鬼子母神堂と目白不動
さくらトラム(都電荒川線)を鬼子母神前で降りて左手に行けば、鬼子母神堂に通じるケヤキ並木(都天然記念物)がすでに見えている。他方右手に行って、目白通りを渡り坂を少し下りれば右手に目白不動がある。
雑司ヶ谷の鬼子母神。法明寺鬼子母神ともいう。安産祈願、子育祈願で有名だ。日蓮宗。ここで祀られている鬼子母神像は永禄4年1561年に清土(文京区目白台)で掘り出されたとされる。大変霊験新たということで信仰をあつめ寛文4年1664年に前田利常公息女の自証院により本堂の寄進を受け、その後、拝殿(1700)などが整備されたとされる。平成28年2016年に国の重要文化財の指定を受けた。この地を訪れるたびに境内の鬱蒼とした雰囲気、境内にある樹齢700年とされる大公孫(幹回り8.0m 樹高30m 推定樹齢600年以上 昭和31年1956年都天然記念物指定)、参道の欅の大木など緑陰の豊かさに驚かされる。交通 有楽町線東池袋下車、さくらトラム(都電荒川線)に乗り換え、東池袋四丁目で乗車、鬼子母神前下車すぐ。東京都豊島区雑司が谷。
目白不動は元は現在の文京区関口の新長谷寺にあったものが、新長谷寺が第二次大戦末期(1945年5月25日)の戦災で焼けて廃寺になったことで、同じ真言宗豊山派の当地の金乗院というお寺に本尊を移して、祀られるようになったもの。では金乗院は戦災で無事だったかというとそうでなく、45年4月に先に戦災で焼けている。復興に大変な苦難があったのではないだろうか。従ってここに古い建物はなく、肝心の不動尊も秘仏。ただ多くの石仏がある。戦災を受けたこれら寺院の事を思うと、金乗院から数百メートル離れたにすぎない鬼子母神が、ケヤキの森のなかにあったとしても戦災を免れたことは奇跡にも思える。
また金乗院の石仏の多さをみたとき、目白不動・新長谷寺から金乗院へ移されたのは、不動尊だけなのか、石仏それぞれの由来が少し気になった。上に掲載したのは、左側に宝永二年(1705年)と読み取れる石仏。下に掲げたのは元禄壬申年(元禄五年1692年)の庚申塔、さらに金乗院山門である。
交通 さくらトラム(都電荒川線)鬼子母神前下車徒歩5分 東京都豊島区高田。