんか変なことを書いたら面倒なことになる」という雰囲気が文面に滲み出ているのである。

僕の被害妄想であることを願っているが、これから世界が元通りになって日本に一時帰国したときに、令和の新入社員たちが全員僕から目を背けるようになってたら、もういっそのことパンチパーマにします。

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