共感は楽、情熱は苦痛
約20年前にあのアップル社の設立者スティブ・ジョブズ氏がスタンフォード大学のスタジアムにいた。そこでジョブズは有名なスピーチをした。多くの人が覚えている。いまでもYouTubeでその時の映像が視聴できる。簡単にいってしまうと彼のメッセージはこういうことになる。
情熱(パッション)を追え、決して安住するな。
彼はこのように過ごしてきたことだろう。さてこれが参考になるだろうか。誰にでも当てはまるのだろうか。
わたしが25年間サラリーマンとして過ごしてきた会社では情熱を持てとはいわれなかった。それよりも強引な上司の方が多かった。24時間働きなさい。必要ならば栄養剤をとりなさい。そんな猛烈なところがあった。それはそのような時代であるからして致し方ない。
ダイヤモンド社のハーバード・ビジネス・レビューという雑誌にリーダーの思考法についていくつかの記事が載っていた。その中の一つにスタンフォード大学の准教授、ジャミール・ザキ博士の研究紹介がされていた。博士の置かれた状況、そして誰に向けて研究をしたのか。そういった状況をとらえて、さらに彼の学術論文を読まないとほんとうのところはわからない。
しかしタイトルはこうだ。共感力を無理なく発揮すること。そういったメッセージがある。共感型のリーダーというのがどうもアメリカ西海岸をはじめ、アメリカの東海岸でも新しいスタイルとして登場している。そうなるとどうも旧体質の情熱型は流行らないのではないか。そう考えてしまう。
この情熱型がどうも職場では浮いてしまっているのではないか。周りと協調していくにはやりすぎないことが大切だ。協調型、調和型のリーダーシップというのがアメリカでも認められるようになってきている。では、情熱型のどこに疑問が出てきているのか。そんなことを3点にまとめて文章にしてみます。大学生の読者の方々はどう思われるでしょうか。
提示する3つ視点としては苦痛、不明、そしてフォロワーというものです。
まず情熱というのは熱いだけであって苦痛になってしまう。熱く突き進んでもそのとおりにうまくいかない。むしろ静かにしていた方がいい。そのような職場が増えてきているのではないか。いたずらに騒ぎ立てて波風を立てたところで何も変わらない。会社の業績もよくならなければ給料も上がらない。であればめんどくさいことはしたくない。関わるのは最小限にしておこう。そういうことが起きているのではないか。
熱く、猪突猛進に突き進む。時にはいいけれど、情熱をむき出しにして仕事をするのは疲れる。それがどうも苦痛になってきている。ある程度、だらだらとだれけているだけでも給料は入ってくる。無理にストレスをためる必応もない。のんびりと仕事をする。それでなんとか生活できる。そんな意識があるのではないか。情熱は苦痛になってしまう。
次に自分が何に熱くなれるのか。それがわからない。なにがしたいのか。なにに情熱を費やすのかわからない。そんなところがあるのではないか。スティブ・ジョブズ氏は芸術が好きだという。また、アップル・コンピューターを売り出した。でも彼はその情熱をほんとうに明確に持っていたのだろうか。ちょっと話を変えているのではないか。そんな疑問がある。
それよりは長く続けれる仕事。そういったものがやっているうちに得意になってくる。10年継続してやればだれでも得意になるという。これを1万時間の法則という。
例えば会社で配属されたところで会計の仕事を引き受けたとする。数字をパソコンに打ち込む仕事だ。朝から晩まで数字とにらめめっこ。給料も低い。でもそういった仕事でもどこかで次第に得意になってくることがある。やっているうちにいろいろな問題にぶつかる。仕事を効率化するにはどうしたらいいか。
財務諸表(貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー)というのはどんなものなんだろう。会社の健康状態を表す指標。どんなことをいっても会社の置かれた財務的な状況を数字で表すのは財務諸表しかない。
どんな会社にでも必要なものだ。ならば自分でやっているうちに会計士として独立することは可能ではないか。士業として公認会計士の仕事を引き受ける。お客さんを紹介してもらえればそれから仕事がもらえる。
海外に目を向ければ日本の会社が海外で事業をしている。そういったところの仕事を引き受けることもできる。チャンスはないにしても仕事をしては広がる。30年くらいかけてそういったことに恵まれることもある。
それが大学卒業時に22歳で情熱を持って夢として持つことは難しい。ありえない話だ。こんなことはいわれてもわからない。公認会計士として世界中を飛び回る。そんなことはわからないし、情熱として持てるわけがない。この情熱は不明のままだ。
やっているうちにたまたま舞い込むことがある。
そして情熱というのはリーダーがすることであってフォロワーの方が楽である。いっていることを理解して忠実に問題なく低姿勢で仕事をこなす。そうすれば給料がもらえるのだ。わざわざけんかをして転職をする必要もない。フォロワーでいいではないか。だれもがリーダーになるわけではない。
むしろ共感をしてもらう環境の方が楽である。こうとも考えられる。共感が行き届いているところは自由である。心理的に安定している。そして波風がないために対立が少ない。事件さえおこさなければそれでいいのではないか。
共感をすること。そのための思考法が紹介されている。おそらくは協調的であってオーセンティックであること。それは嘘をつかないということだ。それによって迷惑を受けたことが多すぎたのである。
さてスティブ・ジョブズ氏はもういない。これまで情熱をささげて企業を立ち上げて軌道に乗せた。業績を上向きにしてことを成した。そういったひとたちが共感型のリーダーということを聞いたらどういう反応をするだろうか。
大学生の読者の皆さんはどうでしょう。情熱というのはちょっと古いのではないでしょうか。苦痛にはなっていないでしょうか。
むしろ自分の考えに同調してくれる上司の下で働きたい。理解をしてくれる上司。共感型がこれからのリーダーのスタイルになっていく。
それで業績が達成できればいいのですがどうでしょう。