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佐倉駅とアイスクリーム

今世の中がなんとなく、ではなくハッキリと騒然としている。電車に乗っていつもと違って騒音が大きいなと思ってふと上を見上げたら窓が開いていた。そっか、車内の換気をしているんだと気付いた。

車内アナウンスでも「換気にご協力をお願いします。」と断って外の空気を取り入れている。3月の東京は季節としてはそれほど外気が不快になることはないと思うのだがファンを止めた後も「ご協力有難うございます。」と謝意を伝えるアナウンスが流れる。謝意を伝えるというよりやれることはやっているぞと念押しのアピールと寒くても文句を言うな、緊急事態だぞという上意下達の様に聞こえるのは自分がひねくれているからだろうか。それにしてもアナウンスする車掌さんも大変だなと一方では思う。

そんなことをアレコレ考えながら遠い小さい頃の記憶が蘇ってきた。長い間電車の窓はパチッと閉まっているのが当たり前になっていた。が、昔は特急列車といえども窓は自由に開けることが普通だったのである。

そんな時代、小学生の頃1ヶ月に1回父に連れられ東京のとある町の病院に通院していた時期がある。茨城の住んでいた町から国鉄に乗って東京に出てくる。その途中佐倉という江戸時代から栄えた町を通る。途中下車すらしたことのない町の佐倉駅、この駅を今でもよく覚えているのはある楽しみがあったからだ。留まっているわずか数分の間ホームで売るアイスクリーム🍨を買うのが楽しみだったのだ。駅に近付くとあらかじめ窓を開ける。駅が近付くにつれてソワソワしてくる。売り子さんならぬおじさんが早速離れた車両でアイスクリームを乗客に窓越しに渡している。遠く距離がある。そうなるとホームを発車するタイミングに間に合うかハラハラしながら買う。そんなちょっとしたスリルも味わいながらちゃんと間に合って手にしたカップをしっかり握り締めお釣りを父に渡す。ゆっくりホームを離れる列車。握り締めたカップの中身をほじりながら窓の景色を眺めるのがホントに楽しかった。

そんな時代だったのは昭和40年代。その後L特急だったかなんだか。鉄道の高速化に伴い安全のためだろうか、自由に窓を開けることが出来なくなった。開かずの窓越しの風景は列車の旅がなんだか点と点を結ぶだけのつながりになってしまった様で少し味気なく感じた。

着いた駅のホームで窓越しに駅弁や何やらを買う光景がいつの間にか見れられなくなってどのくらい経つのだろう。エアコンを通じて車内の温度を調節する。走る間に開けた窓から風を感じるなんてことは遠い昔の記憶にしかなかった。つい昨日までは。

時節柄緊張感を持たなければと思う一方、換気のためとはいえ窓を開けて外気を取り込む電車に乗ったおかげで文字通り古き良き時代の記憶が蘇った。

早く社会が、世界が落ち着きを取り戻すことを願いつつ。

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