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于光遠「無産階級専制理論」1973/1993

(于光遠『『文革』中的我』広東人民出版社 1993/2011 より。今回使用したのは2011年の再版である。)(写真は肥後細川庭園にて)

p.99  党の十大(第10回党大会   1973年 訳注)は無産階級専制下の継続革命の理論を引き続き肯定した。十大以後、『人民日報』『紅旗』などの新聞雑誌上相変わらずこの理論は絶えず宣伝されている。私は少し考えた。幸いまだ仕事がない。マルクス主義の古典を系統的に少し研究しようと。無産階級の専制理論については、レーニンが書いたものが大変多い。だから私はこの方面に相当多くの時間を投入し、大量のカードを作った。私はこの作業を『資本主義の経済危機を論じる』あるいは『自然弁証法と自然科学を論じる』を書いた時とは異なり、何か本を編集するためではなく、ただ自身の認識を高めるために行った。『文化大革命』の中で私は数年間、無産階級専制の対象となり、無産階級専制を深く切実に体験した。また再び理論上深化したいと思う。その結果、あの時、新聞雑誌に書かれており人々が理解して話している「無産階級理論」はとても一面的であった。(また)当時この問題を宣伝するとき「無産階級専制」この概念の認識は、自身とても大きな問題があった。根本的な誤りがあるともいえる。
 最初に私は「無産階級専制」という言葉の理解を明確にしたい。「専制」この言葉のラテン語の本来の意味は「独裁」である。「無産階級専制」の本意は無産階級「独裁」であり、無産階級は他の階級と政権をともに享受しないということである。「専制」は人々が理解する言葉とは違い、「鎮圧」と同義語である。「文革」前期において、我々をとらえてこれら「走資派」を「粉砕する(破爛)」とする造反派は、隠すことなく「私は現在君たちを専制している」と言った。レーニンは「ハンガリー労働者へ敬意をささげる」においてこの文章のなかではっきりと書いている。「無産階級専制には実質暴力は存在しない、暴力に頼るものも存在しない(主要不在于暴力)」。当然レーニンは暴力の使用についてたくさんたくさん話している。彼は「率直に言って、専制この名詞は残酷で重くて、血の匂いさえする。」しかし彼は一度も専制を簡単に鎮圧などと一緒にしていない。彼は一貫して無産階級専制と民主とを同一事物の二つの側面としてとらえており、民主と専制を一組の反語としてとらえていない。
 あの時、私はなお「新民主主義社会論」の明確な概念を持たなかった、私がなお(新民主主義社会論について)明確な認識に到達していなかった、(そして)党の七届二中全会前夕が始まるとき、毛沢東はすでに一歩一歩彼自身が提出した「新民主主義社会論」を放棄し、いわゆる「無産階級専制」の理論を受け入れた。これは中国国情に合わなかった(不合乎)。当時私はなおこのような認識(覺悟)はなかった。しかし「文革」中、マルクス、エンゲルス、レーニンの話の偏った引用(片面引用)をして彼らの著作から「無産階級専制下の継続革命」を作り上げたこと、新発明といえる注釈、不正確なやり方、私はこのような点はわかっていた。
 当然理論問題上突出していたのは、「資産階級法権」問題である。張春橋は上海で副書記をしていたときに、資産階級法権を取り除く(破除)あの文章を書いたことで、毛沢東の賞賛を得た。それは「文化大革命」が発動される二年前のことだった。当時首都の理論界はこれに対して見方は違ったが、張春橋は自身の意見を堅持した。1965年に彼はこの一篇の文章のために北京に来て、北京飯店に居を定めて、我々は食卓でこの問題を討論した。ドイツ語の「資産階級法権」この言葉をいかにいかに翻訳するか、マルクスが「ゴタ綱領批判」において「資産階級法権」を論じたときに着眼は共産主義の第一段階においてはそれを受け入れるべきだとあるのをいかに理解するか、こうしたことを論ずるのではなく、張春橋の文章はそれを除くと述べていた。彼はマルクスが法権の上に「資産階級」の4文字を加えたのを見て、ただそれを除こうとした。それとは資産階級のこと(現在の言葉で言えば姓は資本主義)で、その存在が許されない、そうすることが一つの出発点になり、多分(仿佛)中国がとても速く共産主義第一段階(階段)を終えることになり、とても速く社会主義から共産主義高級段階への過渡に向かうことになる(当時は当然「社会主義初級段階」の概念はなかった)。中国社会の発展歴史進程問題の観点からすれば、張春橋の思想と「大躍進」時の思想との間に大きな差はない。ただいたずらに無産階級専制、そして階級闘争を強調するものだ。そしてこのような思想が毛沢東により賞賛(欣賞)され、毛沢東の指導思想になったのである。

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