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テニスで普段着が売れるのか

10年前の今頃わたしは心躍っていた。3か月後の授業開始に向けてどんなテーマで話をしようか。授業というのはマーケティング。それを日本にやってくる留学生に向けて行うというもの。留学生は欧米・アジアからやってくる。そこに日本国籍の大学3年生が混ざって行う。クラスの人数は40人までとされていた。

これはわたしが長年やってみたかった授業だった。そして15週すべてを行う必要はなくコースの最初2回だけをしてあとはレポートを提出してもらうというものだった。それですら6人の講師と連絡を毎週のようにとりあった。そこでは欧米で行われているような授業を体感できること。留学生には日本という国の不思議さを知ってもらうきっかけになることだった。

わたしは授業がはじまる数週間前までどんなことをテーマに話したらいいのかわからなかった。20歳の大学生に向けて日本のことをほとんど知らない留学生もいる。しかも経営の授業であって双方向をめざすものだった。双方向というのは先生と学生が同じように発言するというものだ。そんな前提のもとに何度も考えてスライドを作っていた。そして授業を行う大学の指導者のなにげない一言がきっかけになった。

マーケティングの授業ではプロモーションを扱うのが一番良い。そのちょしたヒントからわたしはスライドを次々に作成していった。そして授業内のディスカッションはこうしようと決めた。

ユニクロのプロモーション。テニスプレーヤーの錦織選手を使ったプロモーションは効果があるのか。それを出題することにした。そしてそれを授業内で賛否に分かれて討議してもらうことだった。

この授業は8年間途切れることなく行われた。しかも毎年賛成反対に分かれた。一方であったことはない。わたしは賛成をした学生にも反対をした学生にも同じように得点をつけていった。そしてそれを教務課に提出した。なにも特別にとがめられることはなかった。

そして今日10年が過ぎてよく聞かれることがある。では正解はなんなのか。その問いに対する返答はこうだ。正解はない。ただそれでは済まないだろうからわたしの意見を書いておこう。

わたしはどちらかというとテニスプレーヤーをファストファッションのプロモーションに使うのは反対である。その理由は3つある。

ひとつはユニクロというのはユニーク・クロージング。ユニークであっても普段着として着用するもの。なのでスポーツ用品店で売られているような服ではない。ユニクロを着てスポーツをするひとが多くいるとは考えられない。スポーツをするひとは普段着ではなくスポーツ専用の服を着る。それがまず考えられること。普段着の似合うひとを使えばいいのではないか。

次にユニクロというのはファストファッションの会社であってスポーツ店を展開していない。そのようなファッション企業というのは欧州であればZARAであるとかH&Mのような企業をいう。またアメリカであればGAPやOLD NAVYといったところ。韓国であればFOREVER21といった企業がファストファッションの会社としてあげられる。つまりユニクロはそのような企業と競争するわけであってスポーツ用品の企業でない。

スポーツであればNIKEやADIDASそしてプーマといった企業が思い浮かぶであろう。そのような路線ではない。そういうところとすみわけをしなければ消費者がかえって混乱するではないのだろうか。

そしてこれはとてもいいにくいことである。最近は錦織圭選手のテニスでの活躍をあまり見ないのではないだろうか。あまりというかほとんどテニスのトーナメントに出ていない選手と契約を続けるというのはどんなものであろうか。さらに2週間後に開催予定のオーストラリア・オープンに出場を予定していない。ランキングも100位以内に入っていない。

契約はどうなっているんだろう。おそらくプロ選手としてユニクロのロゴをつけてプレイするかぎりは金銭的な取引はあるのではないか。しかしながら選手として出場しておらずテレビやネットでその姿を見ることはできない。果たして効果があるのだろう。

10年以上続けた授業の問いにも少しづつほころびが見え始めたのかもしれない。そしてこの問いに対する答えは永遠に見つからないだろう。それはマーケティングにおけるプロモーション。そこに人々の感情・感性というものが常に存在するかぎりなくなることのない肯定・否定といった意見が飛び交うものである。

そこをとらえてうまく説明できた学生が実に多かったことに驚かされる。振り返ってみるとあの指導教官の一言がなかったらどんな授業になっていたのだろう。ただあの一言がきっかけになるようなキャリアをわたしは積んできたといえる。そのためにあれに反応したのだろう。

それはあの時の20年以上前になる1990年代のはじめコカ・コーラの渋谷オフィスで働いていた時のことだった。アメリカから来た副社長がわたしを含めたマネージャーたちに質問をした。どうして日本では飲料品の宣伝にあれほどの有名人を使いたがるのだろう。アメリカではスポーツセレブを使って飲料品の宣伝はそれほどしない。

わたしを含めマネージャー8人は副社長に向かって答えることができなかった。しかもその8人というのはすべてアメリカでMBAを取得したひとたちだった。わたしはあの副社長が放った質問の内容をすこし変えて30年後に学生に向けたのである。この問いの答えは賛否を出すこと。そしてその理由を説得力をもって書くことにある。