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イベント予習メモ:「山本直樹はなぜ『レッド』を描いた/描けたのか──エロ、暴力、政治」

本記事は、2020 02/21のゲンロン主催イベント、「山本直樹はなぜ『レッド』を描いた/描けたのか──エロ、暴力、政治」をぼくが観客として楽しむにあたって予習したこと、考えたこと等をまとめたものです。

もうずっと昔に「動物化するポストモダン」を読んで以来、批評というジャンルに時折関心を寄せてきました。これまではゲンロンのイベントはニコ生でしか視聴したことがなかったので、直接会場に出向いて観客として参加するのはこれが初めてになります。そのため、イベントへの参加が決まってからはずっと気分が高揚しています。イベント内容もまさにこれを待っていた!というものなので、ここ2週間ほどは仕事以外の時間はできる限り予習をしていました。

この記事はイベント前後でぼくの考えや関心がどのように変化したかを確認するために書いたものです。いま考えていることやモヤモヤしていることを書き出しました。

1. 予習内容

・大井昌和×さやわか×稀見理都×東浩紀
「マンガは歴史と社会を語れるか——安彦良和の古代史/満洲と山本直樹の『レッド』を出発点として」【ニッポンのマンガ #5】
6時間3分:1200円

・さやわか×大井昌和×東浩紀「マンガは歴史と社会を語れるか2ーー大学紛争と『ビューティフル・ドリーマー』の問題、あるいは大塚英志とジェンダーについて」【ニッポンのマンガ #6】

7時間17分:1200円

これらのイベントの紹介動画をみると面白そうだったので、買って見始めてみたらもうめちゃくちゃ面白かったです。
それをきっかけにkindleで『レッド』を全巻購入して読了しました(2年前になぜか2冊だけ購入していたのが発覚)。
93年生まれの自分は、山本直樹氏の作品をほとんど読んだことがありませんでした。レッドを読んでみたらめちゃくちゃ面白くて刺激的で色々と考えさせられたので、マンガは歴史と社会を語れるか、というイベント動画をきっかけにレッドという作品を知ることができて本当によかったです。

・レッド:全8巻
2006年から連載が始まっている。その頃自分は14歳だ…。

・レッド 最後の60日 そしてあさま山荘へ:全4巻

・レッド最終章 あさま山荘の10日間:全1巻

kindleアプリで読みながら、グッときた箇所をスクショしつつ読み進めるという奇怪なことをしながら全巻読了しました。

途中からは漫画の登場人物と実際の事件の当事者との対応関係が知りたくなり、ネットで少しググりつつ情報を集めながら読んだりもしました。

書籍版だと実在人物へのインタビュー等が載っているらしく、kindleでなく書籍版を購入すればよかったと激しく後悔しました(しかも自分は普段は書籍派なのに...。)

読んでいて最も衝撃を受けたのは、巧みな言語技術の操作(いわゆる総括と呼ばれる議論)によって、あらゆる些細なくだらない問題があっという間に高度な政治的問題(でもこれは偽の問題)へと接続されてしまう、その描写のリアルさと恐ろしさでした。

これを読んで以来、遅れている、自己批判します、総括しろ、敗北死などなどのフレーズ(当時の事件を彩る言葉の飾り)を駆使してあらゆる日常のくだらない問題を偽の高次元の問題へと繋げてしまう言葉遊びがぼくの脳内で流行りました(笑)。
作中における総括の描写をみるに、これは閉鎖的グループ内で起こりうるディスコミュニケーションのパターンの一つなのだと理解しました。
会社、家族、学校、あらゆる場で同じことは起こりうる。本当に怖い、気をつけなければと思った次第です。

あと、これは意外な気づきなんですがあさま山荘事件の幕引きは、NHK・民放による生中継が行われ、その視聴率が89.7%に達したという事実に単純に驚愕しました。
つまり1972年にはめちゃくちゃ沢山のひとがこの大失敗ともいえる事件の記憶をリアルタイムに共有していたのです。
これはイベント内で言及されていたことですが、事件後、少なからず関わりのあった数多くの人達がサブカルチャー業界や学習塾業界等へと流れていったそうで、これはいまの社会へと繋がるちょっとしたダイナミズムがあるなと思いました。

そして、過去のイベントの動画をみていくなかでぼくが一番面白いなと思ったのは、レッドで描かれたこのあさま山荘事件こそが、、、2020年のいま、ぼくたちがtwitterで目にしている#MeToo闘争の源流だったのではないかと錯覚してしまっていることです。

レッドの作中内での永田洋子(こと赤城さん)の描かれ方がイベントでは大注目されていました。
ぼくがレッドを読んだ記憶を思い返すと永田洋子の描写はこんな感じの印象です。
・警察権力の横暴にだだをこねるようにわめくヒステリックな描写
・病弱な体を抱えながらも活動をがんばる描写
・他のメンバーを優しく気遣うお母さんのような描写
・細かいことにすぐ気づき、それを理由に人を厳しく追求する描写
・女性の主体性を守ろうと抗議する描写
・他の女性が化粧をしたりすることに怒る描写
・女性としてあまり見てもらえていないことに不満を示す描写
・家父長主義的な男性に従ってしまう描写

永田洋子は早すぎたフェミニストと言われています。
そして、あの事件ではジェンダー問題こそがまさに中核にあったのです。
だったらば、、、2020年のいま、#MeToo闘争について考えるならば読むしかないでしょう!そう思いましたまる。

ところで、作者の山本直樹さんはレッドで文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞しているすごい方なんですが、これまでの作品はほとんどエロ漫画とのことです。なんと..!ということで何作品か読んでみました。

・「ありがとう」全4巻

ぼくは大学時代に秋葉原で購入してきたエロ漫画を色々読んでいましたが、山本直樹氏の作品は今までぼくが読んできたものとはかなり性質が異なるものでした。

"人間"がちゃんと描かれている、それがぼくの第一印象です。
次に、家族、暴力、性行為、非行、ドラッグ、警察権力、いじめ、不登校等のモチーフがめまぐるしい勢いで描かれてゆきます。
そして、その描写からは善悪や友敵が簡単には判断できない。つまり、正義の問題が常に流れています。
あまりの過激さに最初はちょっとびっくりしましたが、その過激な描写のおかげで家族の問題や社会問題にグッと接近している、真に迫ろうとしているような印象を受けました。

・ビリーバーズ 全2巻

これはオウム真理教の事件の記憶が少し題材として入ってそうな作品でした。
あらすじにもあるように閉鎖された空間でのディスコミュニケーションや崩壊が描かれていて、これはレッドへ受け継がれたものだなと感じました。
双眼鏡を巡って口論が白熱していく様子は、まさにレッドにあった連合赤軍の総括の描写にそっくりでした。
連合赤軍とオウムの関連性は、後述する大塚英志氏の著作内でも言及があり、今日の女性問題を考えるうえではこれもまた重要な参照点なのかもと思います。

・BLUE

レッドとはタイトル的に対になってる作品です(特に意味はないと思うけども)。
作中の性描写が問題で1992年に東京都の青少年保護育成条例により不健全図書の指定を受け、版元回収になったそうです。by wikipedia

短編集なんですが、ぼくが気になったのは「激しい王様」という作品で、これは永田洋子が好きだったという「明石の君」の物語を男女入れ替えたような作品なのだろうかとちょっと思いました(源氏物語を知らなさすぎるのでなんとも)。
あとは「ヒポクリストマトリーファズ」に出てくる、ありえない歴史のifルートを走馬灯のように見開き2ページで描くシーンには心打たれました。

とりあえずぼくは山本直樹氏のエロマンガが大好きになりました。

・ETV特集 アンコール「連合赤軍 終わりなき旅」

漫画を読んだあと色々興味が湧いたので動画サイトを漁り、この動画をどこだったか忘れたけど発見して視聴しました。
レッド界に出てくるイケメン岩木、のモデルであり当事者の植垣氏の顔と喋っている様子を見ることができました。
このひとが岩木か...と色々と思うところがありました...。

・[真相!昭和の事件史|テレビ朝日]「あさま山荘事件までの壮絶800日」

こちらはyoutubeにあがっていた動画を発見して視聴しました。
当時の情景を想像する力を養う分には役立ちましたが、漫画を読んだほうがずっと良いと思います。

・イベントとは直接的関係はないかもなんですが、ガンダムシリーズの生みの親である富野氏のロングインタビュー記事などを読み漁りました(5本ほど..)。

インタビュー記事がメディアに沢山掲載されている理由は、Gのレコンギスタというガンダムの新作劇場版(とはいってもTV版のリメイク)公開が控えているためです。
Gレコはリアルタイムで視聴したんですが、このイベントのようにサブカルと政治について真剣に考えるという文脈で、改めてGレコという作品の意味について振り返ってみたくなったのです。
wikipediaを開いて設定を眺めながらインタビュー記事を読んでみると、アニメを見ているときには気づかなかったことや意識しなかったことが多々ありました。(Gレコは未来の環境問題に対する課題感がとにかく強いですね..。それは環境問題の解決が資本主義の内部に取り込みにくいと富野氏が考えているからなのかなと想像しました。)

イベントでの議論を聞いていて、改めて70年代に起きた大きな社会変化と、それを経験した同時代作家がサブカル業界に進出し、輝かしい作品を生み出していったことの意味を強く意識するようになりました。
初代ガンダムもその時期に生み出されたものです。
ぼくがガンダムに興味を持ったのは平成ガンダム(いわゆるガンダムSEEDシリーズ)だったので、実は昔のガンダム作品はほとんど知らないんですよね。
ガンダムに関してはエクバシリーズの対戦ゲーム勢(チンパンジーのほうのいわゆるガンダム勢)ではあるんですが、過去作品をちゃんと見て考えるって経験をしたことがほとんどないです。
イベント動画を見て以来、もっと過去のガンダム作品をちゃんと見ようかなぁという気持ちになりました。 

・大塚英志氏の「彼女たち」の連合赤軍: サブカルチャーと戦後民主主義

連合赤軍事件を女性問題に着目して論じた内容は、レッドを読んだ後に読むととても面白かったです。
軽く衝撃的でやっぱり批評って凄いなと思いました。

この本では漫画と同じ台詞が引用されてたりもします。
どちらも引用元(生き証人、手記、インタビュー、裁判での記録etc..)が同じだからなんだろうなと思いました。

この本の1章はするっと読めるし頭にもよく入ってくるんですが、イベントで言及されていた通り、赤城と白根の差異が考慮されてないのはたしかにおかしいなと思いました。
白根は本当に可愛くて綺麗で、それこそ山本直樹氏の描いていたエロ漫画に出てくるような女性キャラです(可愛くて、綺麗で、儚げで、主体性がある)。
一方で、赤城は上述したように多様な描き方をされていて、どんな人かといわれると一言では言えない。そんな少し謎な女性キャラです。
そして、その差異こそが悲劇を生み、その謎こそが高橋留美子のるーみっくわーるどに代表されるような、女性が主体的で、女性が自らを性的客体化されることを忌避しておらず(性愛に対する理解が深いともいう?)、男女の性別が入れ替わったり、人間外の種族が出てきたりして、それでもみんなが幸せそうなあの空間を生んだのではないかと、イベント登壇者たちは言っているようにぼくには聞こえました。
まさかあさま山荘事件の話から、こんなところにまで話が繋がってくるとは思いもしませんでした。

しかも、大塚氏は永田洋子の前には婦人運動があり、その前には日本国憲法草案策定にあたって男女同権を書き込む事に成功したベアテ・シロタの存在があることを主張しますが、これも自分にとっては衝撃的でした(1945年のクリスマス、ポチりました)。
参照点を綿密に探していくと、そんなところにまでいくのかと思ったものです。

もう一つ面白かったのは、おたくという語源は実は70年代以後の男女同権が進む中での中流〜上流階層の女性同士の会話における、「おたくの〇〇さんは〜」というものから始まったのではという説もとても面白かったです(これはイベントのほうで言われていたことだったかな?)。岡田斗司夫はおたくの定義で第一世代おたくは貴族だ、と主張していましたがそこと確実に接続できそうな話だなと思います。

・永田洋子「十六の墓標」
はじめに、を読んだだけで論理性の高さがすぐに伝わってきた。

・安彦良和「革命とサブカル」

上記2冊はまだ読みきれていません。くぅぅ。
「スターウォーズep9」、「パラサイト 半地下の家族」、などの映画も同時期に視聴しましたが、前者は女性問題のひとつとして、後者は運営と制作の一致、あるいは等価交換の外部についての論考に関連して、示唆を受けるところが多くどちらも大変おもしろかったです。

2. 萌えの愚かさ

そもそもぼくがこのイベント動画やレッドに関心を持ったきっかけは、このイベントを宣伝する短い動画だったか生放送かなんかで、「やっぱり、萌えには問題がある」というような発言を耳にしたからです。

ぼくは2007年ごろから萌えアニメなどをきっかけにオタクカルチャーにハマっていった経験があるんですが、一方で当時の東さんの批評は大好きだったし、山本寛氏と東浩紀氏が一緒に作った作品(フラクタル)にも関心があったので、萌えについて手放しに肯定していいものなのかずっと懐疑がありました。

山本寛監督は制作しつつ批評もするというひとで、過去作品などをみればアイドルアニメだったり萌えアニメだったりも作っているんですが、いまはSNS上でどんどんオタク達(萌え系)との対立を深め、局地戦のような状態になっています。

同監督はWakeUpGirlsというアイドルアニメを始めた頃に、萌えには問題があると既に言及しており、ぼくはそこに共感を抱いていました。
その頃から萌え(を取り巻く事象、それは自分も含めて)の愚かさについてはずっと気になってはいましたが、2019年に京都アニメーションが凄惨な放火事件にあったことで、改めてこれは深刻な事態だなと強く意識するようになりました。

また、単に思想的な問題というよりも、ラノベコーナーや新作アニメのラインナップに単純に物足りなさを感じることも原因としてあります。次に制作される作品群を待っている客の身として、萌えを巡る議論がどこに着地するかに関心があるということです。

さらに、#MeToo闘争をはじめとしたフェミニズム系の男女同権を推進する女性たちとオタク達の間でのtwitter論争、萌えポスター事件などを巡るtwitter論争などなど、みていられないなと思うことがどんどん増えていったのもあります。

ちなみにぼくはストライクウィッチーズのアニメはかなり好き(もう少し硬派なスカイガールズはもっと好き)ですが、自衛隊がそれを広告ポスターに使うことには反対、という立場です。
(萌えが好きであると言っておかないと、萌えの愚かさと言ってもなにを問題視してるのか伝わらなさそうな気がしたので書いておきます。あとはギャルゲーも好きです。)

3. 永田洋子と高橋留美子

ここまで色々と記してきましたが、永田洋子の生きた人生と時代をググッと遡ってきて、いまは高橋留美子の作品が読みたくてたまらない状態になっています。
ぼくは小学生の頃に「犬夜叉」にどハマりしていて45巻くらいまではせっせと集めて読みふけっていたし、「らんま1/2」はアニメが大好きでよく見ていたんですが、「うる星やつら」に関してはほぼノータッチでした。
かごめとラムを比較したときに女性キャラとしての描かれ方が圧倒的にラムのほうが素晴らしいんだということであれば、もう読んでみるしかないなという気になっています。
(kindleでうる星やつら全34巻を買うと¥15,708ですが、今なら大人買いできちゃいますね笑)

ラムについてはキャラデザ以外さっぱりわかりませんが、ビューティフルドリーマーは名作アニメとのことで大学時代にレンタルDVDを借りて見たことがあったので、イベントでは新解釈(ラム=永田洋子)が聞けて大変興奮しました。

イベント後は、もう一度ビューティフルドリーマーを見返したいところです。

イベントでは、#MeTooなどの思想に関連してズーフィリアの話がでてたけどこれもめっちゃ面白かったので、「聖なるズー」は必ず読もうと思います。

『表の議論』
犬の主体性を認めていくならば、犬の性欲も認めていく必要がある。
犬の性欲を認めるならば、犬が自分に欲情してきた場合に、自由意志に基づいてこれを受け入れてあげなければいけない。
『裏の議論』
と、おもいきや、犬はしょせん臭いの強いものをかぎにいくだけなので、別にセックスしたいと思ってるわけじゃない。
犬の主体性を考えるといっても、性器を舐めにくる犬の主体性とは本当に性欲なのか。犬の真意は確認することもできない。
犬の成熟といっても、犬は人間と違って成熟に限界があるだろう。
では本当に『表の議論』は正しいのか?みたいなことをイベントでは話されていたような気がします。

そして、犬が求めてきたんだと主張する男性の台詞は、ご主人様の喜ぶことを動物として無意識的に実行してしまう犬の性質を利用した、男性の性欲発散であり、むしろ犬の主体性を奪うことではないかと上田氏は喝破したそうです(なにこの面白い話...)。
このズーフィリアを巡る議論の組まれ方とその罠は、あさま山荘での女性問題にはじまる総括や、#MeToo闘争などにもどこか繋がる部分がありそうだなと思います。

ということでこのイベントも参加することにしました。とにかく読まねば。

そんなところで、今日のイベントを迎えたいと思います。
コロナが怖いですね。

備考

レッドで題材にされているあさま山荘事件&山岳ベース事件は残虐かつ凄惨で非人道的な大量リンチ殺人事件です。
この記事はその前提のもとに書いています。


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