企業にしがみついていても状況はよくならない

2002年9月、42歳でリストラにあった。女房は専業主婦を続けている。長男は中学生。家のローンは2600万円残っている。失業するわけにはいかない。次はどうやってお金を稼いだらいいのだろうか。

同じようなことを勤務先だったアイ・ツー・テクノロジーズ社の同僚たちは考えた。オフィスは品川のインター・シティ19階だった。リストラにあった数は60人。社員180人中の3分の1が解雇された。60人が外に放り出されたわけだが、そのうち3人は次の就職先に受け皿があった。三菱商事グループのアイ・ティ・フロンティアという会社だった。

三菱商事がどうして出てくるかというと当時のアイ・ツー・テクノロジーズの社長は三菱商事から来た人だった。そこで彼が三菱に話をつけてくれたのであろう。わたしは助かったと思った。

しかし状況はそれほどよくない。むしろ悪くなった。やりがいのある仕事は回ってこなかった。もんもんと晴海のトリトンスクエアに仕事に行った。肩を落として就業時間が終わるとオフィスを出た。5時には帰宅しはじめる。平日月~金の唯一の楽しみは晴海から銀座まで。夜景を見ながら散歩することだった。空気が澄んでいて夜景が見事だった。それだけが楽しみだった。

クリスマスの日に講演会があった。六本木の政策大学院主催。これからの日本経済というテーマだった。わたしが気になったのは現時点において会社にしがみついていても状況はよくならないという識者の発言だった。わたしは質問箱に投稿した。それを司会者がとりあげてくれるのかどうかはわからなかった。

90分の内、前半はスタートアップ。後半は労働市場。そして質疑が15分だった。まずイノベーションは今のままではなかなか起きないということ。ほとんどの人が失敗を恐れる。失敗を認める文化がない。企業経営は慎重派で守りの経営。石橋を叩いて渡るやり方だ。まずやってみよう。やりながら考えようとはなっていない。

解決としては経営者が失敗を許容すること。何かにチャレンジすることを応援すること。そして出口をM&AとしてIPOではなくてもいいとする。日本ではM&Aはどこか暗いイメージがある。そんなところだった。

後半は労働市場。つまり雇用についてだった。労働の質が低下して、そこに人件費を抑えるというマイナス要因が加わった。コストを抑えるために非正規雇用が進み、女性の過半が非正規雇用だという。給料はよくない。

一般的に40歳を過ぎては転職をしない。別の会社の違う文化には慣れることが難しいこともある。例えば組織の三菱にいる人が人の三井に転職することはできない。戸惑うためだ。

年収アップのために転職しようにも何を学んだらいいかわからない。職業訓練は気軽に英会話を学ぶようにはいかない。

こういった凝り固まった、硬直した労働市場ではよくない。そこで識者が提案したのは40歳定年制ということだった。40歳で一度会社をやめて、たとえ空白期間があったとしてもスキルを磨く。そして75歳くらいまで粛々と働くということ。

また会社にいながら兼業・副業をしてお金を稼ぐ方法もある。そういったことを勧めていた。背景としては日本では企業にしがみついていても状況はよくならないということだった。40歳までは転職を繰り返して年収をアップさせる。そして40歳を過ぎたら複数の仕事を持ちながら75歳まで働くということだった。

残り15分のところで質疑タイムになった。わたしは質問箱に投稿した。その内容はこうである。

発表ありがとうございます。ハーバード大学経済学部博士課程卒業生のうち、5人にひとりが研究職を選ばず、ウーバー・テクノロジーズに就職。年収は2千万円以上。1年後には研究職として大学にもどるという。日本もこのように博士が民間にいくようにならないか。日本にはハーバード大学もなければ、ウーバー・テクノロジーズもない。

識者の回答はこうだった。ひとりの講演者はいった。日本の会社にはまだジョブ型がない。メンバーシップ型で終身雇用が前提である。そのため高い報酬を出さない。博士を活かせない。もうひとりはこうだった。日本は変わってきているがアメリカほど活発ではない。スタートアップがあれば就職するであろう。

このことから何が言えるか。いま、この日本においてほとんどの人がキャリアの道筋を描けないということだ。終身不安はこれからも続く。しかしこのまましがみついていても年収は上がらない。何がいい仕事なのか。そのためにはどんなスキルが必要なのか。それをだれも描けない。これこれがいいですという答えがない状態なのである。

わたしがリストラされてから20年が経過した。そして途方に暮れたことを思い出していた。女房と長男を養う。そしてローン返済がある。しかも失業のリスクがある。42歳で決して心身が万全ではない。そんな状態を思い出しながら講演を聴いていた。あんなつらい思いは二度とごめんだ。読者にもあの境遇にあってほしくない。それははっきりと伝えたい。

こうなるとどうしたらいいのか。理論上は可能だ。企業にしがみつかない。40歳までは転職で給料をアップさせる。その後は細々と複数の仕事をしながら生活をする。それを75歳まで続ける。しかしあくまでも理論なのだ。うまくいくとはかぎらない。

なんとも夢も希望もないように聞こえないだろうか。ただ私はこう思う。なんといわれてもいい。ひとつ、家族と一緒にいること。もうひとつ、病気にはならないこと。そしてそんなにもらえなくても働くこと。年収700万あればなんとかなる。いざとなれば親に頼ればいいではないか。

要点は以下の通り。

40歳までは年収アップのために転職をする。
40歳を過ぎたらしがみつく。

スタートアップの成功確率は1%。たとえ大企業の社内ベンチャーでも同じような数字だ。三菱がおぜん立てをしたとしてもそれほど成功するわけではない。周りの人もそっぽ向いて応援はしない。助けてくれる組織もなければ、救い出してくれる上司もいない。一生懸命やっているだけではうまくいかない。

大学生の読者の方はいかがでしょう。何をやって仕事をしていきますか。