「鬼とオニ」〜「桃太郎」二次創作
紺碧に染まった海に、空豆のような形をした小さな島がぽっかりと浮かんでいます。
それが、鬼ヶ島と呼ばれる鬼の国でした。
昔々、鬼と人間は一緒に暮らしていました。ところが、ある日、鬼と人間との間で争いが起こりました。
人間に負けてしまった鬼たちは、手足を縄で縛られ、黒い布で目隠しをされ、漁船に詰め込まれました。
暗闇の中、海の様子は全くわかりません。ただ船を漕ぐぎいい、という櫂の音と、それに合わせてばしゃばしゃと海面に飛沫が上がる音しか聞こえないのです。
どんぶらこ、どんぶらこと揺られながら、鬼たちはぶるぶると身体を震わせていました。
どのくらい経ったのでしょうか。
鬼たちは、太陽の光を浴びて火傷しそうなほど熱せられた砂浜に放り出されました。そして、手足を縛られた身体を必死によじりながら、人間たちに許しを乞いました。
しかし、人間たちはそんな鬼達を尻目に、ふふん、と笑って島を後にしてしまったのです。
そんな鬼たちの中に、黄金色に輝く皮膚を持つものがいました。
アイスブルーの瞳が覗くアーモンド型の目を持つその鬼は、マンと呼ばれておりました。
ツノが生えていないマンは、仲間から人間のあいのこではないかと恐れられていました。
マンはひょろりとした身体をくねらせ、鋭い牙で、いち早く手足を硬く締め付けている縄を噛み切り、目隠しを外しました。
立ち上がったマンは言いました。
「みんな、諦めるな。この島を俺たちの手で楽しく暮らせる楽園にしようじゃないか」
太陽に照らされたマンの黄金色の身体はキラキラと輝き、アイスブルーの瞳は燃えるような光を灯しています。
果たして、鬼たちは一致団結して、島を耕すことにしました。
マンは人一倍働きました。黄金色の肌に浮かぶ汗の粒は陽光を反射し、まるでオレンジ色の宝石のように輝いています。
鬼たちはマンの指導の下、木の枝や草の蔓を使って家を建て、石を研いで槍を作り魚を捕らえ、火を起こしました。
こうして、仲間たちのマンに対する思いは、恐怖心から畏敬の念へと変わってゆきました。
マンはやがて、鬼の国の王様になり、それから百年の時が流れました。
未開の島が、すっかり鬼たちの街に変貌していました。
家々が立ち並び、道ができ、畑ができ、レンガでできた城壁が島の内側を囲んでいます。人間から自分たちを守るために半世紀の年月をかけて作り上げてきたものでした。
ある日のことでした。
空には墨汁を染み込ませた綿をちぎった様な雲が浮かび、紺碧の海はくすんでいました。仄暗い空間の彼方で時折、雷鳴が轟き、微かに海面を揺らしています。
城壁の南門に聳える見張り台に立っていた赤鬼が、ドタドタと大きな足音を響かせて、王の間に入ってきました。
「王様、大変でございます。オニです。オニが来ました!」
赤鬼は跪き、二本のツノが大理石でできた床に刺さってしまうのではないかと思うくらい頭を下げました。
大理石に血管のように張り巡らされた濃灰色のマーブル模様が奇妙に浮き出てみえます。
「それは大変だ!門の扉を厳重に閉めるのだ。断じて中に入れてはならん!」
マンの孫にあたるマン3世は、形の良いアーモンド型の目を見開き赤鬼に命じました。アイスブルーの瞳が稲光のように閃いています。
鬼ヶ島の城壁にある、東西南北四つの扉は全て閉められ厳重に鍵がかけられました。
「やあやあ、我こそは桃太郎。お前たちを征伐しにきたぞ」
南門の扉の向こうから割れんばかりの声が聞こえてきます。扉はビリビリと振動し、鬼たちはぶるぶると身体を震わせました。
自分たちをこの島に閉じ込めた、
オニと呼ばれる人間。その恐ろしさは、代々語り継がれてきてきたからです。
「だめだ、お前を中に入れることはできぬ」
見張り台に立つ赤鬼があらんかぎりの大声を張り上げます。しかしその声はかすれ、足はぶるぶると震えが止まりません。
「ならば力づくて入れてもらおう」
扉の錠前をガンガンと叩く音が聞こえてきました。
「くそ、乱暴なオニめが!」
赤鬼は舌打ちをしましたが、足の震えは止まらず、見張り台から一歩も動くことができません。
ガチャン!
錠前の壊れる音が赤鬼の鼓膜を震わせます。その振動が、見張り台にまで伝わってきます。赤鬼はその場にしゃがみ込んでしまいました。頭を伏せ、両手でツノを握りしめています。冷たい汗が、背中をとめどなく流れていきます。
ギギギギギィィィ、、、
大きな鉄の扉を押し開ける音が聞こえてきました。とうとう、桃太郎が門の中へ入ってきたのです。
桃太郎の身の丈は七尺あまり。額の真ん中に三つ目の目を持ち、その中に宿る漆黒の瞳は、ぬらぬらと湿り気を帯びたように淀んでいます。
口は耳元まで裂けるほどに大きく、両端から尖った牙が顎まで届きそうなくらい伸びています。
桃太郎は、右手に持つ大きな鉄の棒を振り上げました。それを合図に三匹の動物たちも門の中に入ってきました。
釣り上がった細い目と、鋼のような牙を持つ、漆黒の犬。ヤスリで毎日研いでいるかのような鋭い爪を光らせた、血塗られたような顔色の猿。そして、針のように鋭く尖った嘴と、極彩色の羽を持つキジ。
桃太郎が連れてきた三匹の動物に共通していたのは、瞳の奥に怪しい光を宿していたことです。
桃太郎と三匹は、広い道をまっすぐ、マン3世の住む屋敷に向かっていきました。
右往左往する鬼たちを、桃太郎は鉄の棒で殴り倒し、犬は鋼のような牙で噛みつき、猿はヤスリで研いだような爪で引っ掻き、キジは針のように尖った嘴で目を突きました。
犬の黒毛は逆立ち、猿の顔は返り血を受けさらに紅く染まり、キジの極彩色の羽は鬼の阿鼻叫喚に震えました。
三匹はただ夢現のような表情を浮かべ、鬼を襲い続けました。
王様の住む屋敷へと通じる大通りに、傷ついた鬼たちがうずくまっております。
普段は太陽の光を反射してキラキラと輝いている石畳も、鬼たちの鮮血でまるで鉛色の点描画。今日の空模様のようです。
三匹のお供を連れて王の間に入った桃太郎は目を丸くしました。
玉座の前では、黄金色の肌を持ち、頭にツノのないマン3世が仁王立ちになっていたからです。アイスブルーの瞳がじっとこちらを見据えています。
その傍には、二尺四方ほどの茶色い木箱が置かれており、中にはオレンジ色に光り輝く石が山のように積まれていました。
「桃太郎さま。私たちは、この島で慎ましく生活しております。なぜ、その生活を妨げようとなさるのですか」
「お前たちがこの島に集まり、人間によからぬことをしようと企んでいるからだ」
「めっそうもない。私たちは、人間様に迷惑などかけた覚えはありません」
「嘘をつくな。ではなぜ、この島にお前たちが集まっているのだ」
「冗談はおよしください。この島に私たちを封じ込めたのはあなた方人間ではありませんか」
「ははは。嘘もここまで来れば立派なものだ。ではこの光り輝く石はなんだ?大方、人間の住む街を襲って奪ってきたものだろう」
「違います。これは、この島の北の外れにある山で獲れるトパーズという宝石でございます。人間様の世界でもきっと高く取引されているでしょう。どうかこれを持ってお帰りください。そしてもう二度とここに足を踏み入れないでください」
桃太郎は首を傾げました。実はマン3世が嘘をついているように思えなかったからです。
握った左拳を顎の下に当てて、しばらく考えこんだのち、三つの目玉でマン3世を見据えて言いました。
「わかった。今日のところはこれで帰ることにしよう」
桃太郎は三つの目玉をぎょろりとさせて、お供たちに合図をしました。すると、三匹のお供は、トパーズが山積みになった木箱をうんこらしょと王の間から運び出していきました。
桃太郎と三匹のお供は、宝箱を乗せた船で島をあとにしました。空は相変わらずの鉛色で、ゴロゴロと雷鳴を轟かせています。
くすんだ紺碧の海に揺られ、船を漕いでいた桃太郎はその手を休め、鉛色の空を三つの目玉でぎょろりと睨みました。
そして、木箱から一握りのトパーズを取り出し、腰紐にくくりつけた麻袋の中に放り込みました。三匹のお供に与えたきびだんごが入っていた袋です。
すると、その瞬間、袋に入れたトパーズが一段と輝きを増しました。オレンジ色の光線が麻袋を貫いて、仄暗い空間を放射状に広がっていきます。
その時です。
耳をつんざくばかりの雷鳴が響きわたりました。紅に染まった稲妻の刃が鉛色の空を引き裂き、桃太郎たちが乗っていた船めがけて、一気に振り下ろされたのです。
船は粉々に砕け散り、木箱いっぱいに積まれたトパーズは飛び散ってしまいました。
すると、どうでしょう。
飛び散ったトパーズがひときわ輝きを増し、仄暗い空間は眩いばかりのオレンジ色の光に包まれました。
空を鉛色に彩っていた雷雲は瞬く間に姿を消し、顔を出した太陽がくすんでいた紺碧の海を燦々と照らしました。
凪いだ海が、目が眩むほどの輝きを帯び、まるで雲ひとつない青空と同化したようです。
そして、それはかつて、鬼ヶ島に楽園を作ったマンの瞳の色そのものでした。
※※※※※
【エピローグ】
「桃太郎のやつ、大丈夫かねえ」
お婆さんは、ひっつめた銀髪を撫でながら片手で煙草をぷかぷかとふかしていました。
十尺四方ほどの土間の中央には小さな囲炉裏があり、真っ白い灰に覆われた黒い炭が所々オレンジ色に発光して、バチバチと音をたてています。
「大丈夫じゃろう。あれだけ教育したんじゃからな」
お爺さんは、白く染まった顎ひげを撫でながらそう言いました。所々煤で汚れた筵の上に胡座をかいています。お爺さんは、欠けたお茶碗に徳利を傾け、なみなみとお酒を注ぎ、一気に煽りました。
「しかし、婆さんや。あのきびだんごに混ぜた薬草の効果はすごいねえ」
「爺さんのおかげだよ。山に芝刈りに行くって言ってこんなものを見つけてくるんだからねえ」
「じゃがもう用無しじゃ」
お爺さんはポツリとそう呟くと、傍に無造作に置かれた一輪の花を取り上げました。オレンジ色の花弁をひとつちぎり目を細めてまじまじと見つめています。
「しかし、こんなものが役に立つとはのう」
お爺さんはそう呟きながら、一輪の花を囲炉裏にポイと投げ入れました。
花弁が発光した炭の上に落ちパチパチと小さな音をたてて黒く変色していきます。
その時、ひときわ大きい雷鳴が轟き、ザーザーとバケツの水をひっくり返したような激しい雨が降り出しました。
「今夜は嵐になりそうじゃのう、婆さんや」
二人の六つの目玉に、オレンジ色の輝きに飲み込まれていく花弁の様子がいつまでも映っていました。
【了】
⭐️お仕事小説書いています⭐️
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