閻連科『我与父輩』2009年(飯塚容訳『父を想う』河出書房新社2016年)
閻連科(イエン・リエンコー 1958-)は河南省嵩県の貧しい農村の出身。2008年から中国人民大学教授。『我與父輩』翻訳飯塚容訳『父を想う』河出書房新社2016年は原著が2009年、著者の生い立ちが4つの編に分けて語られる。内容としては、中国農村から見た中国社会の捉え方が記録されている。飯塚さんの訳文はとても自然だ(写真は吉祥寺大仏である。享保7年1722年の鋳造とされる。像高2.93M)。
最初に語られるのは、農村からみた学生の下放問題だ。農村から見て彼らはお客さんに過ぎなかったという。それから著者が受け継いだ人生についての考え方が語られる。著者の家庭は貧しく、家族の病気もあり、その青春は激しい労働の日々だった。それゆえに政治的スローガンの世界は、縁遠く、著者にはそうした政治の匂いが感じられない。日々の暮らしが精いっぱいの場合、それがむしろ自然だ。末端で農村は、人々は生きるのに精いっぱいだったということが伝わる。
(1970年代初め)農村はあの時代の中心ではなかった。革命の中心でもなかった。今日の改革開放の中心が都市で、農村や十億の農民でないのと同様である。・・・農村は・・・社会の主役を引き立てる大勢の脇役、革命から遠く離れた周縁の地に過ぎない。革命が起これば犠牲になり、革命の成功を陰で支えるだけだ。・・・革命は興奮を生み出すが、食糧を生産しない・・・どんな革命が起こっても農村では農業を続けなければならない 訳pp.28-29
国は農民に労働の義務を要求するだけで、食糧、石炭、布、その他の配給券や権力を与えてくれなかった。不思議なことに、それらのものを知識青年たちは持っていた。彼らが農民の必需品を農村にもたらしたので、農民たちは当然、恩義を感じた。そこで彼らが畑に出ることも、農作業をすることも許さなかった。彼らにやらせるのはせいぜい、畑の作物の見張りだった。・・・食事のときは、昼食でも夕食でも、村の比較的衛生状況のよい家が彼らの食事を用意した。(しかも農民の普段の食事はサツマイモやトウモロコシなどの雑穀の粉だったが、知識青年たちには白米や小麦粉が消費された。)訳pp.29-31
知識青年の下放は、・・・農民にとっても一種の災難であった 訳p.32
知識青年が私の田舎で苦労した事例は、見たことも聞いたこともない。訳p.33 ニワトリ、犬、ヤギ、綿羊が不明になったことがある訳p.33
(田舎の少女が知識青年に強姦された末に自殺した事件では、都会に逃げ帰った青年は指弾を受けなかったが、女の知識青年を農民が強姦しようとしたときには、未遂だったのにあっという間に銃殺された。)訳pp.33-35
私はそれ以降、彼らが村で働きもせず、いかがわしい行為をしたことを記憶にとどめた、彼らが私たちの村で、休暇を過ごすような暮らしをしていたことを記憶にとどめた。訳p.35
(1970年代半ば著者は家族のために郊外の山の中で1日16時間の重労働をしていた。そのときたまたま台湾からの気球が彼に新知識をもたらした。台湾人はみな苦難の生活を送り、我々は台湾人を開放して、彼らを苦難の生活から救ってやらねばならないと思っていた。しかし実際は)台湾人は我々よりよい生活を送っている、苦難の生活を強いられているのは私たちのほうなのだ。訳pp.44-47
(父は長い時間と多大の労力をかけて自留地を整備した。ところが1966年陽暦の10月8日、各家庭の自留地の存在を許さないという公文書が伝達され、自留地は3日以内にすべて公共の所有になることになった。)訳pp.58-63,esp.63
人生には定められた距離がある。速度が一定で、こちらから死に近づくだけなら、比較的長い時間がかかる。だが死の方からも迫ってくるとしたら、人生はずっと短くなってしまう。訳p.64
人間の成長にとって、最も重要なのは物質的な衣食や金銭ではない。・・・音もなく降る雨のような温情とうるおいなのだ。成長していく草木のように、光と雨は欠かせない。・・・音もなく降る雨のうるおいと栄養があったこそ、焼けつくような日差し出ない十分な光があってこそ、草木は成長する。人間の心も善意と温情で満たされるようになる。訳p.141
善良は人間の存在理由、人間の根本である。
家族が世代ごとに生み出しているに肉親の情、温情は、善良さを育てる土壌,陽光、雨水である。訳p.141
(そして農村の近況を次のように伝えている。)
いまの社会では、誰もが知っている。活気のあった農村の裏側では、過疎化が進んでいた。農民たちは野良仕事を放棄し、遠くへ出稼ぎに行った。農家の畑は荒れ果て、農繁期でも老人と子供の姿がまばらに見えるだけだ。・・・新築の家が点在するとしても、農村の没落は隠しようがない。村落は活気を失い、魂が抜けたようになった。訳p.208
#閻連科 #下放 #過疎化 #中国短編小説 #諏訪山吉祥寺
main page: https://note.mu/hiroshifukumitsu マガジン数は20。「マガジン」に入り「もっと見る」をクリック。mail : fukumitu アットマークseijo.ac.jp