銀行株値上がりの背景

おおよそ40年前のこと。正確には38年前になろう。アメリカのミシガン大学から帰国してスイス銀行の仕事をはじめたころのことだった。なにをしても新しいことばかり。同時に仕事をしながらわからないことだらけ。なにがわからないのかわからない。そういったときには周りの人のことを観察するか上司のいうとおりにするしかない。

とにかく血となり肉となる。そう信じて上司のいうことを忠実に聞いて仕事をがんばった。まずは日本経済新聞を読むことだった。わたしは証券部門の株式調査部というところの配属だった。仕事を理解するには新聞の中にある株式欄とその記事を読むことだった。記事の内容を読むというよりまずはじめに理解するのは上場企業にはどのような会社があるかということだった。

そして毎日新聞を読み朝から晩まで仕事をし3年くらいが経過した。すると株式欄に記載されている会社名とその会社が何をしているのかが感覚的にわかるようになった。さらに指標である日経平均株価や外国為替市場の動きも感覚的にどうなったら上下するのかその動きがわかってきた。

ところが会社群の中で見落としていたのがあった。それは銀行株だった。銀行に勤務しながら自分たちの業界の株価動向を見落としていたのは少しばかりはずかしい。というのも銀行株の担当ではなかったからだった。

あるオンラインイベントで最近の銀行株の動きが少しばかり話題になった。三菱UFJ、みずほ、そして三井住友を例にした。ここ3週間でUFJの株価は27%上昇。みずほ、三井住友は20%の上昇を記録した。

出典 ヤフーファイナンス

この株価上昇の背景は何なのかというテーマで文章を書いてみます。まず上昇のきっかけになったのはなにか。どうしてメガバンクの株価が上がったのか。そしてこの傾向が続き歓迎できるのかということです。

きっかけは昨年12月20日に日本銀行が十年国債の利率を上げたことにあります。これまで0.25%であったものを0.5%とまでとしました。この利率をあげることで物価高を抑制する。そういった金融政策をうちだしました。この政策は経済理論からは正しい選択肢です。

ただし国債の利回りが上がり商品としての魅力が増したことで株式市場に滞留していたお金が債券市場に流れることになります。そこで債券の流通つまり売買取引を担う銀行の利益上昇につながるというものでしょう。また銀行は株式市場からお金が債券市場に移動することにより自らが国債を引き受けて様々な取引をすることになります。これは銀行の業務にとってはプラスになる。

これは銀行にとっては好環境かもしれません。ただし国債の利率が上がるというのは株式市場の投資家にとってはマイナスになります。投資家によっては株式を売却して債券を買うという行動をする。その結果株式市場が下がる。また国債というのは国の借金のことをいう。借金が増えれば当然のことながらその金利負担が増える。結果としてその財源である税金をさらにとるようになる。国民の税負担が増える。

さてこういった日本銀行主導による金融引き締め策と銀行株の上昇は歓迎できるのか。わたしの答えはNO(ノー)になります。その理由はたとえ銀行株が上がったところで一般市民の賃金が上昇はしない。物価高の状況で食べ物や光熱費が上がっているところで手元の資金が上がらない。銀行が株式という自己資本を増やしてもなにもうれしくはない。銀行が預金者になにかを還元するというのなら話は別です。

さらにこの傾向が続くかということです。これは日銀の金融政策をどこまで推し進めるかにあります。インフレが落ち着けば国債の利回りをさげることでしょう。しかしこのインフレの原因は3年前のコロナウィルスによるパンデミックとロシアのウクライナ進攻。そしてそれに対する西側諸国の制裁。それをうけてロシアからの資源がほとんど取引されなくなったことにあります。これは解決したでしょうか。これらが今年中に解決するとは考えられない。

ということは日銀はインフレ抑制のために金融引き締めを続けるでしょう。銀行には株式市場を通してお金が流れるでしょう。ただインフレと賃金が不変、さらには増税によりかなり苦しくなるというのが予想されます。手元にそれなりの資金があって余裕があるのであれば別の話です。

銀行に勤務していながら銀行株の動きを見逃していた。40年が経過してこういう機会に見直してみる。ひょっとしたら中央銀行の金融政策に左右される。物価高、賃金、そして増税により一般の人たちが苦しむ一方、銀行は喜ぶということがひょっとしてあるのか。ということは人々が不幸になっているのに自分たちは傍らで喜ぶ。なんとも複雑な話です。

さて読者の皆さんはこの銀行株上昇の背景をどう理解しどのような判断をされるでしょうか。銀行の本来の機能である資本の再分配ということからはかなり離れたところにもはや銀行というのは位置しているのではないか。銀行の役割は何か。銀行に就職される新卒の方も一度よく考えてみてください。