見出し画像

アトピー考 その4 – 感情

アトピーについて考える。1つ目は身体の緊張とアトピーの関係について、2つ目は喘息とアトピーについて、3つめは体温について私見を書いた。

4回目の今回は感情について考えてみたい。

あまり書きたくないのだが小学校の頃はその外見、つまり皮膚の異常さからあだ名で呼ばれたことがある。ドドミイラとか干からびと言われたことがあった。クラスで言うのはごく少数派であり女の子から言われたことは幸いない。それでも何か口げんかなどになった際に同性の男の子から投げかけられた言葉は心を傷つけられるに十分であった。
幸い、本当に幸福と言うのはこういうことを言うのだろうか。中学に進級すると中高6年一貫教育の男子校に入った。カトリックのミッションスクールであり体育系でもまあまあ厳しい教育がなされていた。環境が変わったこともあり結構伸び伸びと生活出来た。異性がいない環境はある意味自分には恵まれていたのだと思う。(当時は物足りなかったが。)

アトピーは外見でそれと分かりやすいことが多い。それが本人の精神や感情に及ぼす影響は極めて大きい。その悪い影響が悪い連鎖となってますます症状が悪くなることが多い。

これはあくまで私見で何の証明も出来るものではなく全くの独断と偏見だが、、、アトピーの人は何かある種の感情に支配されている気がする。どんな感情か。最も多いのが怒りだ。自分がそうだった。社会に対する、会社に対する、職場に対する、周りに対する怒りを心の奥底に持っていた。世の中はこうあるべきだ。会社とは、、、人とは、、、その怒りの感情は結局翻って自分に返って来る。自分をがんじがらめに縛りつける。自分で自分を知らず知らずに拘束し窮屈にしている。その感情が身体の緊張となり体調にも悪影響をきたす。その悪循環にずっと苦しんで来た気がする。自分はこれこれあるべきだ。そんな思考が自分自身を縛ってにっちもさっちも行かなくなる。そんなところだろうか。

怒りの次に見えてくるものは何か。それは悲しみだ。怒りの矛先をどこに向けてもむなしい。結果として怒りの行き着く先が悲しみとなる。更にその先は何だろう。いずれにせよ行き場のない感情はどこかで何らかの形で断ち切る意思が要る。

アトピーの人には自分のその様な感情が共通して感じられることがままある。それは良いとか悪いとかではない。ある意味自然な成り行きに思える。怒りとか悲しみとかの負の感情を抱くことに対し嫌悪感を持ったり善悪の判断をしてもつまらない。意味がない。

では、どうすれば良いのか。ただあるがままに受け止めるしかない。ああ自分にはそんな気持ちがあったんだ。こんな感情が渦巻いていたんだ。例えて言えば、自分の身体から思いだけ幽体離脱して少し視点を高くし自分を見つめる。そんなイメージで自分を客観的に見つめ直す。謂わばそんな訓練(?)かトレーニングの様なものを少し取り入れてみてはどうだろう。トレーニングだから習慣にすれば良い。出来れば毎日少しの時間試してみるのが良い。上手くいかない日もあれば思いの他良く見えたり感じ取ったり出来る日もある。そうやって自分を他人を見る様に眺めてみる。自分を自分で冷静に見つめる客観性を鍛えていく。

そういったことを繰り返して行けばあだ名で呼ぶクラスメートのことや心ない言葉を投げつけた隣人にもそれなりの理由があったのかなと思える様になる。視点を変えていろんな角度から物事を見ることが出来る。

アトピーの人はその外見が故に周囲との関係で特別な感情を抱きやすいとここまで書いたがそれは自分の経験からである。逆にある種の感情がまずありきでアトピーになったと考えることは出来るだろうか。これも自分の独断と偏見であるが十分有り得ると思う。心が身体に及ぼす影響は計り知れない。自分が会ったアトピーの人は繊細であったり感性の鋭い人が多かった。細やかな気遣いの出来る人もいた。普段何とも感じないことに接しても心動かされる感性を持った人が多い様に見受けられる。ちょっと格好良く言えば時代の先取りをしている人々に見えるのだ。

仮に感性が鈍かったとしても感情が皮膚に及ぼす影響は誰にでもあると思う。ストレスで病状が悪化するのはその一例である。疲れを感じストレスを抱え感情的になって身体に出てくる。身体に影響が及ぶ。

話は戻って、独特の感性を持ったアトピーの人、それが自分が持つイメージである。良いとも悪いとも言えない。どんな場合でも特殊な能力を持った人はその人にしか分からない苦労や感情が出てくる。また逆にその人にしか分からない喜びや楽しみもある。

誰にも分からない感情を奥底にじっと抱えている。その秘めた想いを感じながら前へ進む。自分だけの役割やら目標やらを胸に前へ進む。その様に仮定したら考えられたとしたらこの病気にも新たな見方が提示出来るのではないだろうか。病気があることに対し矜恃を持つというか自負するというのはどうだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?