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海外留学が人への投資になるのか

おおよそ40年前の今頃、夏が終わって秋になりやがて年度末が来る。そうなれば新卒社員として企業、できれば大企業で働く。そんなことをおぼろげに考える時期だった。しかし、私の頭の中には何としてもアメリカにいって自分の今後のキャリアになる土台をつくる。そのことしか頭になかった。なんとか1年分の留学費用を手元に渡米する。そこで何が起きるかは全くわからない。大きな希望をもって飛行機に乗るだけだった。親は反対した。

帰国して外資系金融機関に就職。バブルがはじけて金融に限界を感じた。そこで新しい分野に進もう。それはコンピューター、特にソフトウェアのことを学んで仕事に活かそう。そのために二度目の留学をした。わたしにとって留学は可能性を信じてわたし個人と家族の生活を支えるための手段だった。

あるオンラインイベントの読書会で人材投資について話をする機会があった。その読書会に使われたのはハーバードビジネスレビュー10月号。その中から好きな記事を選び、参加者で意見交換をするというものだった。参加してきた人は8名。記事の中に日本企業の再建にはしがらみを断ち切るということをテーマにしたものがあった。

この記事では人材に投資すること。そこには入社5年以内の社員に海外留学をさせるという指標を提起してあった。しかしわたしはこの指標を用いることにやや違和感があり、参加者の人たちに聞いてみた。わたしの質問はこうである。

ほんとうに27歳以下のひとたちが海外留学をするだろうか。参加者の意見をじっと聞いていた。おそらくしない。そういうことがうかがえた。その理由は以下のとおりである。

まず日本人は海外留学をしない。その傾向ははっきりと出ている。2022年5月に経済産業省が未来人材という資料を公開した。その43ページには日本人の海外留学が減っていることがはっきりと表れている。年間5万8千人程度しか海外で学ばない。

ところが日本の人口半分以下の韓国では日本人の倍にあたる10万人が海外で学んでいる。インドはさらに多く、中国にはかなり引き離されている。このことから何が言えるのか。それは多くの日本人、特に東京にいる20代のひとたちは海外にはいかないということがうががわれる。

しかも東京在住の20代は海外どころか東京から離れようとしないのではないのだろうか。

次に海外留学といっても27歳までにできる海外留学というのは限られている。4年生大学の学部課程に1年いくというのも可能性としてあるかもしれない。しかし1年くらい海外留学したところで仕事に役に立つことはなにも得られないであろう。となれば仕事で経験を積んで28歳くらいでアメリカの経営大学院(MBA)に行くという方法がある。

ところがこのMBAというのは日本人はもう行かなくなってきている。アメリカのビジネスを大学院で2年間学ぶというのはもう選択肢としてはなくなっているのではないか。

留学の準備を手伝ってくれるアゴズ・ジャパンの最新統計によるとアメリカの主要ビジネス・スクールに行く日本人は50~60人程度である。中でもトップスクールといういわれるところにはせいぜい2~3人程度であってほとんど入学しない。

このことから20代で海外留学といっても大学の学部や大学院はあってもほとんど行っていないということがいえよう。これでは人材投資にはならない。

最後に海外留学への投資。果たしてこれが業績にとってプラスに反映されるかどうかであろう。30年くらい前は多くの日本人が海外留学をした。大企業からは大学院への留学が多かった。しかしながら留学して帰国したところが東京。そこではしがらみだらけでアメリカの大学院で習う数字や論理によるビジネスのやり方ではない。

いつもでもエジプトの洪水のように耐えるしかない。それよりは外資系企業に就職をして短期間のうちに多くを稼いだほうがいいのではないか。そういうことを考えて外資系企業に転職をしてしまった。そうなると企業研修として留学させた人材がよそに流れてしまう。人材の流出につながるというものだった。これで業績にプラスに反映されるのだろうか。

人事制度が大きく変わることはなかった。

40年のときを経て海外留学というのが人材投資の評価指標として掲げられている。しかしながらそれほどいく日本人の若者がいない。しかも大学院は存在するのにいかない。そして業績にプラスになるかどうか。むしろやっかいものあつかいにされて終わる。そんな議論も出てこよう。

確かに海外留学はよい。わたしはかけがえのない経験を現地でした。教授やクラスメートは東京ではちょっと会えないような人たちばかりだった。誇張した言い方をすれば人生を変えた留学といわざるをえない。

しかしこれが働いた会社の業績にとってプラスになったかどうかといわれれば必ずしもそうではなかったのかもしれない。アメリカでビジネスを学べばそこにあるのは人情味などはない。感情ではビジネスは動かず、そこにあるのは数字と論理だけである。それでないとアメリカ人には理解できない。それがアメリカ人にとってのビジネスだからだ。

東京においてもビジネスはお金儲けだという傾向は強いのではないのか。

わたしはいまでも希望を持ち可能性を信じている。海外留学は間違いではない。むしろ奨励している。しかしここで人材投資の評価軸として海外留学の数を掲げるのはどうだろうか。業績にとってプラスにはならないし、個人にとってもよくはないだろうと考えている。

はたして東京在住の大学生の読者の方々はどうだろうか。