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『白雪姫と七人の継母』第一話「雪見と継母」

あらすじ

平凡を絵に描いたような女子高校生、伊藤雪見には七人の継母がいる。雪見の母親の座(養子縁組)を巡って十年にわたって仁義なき戦いを飽きることなく繰り広げる継母達。しかしある日、継母達を震撼させる驚愕の事実が発覚するーー雪見に、好きな男がいる(らしい)

本文

 伊藤雪見(いとうゆきみ)には継母がいる。 実母の伊藤紅葉(いとうもみじ)は雪見を生んで間もなく亡くなった。もともと身体が弱かったらしい。一緒に映った写真もなければ、記憶もない。だから雪見にとって母といえば、継母だった。
 継母との思い出はたくさん、本当にたくさんある。
 幼稚園で作ったスイカの団扇は家に帰るなり継母に取り上げられた。小学校の絵画工作で描いた風景画は、継母にビリビリに破かれた。国語で書いた作文もたいがい同じ道をたどった。絵画コンクールで入賞した際にもらった賞状と記念品も行方不明になったままだ。唯一無事だったのは、拾ってきた野良猫ぐらいか(しかしそいつも継母のせいでメタボ気味である)
 読書感想文を書けば奪われ、日記を書けば盗み見された挙句紛失された。観察用のプチトマトは家に持ち帰った一週間後にどういうわけか腐ってしまった。ゴーヤもヒマワリもアサガオも同じような末路だった。全部継母の仕業だ。おかげで毎年の夏休みの宿題は散々だった。
 中でも一番の思い出は、小学二年生の時の授業参観だ。『わたしの家族』をテーマに書いた作文を読み上げる。実母を失くしたことを知っている担任は、雪見に他のテーマで書いていいと言ってくれた。しかし継母以上に強烈な存在を知らない雪見は、素直にそのことを書いて、同級生達とその保護者達の前で胸を張って披露した。
「わたしには八人のお母さんがいます」
 背中に継母達の視線を感じながら、雪見はよどみなく読み上げた。
「もみじお母さんはわたしを生んですぐに死んでしまいました。でも、ほかの七人のお母さんはいつも元気です。先しゅう、五ばん目のお母さんのさくらさんと学校からかえってきたら、四ばん目のお母さんのまゆみさんが、わたしにケーキを買ってくれました。でもわたしが虫ばになったら大へんだから二ばん目のお母さんのゆずさんがとりあげたら、まゆみさんがおこってけんかになりました。ケーキはぐちゃぐちゃになったので六ばんめのお母さんのすみれさんがすてました。かなしくて泣いていたら、一ばん目のお母さんのつばきさんが、あととりはたべものなんかにシューチャクしてはいけません、と言いました。よくわかりませんでした。三ばん目のお母さんのしいなさんがお夕はんのあとにないしょでクッキーをやいてくれました。おいしかったです」
「ちょっと」
 保護者の中でも一際若くて美人の真弓が、隣に立つ三番目の継母ーー椎奈を睨みつけた。
「あんたなに一人だけいいとこ取りしてんのよ」
「最初に甘やかしたのは真弓だろ? 誕生日でもないのに小学二年生の子に海外の高級ブランドチョコのホールケーキを買う奴があるか」
 ため息混じりにたしなめたのは、二番目の継母である柚子だった。
「旦那様の子にこれ以上、安物の味なんて覚えてほしくないの」
「あら、それは私に喧嘩を売っていると思っていいのかしら?」
 普段、白羽家の料理含む家事全般を担っている椎奈が、真弓に剣呑な眼差しを向ける。が、そこで言葉を濁したり、ましてや引き下がったりする真弓ではない。
「どう捉えるかはあなたの自由よ。でもいい加減、手作り至上主義からは卒業したら? 素人の手料理よりも美味しくて栄養のある料理はたくさんあるんだから。自己満足に付き合わされる雪見がかわいそう」
「よく言うわ。先月、雪見が焼いたホットケーキ一人で全部食べた癖に!」
「だって雪見のは美味しかったんだもの」
「よくもそんないけしゃあしゃあと……っ!」
「椎奈さん、さすがにここでは」
 掴みかかろうとした椎奈を、五番目の継母である桜が引き留める。これで収まるーーくらいなら、今まで争いの火種になった雪見の工作物も作文も、見るも無惨な姿にはならなかっただろう。雪見に関するものなら何でも奪い合うのだ。プチトマトにしてもそうだ。継母達がこぞって肥料や水を大量に投入したせいで根が腐ってダメになった。
 案の定、椎奈の怒りの矛先は、継母達の中で一番若い桜に向けられる。
「うるさいわね、この泥棒猫」
「だ、誰が泥棒猫ですって!?」
「あんた以外に誰がいるっていうの。旦那様の次は雪見を懐柔しようたって、そうはいかないわよ!」
 あ、もうダメだ。
 幼いなりに雪見は継母達のことをよく理解していた。彼女達はほんの少しでも他の継母よりも雪見に好かれたがっている。だからこうして事あるごとに張り合い、最終的には喧嘩になるのだ。
 呆然とする担任や同級生、保護者達をよそに、雪見の継母達は昼ドラばりの醜い女の戦いを繰り広げた。

 幼い雪見の後見人となった白羽家は、いわゆる成り上がりだった。
 下町の小さな工場を振り出しに、独自の技術を電子機器の分野に応用し、世界に通用する企業にまで発展した。スマートフォンなどの小型ハイテク機器は、シラハの技術力があってこそとも言われている。
 今では電子機器の分野にとどまらず、膨大な特許を抱えて多様な製品を開発し、地球規模で商売しているグローバル企業ーーになったとかなんとか。
 そんなシラハグループの本家、白羽家はややこしくて面倒極まりない家庭事情を抱えていた。
 かいつまんで説明すると白羽家の当主、白羽成政には妻の他に七人の愛人がいた。それぞれの馴れ初めはページ数の都合で割愛するが、当人曰くどの女性も「運命的な出会いを果たし、真実の愛によって結ばれた」らしい。
 そう何度も『運命的な出会い』があるのかどうかという問題はさておき、フィリピンならば姦通罪で禁錮六年は言い渡されそうな重度の不倫だ。しかしここは日本だった。おまけに成政は国内有数の企業だったシラハを、世界有数のシラハグループにまで躍進させた、いわば立志伝中の人だ。女性問題で失脚されてはシラハグループ全体に影響が及ぶ。かといって愛人をそのままにはしておけない。一番の問題は成政にいまだ子がいないこと。正直に言えば、白羽家としては子を生んでくれる女性は欲しい。しかし八人もいらない。多過ぎると後継者を選ぶ際に余計な火種を生んでしまうおそれがある。
 セオリー通り白羽家内で後継者を巡って骨肉の争いに発展するかと思いきや、意外な形で騒動に終止符が打たれた。
 七番目の愛人、紅葉が密かに女の子を生んでいたことが発覚したのだ。紅葉が亡くなって子どもは親戚に引き取られていたが、成政は喜んで我が子と認知し、自分の後継者と定めた。かくしてお家騒動はひとまず終息を迎えたのだったーー成政の奥様方を除いて。
 成政の子と認知されている雪見は現在、白羽家でたった一人の跡取りだ。父親は成政、実母の紅葉は亡くなっている。ぽっかり空いた雪見の母の座ーー後継者の母というポジションを見逃すほど間抜けな奥方は一人もいなかった。
 それまでは成政の寵愛を巡って大奥ばりの女の戦いを繰り広げていた正妻と愛人達。これを仮に第一次白羽家内戦とするならば、成政の唯一の嫡子である伊藤雪見を巡って今度は第二次白羽家内戦が勃発したのだ。
 伊藤雪見と養子縁組して母になるべく、七人の奥様方は各人の強みを活かした素敵な母親アピールに余念がない。もともと、面喰いな成政が妻もしくは愛人にと選んだ女性達だ。顔の造形は言うまでもない。各々女性としても一個人としても魅力に溢れているーーのだが。
 いかんせん、愛人をやっているだけあって自重や限度というものを知らない方々ばかりだった。そして争いごとを避けるという発想がない。愛は奪うものを地でいく。
 雪見の授業参観に他の奥様が参加できないようお互いに妨害工作するのは序ノ口。保護者会の出席を巡っては、奥様同士の殴り合いの喧嘩に発展した。運動会の親子二人三脚は奥様方で足を結ぶハチマキを奪いあっている間に、競技の時間が終わった。
 雛祭りには雛人形十五人揃いの七段飾りを七式用意され、雪見の寝る場所がなくなった。母の日に雪見が継母全員にカーネーションを贈ったら、花の大きさと色の濃さで張り合って口論になった。
 万事がこの調子だった。そして争いの被害を受けるのはいつも雪見だった。
 おとぎ話ならいつの日か白馬に乗った王子様が現れて解決してくれるのだが、これは現代日本で、雪見は白雪姫でもなんでもない、ただの平凡を絵に描いたような女の子だった。王子様一人が現れたぐらいであの継母達が大人しくなるとも思えない。

 これは、凡庸な雪見と、美人だけど本末転倒な白羽家の奥様方ーー白雪姫には程遠い女子と、ざんねんな継母七人の話である。

各話リンク

第二話:https://note.com/hiroshi_agata/n/nd724f101cedd

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