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アトピー考 その15 ー理解者・応援者

アトピーについて考える。1つ目は身体の緊張とアトピーの関係について、2つ目は喘息とアトピーについて、3つ目は体温について、4/5つ目は感情について、6/7つ目と前回の14回目に脱砂糖について、8つ目に求められる即効性とタイムラグについて、9つ目では身体を振り返る、体調を知る方法について、10回目は着る服について、11回目はお医者さんとの関係について、12回目はカミングアウトについて、13回目については呼吸について私見を書いた。

15回目の今回はアトピーホルダーの理解者や応援者について考えた。

たいていの病気もそうだが自分自身で病気を治せるなら単純で簡単で苦労はしない。

アトピーの場合は理解者や応援者が必要である。

29歳の頃に脱ステロイドすることを決めた。今から25年ほど前のことである。ある民間療法に頼った。

しばらくして皮膚の痒みが酷くなった。周りで気づいたのが散髪屋さんだった。「最近肌の荒れが酷くなったね。」と言われた。自分では自覚があまりなかった。それからしばらくして滲出液が皮膚から出始めた。それからは匂いも色も段々酷くなっていった。あの時の感覚は今思い出しても恐ろしい。皮膚が記憶しているかの様に軟膏を塗ったアトピー の酷かったところから滲出液が滲み出す。いったん治る。また出る。その繰り返しだった。しかもその過程で皮膚の奥にまだ表面に出てきていない黄色ブドウ球菌の塊が残っている感覚があるのである。

経験したことから言うと身体の中に蓄積された黄色ブドウ球菌の塊は周りの身体の細胞より比重がありより重い。腕に溜まったこの細菌は腕を振ると重みでわずかに重りを持たされた様な感覚を与えられる。痒みを感じるとき皮膚表面の痒みではなく皮膚のもっと奥の身体内部に痒みがあって皮膚を掻いても痒みに届かない感覚がある。まだまだ滲出液が後から後から出てくる予感が身体の感覚を通して感じられる。

そんな辛いとき周りにこの苦しみや辛さを理解してくれる近親者がいればとても助かる。苦しくとも耐えられると思う。

自分の場合は当時結婚していて上さんがその理解者であり応援者でもあった。10年ほど前に病気で上さんは亡くなった。しかし、今でも本当に上さんに感謝している。あのとき今の様に独りであったなら耐えきれなかっただろう、と。脱ステロイドとはそれほど辛く長い道のりであるとも言える。

家族でなくとも隣人や友人に理解してくれる人や応援してくれる人が1人でもいたら心強い。

中学時代のクラスメートで今まで付き合いのある親友(と自分では勝手に思っている)がそうだ。久しぶりに会っても顔を見てもアトピーのことについては何も触れない。酷い顔のときでも触れない。自分の方から言うと少し何か反応してくれる。
こういう対応は控え目ではあるが理解してくれていると思う。嬉しい。やはり心強い。

一般的な病気でもその他どんなときでも自分の理解者、応援してくれる近しい人。そんな人を1人でも持っていたらなんとかなる。身近で見守ってくれている。そんな存在が1人でもいればなんとかなる。なんとかやっていける。

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