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私が店長になった理由

⭐️あらすじ

 全国に支店を持つ量販店「ラックスマート」本部でネットパトローラーの任についている立花理沙は、インターネット上の従業員による会社に対する誹謗中傷を取り締まるべく、日々、ノートパソコンの画面に向き合っている。SNSで会社を誹謗中傷する従業員の身許を割り出すのが理沙の任務であった。ところが、匿名による投稿が主となっているインターネット社会の中で、投稿主の身許を割り出すことは困難を極めた。

 そんなある日、理沙の仕事部屋に突然、悪魔が現れ、インターネット上の投稿主の身元を全て割り出すことのできるというノートパソコンを置いていく。理沙は半信半疑でそのパソコンの電源を入れ、画面を立ち上げようとするが、、、

 ※※※※※※※


【プロローグ】

 パチパチとパソコンのキーを規則正しく打ち込む音が室内に響く。六畳の寝室には、シングルベッドと、クローゼット、そして簡素な作りの木製のデスクと石油ストーブ。そのほかには何もない。
 石油ストーブの火が赤々と燃えている。部屋は暖かいはずだが、室内の殺風景さが温度を幾分下げているようだ。
 キーを叩く音が止んだ。デスクに向かっていた女は、かけていた茶色い細フレームのオーバルメガネを外した。
 卓上の蛍光灯に照らされた女の顔は青白く、頬が痩け、輪郭がぼやけている。痩せた体を包んでいるベージュのナイトガウンの袖口から覗く指は細長く、くるぶしが異様に大きく見えた。蛍光灯の側には、小さな本棚があり、文庫本が何冊か並んでいる。
 テレビもない部屋は恐ろしいほどの静寂に満ちていた。時折、雪道を滑らせる車のスタッドレスタイヤの音が、キュルキュルと響く。
 女は本棚の前に立てかけてある写真立てを手に取った。蛍光灯が細長い皺だらけの指を照らす。フレームに収められた写真には、若い男女の姿が映っていた。しばらくの間、女はじっと写真を見つめていた。
 女が吐き出した小さなため息が、白く濁る。諦めたように、写真立てを元の場所に戻した。そして、机の引き出しを開け、小さな桐の箱を取り出した。蓋を開けると、中には女の細い指にはもうサイズが大きすぎる指輪と、コンサートチケットが二枚入っている。
 女はしわくちゃですでに色褪せたコンサートチケットを手に取った。俯いた女の身体が小刻みに震えている。チケットが色褪せているのは、それだけの時間が経過しているというだけではないようだ。女はしわを伸ばすようにチケットの表面を手のひらで丹念に撫でた。そしてゆっくりとした動作で木箱に戻し、机の引き出しにしまった。
 女はガウンの袖で涙を拭い、眼鏡をかけた。そしてパソコンの画面と向き合い、再びパチパチとキーを叩き始めた。

 ※※※※※※※※

 【きっかけ】

 中央線「Y駅」のホームに降り立つと、冷たい風が頬を撫でた。ひゅうひゅうと、空気を引き裂く風の音が鼓膜を震わせる。立花理沙は、ぶるっと身震いして、黒いカシミヤのコートの襟を立てた。慌ててショルダーバッグの金具を捻って、中からボアのついた黒い革手袋を出す。
 数えきれぬほどの乗客を吐き出し、電車は走り去っていった。車輪が線路を軋ませる不快な音が響く。枕木には所々、雪が付着していた。
 昨日の昼過ぎから降り始めた雪は、夜遅くから雨に変わった。冷たい雨は、うっすらと似合わない雪化粧を施した街を、急速に元に戻していった。
 改札を出てスクランブル交差点を渡る。理沙は反射的に横断歩道の白い線を避けるように大股で歩いた。
 大通りを行き交う人の群れが吐き出す息が、空間を白く濁らせる。皆、肩をすぼめて前屈みの姿勢で、向かい風をやり過ごすように歩いていた。
 天候の影響で乱れたダイヤのせいで、三十分ほど遅れている。大通りを急ぎ足で勤務先に向かった。街路樹の根元にはまだちらほらと雪が残っている。
 東京に住む人にとって雪は極めてイレギュラーな存在なのだろうが、物心ついた頃から雪と共に生きてきた理沙にとっては、仄かに懐かしさを感じる存在であった。

 ※※※※※※※※

   理沙が生まれ育ったところは、本州の北端に位置する雪深い街だった。十一月中旬くらいから断続的に降り続ける雪は街をモノトーンの色彩に変えていく。空は厚い雪雲に覆われ、太陽はその役割を忘れたかのように忽然と姿を消した。
 理沙がまだ四歳のころだ。母親に連れられ、近所にある量販店「ラックスマート」に買い物に出かけた。母親と一緒に食料品の買い物を済ませ、レジでお会計を終えた後のことだった。

「あら、いけない、トイレットペーパーを買い忘れちゃったわ。理沙、悪いけど、ここに座ってちょっと待っててくれる?」

 母親はレジのサッカー台の後ろに設置されていた休憩用のベンチに理沙を座らせ、その横に食料品がぎっしりと詰まったビニール袋を置いた。

「ママあ、すぐ戻ってきてね」

「トイレットペーパー買ったらすぐに戻ってくるから。ごめんね」

 母親は理沙の前にしゃがみ込んで、目を細めて微笑んだ。手のひらを理沙の頭に乗せて、さらさらの髪の毛を撫でる。そして立ち上がった母親は、理沙のもとを離れ、日用品売り場へと向かっていった。
 理沙はずっと母親の背中を目で追っていたが、やがて見えなくなった。いつも一緒に出かける茶色いクマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、母親が戻ってくるのを待った。
 でも、いつまでたっても母親は戻ってこない。理沙はだんだんと不安になってきた。時々鼓膜を震わせる店内アナウンスや、威勢の良い呼び込みの声に身体をびくつかせながら、抱きしめているクマのぬいぐるみに頭を埋めた。手のひらにだんだん力が入って、爪がクマの背中に食い込んでいく。
 それはおそらくそんなに長い時間ではなかったはずだが、理沙にとっては永遠に近い時間のように思えたはずだ。

「早く、戻ってきてって、お願いしたのに、、、」

 俯いて、ポロポロと涙を流し始めた。落ちた雫が、ぬいぐるみの身体にしみ込んでいく。自分が泣いている、っていうのが分かると、ますます涙が止まらなくなった。いつのまにか、わんわんと大声で泣いていた。

 その時だった。

「お嬢ちゃん、どうしたの?」

 理沙が顔を上げると、そこに「ラックスマート」の制服を着た若いお姉さんが立っていた。左胸に付けられた名札には、ひらがなで「きむら」と書かれていた。

「ママ、トイレットペーパー買いに行って、戻ってこないの」

 きむらという名の女性店員は、両腕を膝につけて身をかがめ、理沙に顔を近づけた。形のよいアーモンド型の目に、ダークブラウンの瞳が覗く。身をかがめた時にウェーブのかかった黒髪がふわりと揺れ、シャンプーの匂いがした。

「そっかあ。お母さんきっと、何を買おうかって悩んでるんじゃないかな」

 ダークブラウンの瞳がキラキラと輝いている。まるでお星様みたいだ、と理沙は思った。

「そうだ。お姉さんがここで一緒に待ってあげる。それなら心細くないでしょ」

 きむらという名前の女性店員はそう言うと、理沙の隣に腰を下ろし、いろいろと話しかけてきた。

「いくつなの?」
「どこからきたの?」
「そのクマさん、かわいいね、名前、なんて言うの?」

 人見知りの強い理沙は、お姉さんに何を聞かれても、答えることができなかった。でも、お姉さんはそんなことは気にもかけていないようだった。理沙は、無言のまま、お姉さんの顔をじっと見つめていた。いつのまにか涙は乾いていた。
 そして、その後、理沙の記憶にいつまでも残っていたのは、その、きむらという女性店員のお星様のようにキラキラと輝いていたダークブラウンの瞳と、ウェーブのかかった黒髪から漂ってきたシャンプーの匂いだった。
 しばらくすると、母親が戻ってきた。そして、きむらお姉さんは、

「お母さん戻ってきて、良かったね」

って、一言言い残して、風のようにその場からいなくなってしまった。
 あれからもう三十年年近く経つが、あの時のお姉さんのような素敵な笑顔を、理沙は見たことがなかった。いつまでも記憶に残り続けた、お姉さんの笑顔。
 理沙はいつの日からか、「ラックスマート」で働きたい、と思うようになった。そして、その思いは、理沙が大学四年生になって、就職活動をする時期まで続いた。

 ※※※※※

 【社内安全管理局】

   理沙が所属している部署は、「ラックスマート」本部ビル最上階にあたる十階にあった。エレベーターで十階まで上がり、一番奥に位置する自分の仕事部屋まで、チリ一つ落ちていないグレーの絨毯じきのフロアをゆっくり歩く。

(都会の真ん中にそびえ立つ細長いビルのフロアしては長い廊下だ)

 理沙は出勤するたびにそう思う。部屋の前まで来ると、入り口のドアに設置されているモニターに社員証をかざす。数秒後、、

「オハヨウゴザイマス、リササン、
ドウゾ、オハイリクダサイ」

 という音声が流れ、自動ドアが開く。ドアは磨りガラス状になっていて外から中は見えない。その先には赤い絨毯じきの廊下が伸びており、左右に五つずつの個室がある。鉄でできたグレーの個室の扉中央には、三桁の部屋番号が記されたプレートがついている。
 理沙の部屋番号は「105」だ。自分の部屋の前に立ち、LEDライトに照らされピカピカに輝いているシルバーのドアノブの上に開けられた溝に、社員証を差し込む。
 ピピピ、、無機質な電子音と同時に、ガチャリと電気錠が解除される音が響く。理沙はドアノブを回して部屋に入った。
 理沙の所属する「社内安全管理局」のメンバー十人には、全員、専用の仕事部屋が与えられている。部屋には当人以外、入室できないシステムになっており、セキュリティは万全だ。
 四畳半ほどのスペースがある仕事部屋には、机とソファ、細長いクローゼット、それから、飲み物を入れるための小さな冷蔵庫が設置されている。
 ベージュ色の壁に囲まれ、入り口の向かい側に設置されている大きな窓からは優しい陽の光が差す。カーテンの色もベージュに統一されていた。
 そんな落ち着いた部屋の中でひときわ目を惹くのが、机の上に鎮座している真紅のノートパソコンだ。
 理沙は、部屋に入ると、クローゼットを開け、ジャケットをハンガーにかけた。冷蔵庫からミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出し、喉を潤す。電車内の効きすぎた空調のせいで、喉がカラカラに乾いていた。
 ペットボトルのキャップを閉め、飲みかけのミネラルウォーターを冷蔵庫にしまう。そして、栗色の髪の毛を後ろで束ねているヘアゴムを外した。肩まで伸びた頭髪が解放されたように、ふわりと広がっていく。
 立ったまま真紅のノートパソコンに向かい、ディスプレイを開け、電源を入れた。体の向きを変え、朝の陽光が差し込む窓辺に向かう。窓の外に見えるのは隣のビルの壁だけだ。
(何て殺風景な眺めなんだろう。)
理沙は毎日のようにそう思う。日の光がビルの壁に濃い陰影を作っていた。整然と並んだガラス窓が陽光を反射している。その眩しさに思わず目を細めた。
 理沙はブラインドを下ろした。陽光が遮断され、室内の明かりが画一化されていく。そこでやっと椅子に腰掛け、パソコンのディスプレイと向き合った。
 数秒後、真っ黒なディスプレイの中央部分に、まるで血に染まったような、真っ赤な手形が現れた。それは、ペタペタペタペタと、増殖し、ディスプレイを埋め尽くして行く。そして、真っ黒なディスプレイが真っ赤なディスプレイに変わると、真ん中に四角い窓枠が現れた。窓枠は、黄金色に塗りつぶされており、その横に「検索」という白抜きの文字。
 理沙はその黄金色の窓枠に、「ラックスマート」と打ち込んで、検索という文字をマウスでクリックする。一日の仕事のスタートだ。

「はあ、、この気味の悪いディスプレイだけは、どうにもこうにも慣れないわ」

 理沙はため息をつく。そして、キーボードの右下に貼り付けられた黄金色のステッカーをちらりと見た。そこには、赤文字で、「悪魔商会」と書かれていた。

 ※※※※※※  

 【ラックスマート】

   「ラックスマート」は、食料品から衣料品、住まいの品までを取り扱う量販店だ。支店は全国に二百店舗あまり。従業員数は約四万人にのぼる。収益額は業界内でトップ。しかし、飛ぶ鳥を落とす勢いとまでいわれた「ラックスマート」の業績も、バブル崩壊後、徐々に右肩下がりになっていった。
 従業員の新規採用も徐々に減少。それに伴い、従業員一人当たりに課せられる業務はどんどん過酷になっていった。
 労働環境の悪化は、従業員の不満を増幅させた。安い賃金で過酷な労働。我慢の限界を超えたパート、アルバイトの離職率は飛躍的に上昇した。
 離職したパート、アルバイトの穴埋めをするため、各店舗で採用をかけても、すでに安い賃金でボロ雑巾のように働かされるという悪い噂は、巷を駆け巡っており、新規採用は困難を極めた。
 会社に対する不平不満で溢れかえる現場のモラルは低下し、どんよりとした空気が現場を常に覆っていた。
 もちろん、従業員全員が、不満たらたらで働いていたわけではない。販売が好きで、満足して働いている従業員も確かに存在した。しかし、一部の、【モラルが著しく低下した従業員がいる】ことで、現場の雰囲気は悪化の一途を辿った。
 やむなく、本社「社内安全管理局」は、モラルの低い従業員(つまり、会社に対する不平不満を同僚、あるいは社外の人間に声高に鳴らすような)の摘発に乗り出した。
 全支店のバックルームの壁に一枚のポスターが貼られた。少女アニメから飛び出してきたような可愛い女の子がラックスマートの制服を着て、腕組みをしている。女の子は細い眼を吊り上げ、眉間にシワを寄せて、見るものを睨みつけているようだ。女の子の口からは、吹き出しで、「会社の風土、乱さないで!」という文字が踊る。
 その女性キャラクターの名前は、ミツコさん。ミツコとは、【密告、通報、告発】の頭文字をつなげたものだ。
 そして、ポスターの下部には、社内安全管理局宛の、メールアドレスが赤文字で表示されている。その上には、【会社に対する悪口を言っている従業員を見つけたら即、連絡を!】と書かれていた。全従業員から非難を浴びることとなった、内部告発専用メール、通称、ミツコメールのスタートであった。ミツコメールで告発された従業員は、社内安全管理局から厳しい取り調べを受けた。
 しかしながら、その多くは、気に入らない同僚、上司を陥れようとする、嘘偽りの内部告発であった。匿名による内部告発を是とした、このミツコメールは従業員の強い反発を受け、結局、半年後には閉鎖される。
 しかし、その後も、会社に対しての、不平不満、暴言を声高に謳う従業員は後を絶たない。そして、その方法は、SNSの台頭により、ネット中心によるものとなっていった。フェイスブック、ツイッター、その他ネットの掲示板には、ラックスマートの従業員による、ラックスマートに対する誹謗中傷の嵐が吹き荒れていた。
 特にパートさんの匿名による書き込みは激しく、ネット上の至る所で炎上していた。そして、ネット上の不平不満が、後押ししたのか、とある大手新聞社が調査した、【ブラック企業ランキング】の上位にラックスマートがランクインしたのが、今から二年前の話だ。
 業を煮やした本部「社内安全管理局」は、ネット上で会社に対して誹謗中傷する者の摘発に、再度、乗り出したのである。

 ※※※※※※※

 【L N P】

    理沙は、検索窓に「ラックスマート」と入力して、検索の文字をクリックする。数秒後、画面には、検索結果、百二十五件、という文字が現れた。理沙は大きなため息をついた。

「はあ、、
やっぱり、予想通り、尋常でない件数だわ、、」

 社内安全管理局は、部内のメンバーの中から、ネット上に溢れる「ラックスマート」に対する誹謗中傷を取り締まる専任者を選んだ。「ラックスマートネットパトローラー」、通称LNPと呼ばれる専任者は、至る所に書き込まれている「ラックスマート」に対する誹謗中傷をくまなくチェックする。
 フェイスブック、ツイッター、2ちゃんねる、他、様々なネット掲示板。しかし、そのほとんどが匿名、あるいは、本名とはかけ離れたハンネによる書き込みのため、投稿者の身元を割り出すことは実に困難であった。
 それでも、書き込まれている内容を細部までチェックし、可能な限り投稿者の所属店、本名を割り出していく。その作業は、地道で忍耐のいる作業であった。
 そして、なにより、「ラックスマート」をこよなく愛している従業員、愛社精神旺盛な従業員にしか、到底、務められぬ業務であった。
 理沙は、その初代LNPに任命された。「ラックスマート」に対する【溢れんばかりの愛社精神】が買われての任命である。
 LNPの業務内容は、まず、全国から発信されるあらゆるSNS、ネット掲示板をチェックし、従業員による誹謗中傷を見つけた場合、その出どころを徹底的に調べる。
 たとえ匿名であっても、その書き込み内容を吟味すれば、大体のあたりはつけられるものだ。時には、支店に連絡を取り、書き込みに対して裏を取ることもある。
 そして、書き込み主の身元が割れた場合、所属店とフルネームをリスト化。いわゆるブラックリストを作成して、人事部に流す。ここまでがLNPの仕事だ。
 そこから後は人事部の仕事となる。ブラックリストに載せられた従業員は、処罰の対象になるか、白黒はっきりしない場合でも、半永久的に【要注意人物】として、人事部から徹底的にマークされる。

 ※※※※※

 【匿名という名の暴力】

 昨日、首都圏を大雪が襲った。夕方以降、積雪になるという天気予報は、事前に発信されており、交通機関が大幅に乱れることは周知の事実であった。
 行政が、「仕事をしている人も早めの帰宅を!」と呼びかける中、「ラックスマート」は、全店、通常通り夜十時まで営業する旨を、全支店に通達した。
 雪が降ろうが、槍が降ろうが、たとえ、ミサイルを落とされようが、「それでも足を運んでいただけるお客様のため」に、営業時間は絶対に短縮しない。
 それが、お客様第一主義を掲げる「ラックスマート」の基本理念だ。首都圏の「ラックスマート」全支店が、しんしんと雪が降り続ける夕方以降も、ほとんど客がいないという状況の中で、粛々と営業を続けたのである。

 「電車が遅れたせいで、家に着いたら、日付が変わってた!やってらんねー!」

「ほんとほんと、競合のスーパーは、臨時で閉店時間、繰り上げてた。十時までやってた店なんて、コンビニとウチだけ。しかも、夜の客なんて、いやしない。どんだけ、ムダなんだよ!」

「客と従業員とどっちが大事なんだよ!マジ、ムカつく!」

「電車止まって家に帰れなくなっちゃってさ、店長に相談したら、店に泊まれって。布団もベッドもないところで、何が好きでこんなくそみたいなところで寝泊まりしなきゃなんねえんだよ。夜勤手当てよこせよな(笑)」

「慣れない雪道で、滑っちゃって、、、病院行ったら、捻挫だって。しかも、労災にしてくれって、言ったら、店長なんて言ったと思う?まったく、迷惑だ!個人の不注意で労災を要求するんだからな!だって!誰?あんなの店長にしたの!マジ、やめちまえ、って話!」

「今日、早番だったのにさ、マネージャーが、お前、家が近いんだから、閉店までいてくれって。はあ、何言ってんの!最初から遅番にしとけって話!はあ、また、十三時間勤務かくてー!」

「さすが、ブラック!」

「あはは、それな!」

 理沙のマウスを持つ手がぷるぷると震えてくる。全身に鳥肌がたつ。

「し、し、信じられない!お客様のために、閉店まで働くのなんて、当たり前じゃない!それが小売業の宿命でしょ!なんなの、この人たち。マジ、信じられない!」

 画面に向かって吐き捨てるように理沙は叫んだ。完全個室で一日中仕事をしているといつのまにか独り言が増える。

 ※※※※※※※

 【悪魔が来たりて大いに語る】

 理沙はこの真紅のノートパソコンを手に入れた日のことを思い出していた。LNP(ラックスマートネットパトローラー)として働くようになって、改めて、会社に対して不平不満を持つ従業員がいかに多く存在するか、ということを切実に感じた理沙は、粛々と自分に課せられた任務を遂行していった。
 しかしながら、ネットに書き込まれる会社に対する不平不満は、ほとんど匿名によるもの。いかに、文面の内容からある程度の予測は立てられたとしても、すべての書き込み主の身元を割り出すことは土台、不可能な話であった。

「卑怯者!」

 何度、同じ言葉をディスプレイに向かって叫んだことだろう。理沙は、匿名でネットに会社の悪口を書き込む従業員を、心底、軽蔑した。
 理沙は会社を愛していた。商売というものの面白さを「ラックスマート」は教えてくれた。接客の素晴らしさを「ラックスマート」は教えてくれた。そして、眼をつぶると、今でも、四歳の時に出会った、「ラックスマート」で働くお姉さんの笑顔が脳内に浮かんでくる。お星様のようにキラキラと輝いていたダークブラウンの瞳とシャンプーの匂い。
 三十年近くの時を経て、そのお姉さんの笑顔は、良い方向へデフォルメされた記憶となり、「ラックスマート」という会社のイメージと重なっていった。理沙には分からない。

(どうして、こんな素晴らしい会社なのに、、一体、何の不満があるのか?匿名で、自分の会社を貶して、何が楽しいのか?
ネットに匿名で書き込みをするような輩は、私が絶対に許さない。)

 理沙は使命感に燃えていた。しかし、匿名による誹謗中傷は後を絶たず、その書き込み主の多くは、身元が割れないままであった。

(何とかして、止めたい。こんな非常識なことをする連中に、罰を与えたい。でも、、匿名の身元を特定する方法はないの?匿名でネットに酷いことを書き込むような卑怯者に罰を与える方法はないの?こいつらに、罰を与えるためなら、、、)

「悪魔に、魂を売っても、構わないわ!」

その時だった。

「呼んだか?」

背後でしゃがれた男の声がした。びくっ、理沙の身体が固まった。

(この部屋には私一人しかいないはずなのに、、 そんな、後ろに誰かいる、、、)

 理沙は固まったまま、後ろを振り向くことができなかった。

「おい、、無視すんなよ!
呼んだだろ、俺のこと」

 男のしゃがれ声が再び鼓膜を震わせる。理沙は、恐る恐る、後ろを振り向いた。

「ひいいっっ!!」

 そこには、確かに本物の悪魔が立っていた。針金のように細い身体は影のように黒い。耳元まで裂けた大きな口からは二本の鋭い牙。吊り上がったダイヤ型の両眼。その中に覗くルビーのような真っ赤な瞳。曲がりくねった長い尻尾。右手には矢印の形をした真っ黒い槍のようなものを携えている。

 「な、なによ、あんた、いったい誰?
どうやってここに入ってきたのよ!いったい、私に何の用なのよ!悪魔のくせに、どうして人間の言葉を喋ってるのよ!」

 悪魔は、首を傾げ、瞬きを数回繰り返した。

「質問は、一つずつしてくれないかな。だから、俺は悪魔だ。マジ本物。正真正銘のな。悪魔だから、この部屋に入ることなど容易いことだ。何の用かって?それは、お前が俺を必要としているみたいだからわざわざ、こうして現れてやったんだ。人間の言葉をしゃべるのは当たり前だ。なにしろ、【昔は俺も人間だったんだからな】」

「あ、、あれは冗談よ!
私の魂は、あんたなんかにあげないわよ!」

 悪魔は大きな口を開け、ゲラゲラと笑い出した。はみ出した大きな牙が照明の灯を受け閃いている。

「人間の魂を奪うのは昔の悪魔がやっていたことだ。二十一世紀の悪魔はそんな野蛮なことはしない」

「じゃあ、何しにきたのよ!」

「まあ、慌てるな。しかし、殺風景なところだな。こんなところに一日中いたら、頭おかしくなっちまうぜ」

 悪魔はそういうと、のっそりと小型冷蔵庫に近付き、しゃがみこんで扉を開けた。

 「ちょっと、あんた、人の冷蔵庫勝手に開けないでよ」

 「お前の冷蔵庫じゃなくて、会社の冷蔵庫だろ。人間界ってところは、ほんと、埃っぽくて嫌になるぜ。すぐに喉が渇いちまう」

 悪魔は冷蔵庫から、理沙の飲みかけのミネラルウォーターが入ったペットボトルを取り出し、キャップを捻った。

 「ち、、ちょっと、私のミネラルウォーター、勝手に飲まないでよ」

 「まあ、そうかたいこというな」

 悪魔はペットボトルを大きく傾けて、ミネラルウォーターをゴクゴクと一気に飲み干してしまった。そして、ゲフッと、ゲップをした。姿形はまったく悪魔然としていたが、仕草はまるっきり人間そのものだ。背丈も理沙と大して変わらない。

 「ところで、お前、雪国の出身だろう?」

 「なんで、そんなこと知ってんのよ」

 「横断歩道を渡る時は、白い部分は避けて歩け、、、、横断歩道の白い部分はどうしてあんなに滑るのか、、お前、知ってるか?」

 「は?突然何言ってんの?あんた」

 悪魔は腕を組んで天井を見上げた。そして、俯いて深いため息をついた。

 「あれは、桜が満開の日だった。街はゴールデンウィーク真っ只中で浮かれていた。しかし、季節外れの寒波が襲った、、、」

 「ちょっと、私、忙しいんですけど、、」

 悪魔は突然、もともと釣り上がった両目をさらに吊り上げた。ルビーのような深紅の瞳が理沙を睨む。

 「まあ、聞け。昼過ぎから気温がぐんぐん下がり、雪が舞い始めた。風が強まりそして吹雪になった。雪を乗せた冷たい風が、桜の花弁を蹴散らす。風の色は白とピンクに二分された。まさに絶景だった。しかし、それは俺にとっては絶望の景色だったのさ」

 そこまで一気に喋ると悪魔はまた、ゲフッとゲップをした。

 「季節外れの雪はしかし長続きしなかった。夜半過ぎには冷たい雨に変わった。雪は積もることなく、花弁をむしり取られた桜の木にとっては、運悪く出会った通り魔のような存在になってしまった、、」

 理沙は故郷の風景を思った。雪国の春は遅く、桜の咲く頃、世間はゴールデンウィークだった。桜の咲く頃といっても、長い冬の名残が色濃く残っていて、夜桜見物には、コートやマフラーが必須だった、、、

「昔、人間と悪魔は常に対立していた。しかし、時代は変わった。今、俺たち悪魔は人間との共存を望んでいる。共存共栄。実に響きの良い言葉だ。人間にできないことを俺たち悪魔が代わりにやってやる。人間から感謝されることが今の俺たちに必要なことなのだ。不名誉な過去を清算するためにな。わかるか?」

 悪魔は早口でそう捲し立てると、ゲフッともう一度ゲップをした。

「じゃあ、私に何をしてくれるって言うのよ」

「お前の望みを叶えてあげようってことさ」

 悪魔は、その言葉を発するや否や、持っていた黒い槍を天にかざした。槍の先が悪魔の持つ瞳のように真っ赤に輝き、迸る深紅の光が放射線状に広がる。そして、眩い光が宿った槍先を、理沙のノートパソコンに向けた。

「ちょ、ちょっと、、何すんのよ!」

 理沙が叫ぶ間も無く、黒いボディのノートパソコンは、真紅の光に包まれ、真っ赤なボディのノートパソコンに形を変えていった。

「ちょ、ちょっと、、何なのよ。あれは会社のパソコンなのよ!なに、何なのよ、この趣味の悪い色のパソコン。私のノートパソコン、返しなさいよ!」

「まあ、そう慌てるな。この部屋はお前しか入室できないんだろ。他の奴に見られる心配はないわけだ。安心しろ。中身は、お前の使っていたパソコンとほとんど変わらない。今まで通り、社内の情報は閲覧できるし、社内メールも送ることができる。変わったところは一点だけだ」

「一点だけ?」

「そうだ。このパソコンの中にある検索システムは、【匿名の投稿主、書き込み主の身元を全て割り出す。本名、勤務店舗、社員I.D.まで全てな】」

「そ、そんなこと、できるわけないじゃない!」

「嘘だと思うのなら使ってみることだ。俺たち二十一世紀の悪魔に不可能はない。まあ、上手く使え」

 悪魔はそれだけ言い残すと、再び、持っていた槍を天にかざした。ゲフッと再びゲップをする。全身が槍先から迸る真紅の光に包まれた。そしてたちまち悪魔の姿は煙のようにふっと消えていった。

 理沙は、しばらく呆然としていた。
頭の中は真っ白だった。

(これ、、夢なの?)

理沙は、自分の頬を、思い切りつねってみた。

「い、、いてててて、、」

 理沙は机の前に座りなおし、真紅のノートパソコンのディスプレイを起こした。そして、恐る恐る、電源ボタンを押した。理沙と悪魔パソコンとの付き合いはこうして幕を開けた。

 ※※※※※※※

【雪国のとある主婦のブログ】

   大雪が首都圏を襲った翌日。百二十五件という途方もない件数の「ラックスマート」に対する誹謗中傷。理沙は全ての書き込みを、人事部に流すためにリスト化してゆく。悪魔から譲り受けたこの真紅のパソコンは、匿名の書き込みも全て、本名に変換してくれる。理沙のストレスは幾分か解消されることとなった。

「こんな奴ら、みんな辞めさせちゃえばいいのよ」

(「ラックスマート」に対して反抗的な従業員は、全部辞めさせて、【愛社精神に溢れる現場を作り上げる】。その為には手段なんか選んでられないわ。たとえ、悪魔の力を借りたとしても。)

「あ、、」

 検索を続けていくと、理沙の目の前に、あるホームページの画面が現れた。それは、おそらく主婦であろう、ある女が立ち上げているブログだった。
 内容は、とりたてて大したものではない。その女が作った料理の写真だったり、旅行先の風景の写真だったり、飼っているペットの写真だったり、、が貼り付けられており、その写真の下に、コメントが書かれている。要するに、主婦が暇つぶしにやっているような、よくある類のブログであった。
 一見、無害な主婦のブログにすぎない、この画面が、どうしてこのパソコンの検索で捕捉されたのか?理沙は首を傾げながら、マウスを操作し、ブログの内容を追っていった。すると、最後のページに「主婦のひとりごと」というタイトルで綴られているコラムを見つけた。

『ブログをご覧の皆さん、こんばんは。
首都圏の方々は、大雪で大変でしたね。でも、たまには、毎日、雪と戦っている私の気持ちを、首都圏の方々にわかって欲しいなって、思ったりして(笑)。
 さて、昨日も、納得いかないことがあったのでこの場を借りて吐き出しますね。
 私は、お店のインフォメーションカウンター(略してICって呼ばれています。)で働いています。前にもお話しましたよね。ICってところは、その名の通り、お客様からの様々な問い合わせ対して、的確にお答えをすることが普段の業務になります。
 取り扱い商品について、店で行われるイベントについて、営業時間について、トイレの場所について、、お客様からの問い合わせは実に多岐に渡ります。そして、時には、お客様からの苦情の窓口としてもICは利用されるのです。
 昨日、こんなことがありました。夕方四時過ぎぐらいのことでしょうか。五十代か六十代くらいの女性のお客様が、血相を変えて、ICに怒鳴り込んできたのです。お客様は、ICの窓口で、大声で叫びました。

「店の責任者、呼んでちょうだいよ!」

 お客様は相当、ご立腹のご様子。こういう、お客様こそ、冷静に対応せねばなりません。私はそのお客様に向かって、

「お客様、いかがされましたか?」

と、丁寧にお尋ねしました。

「これ、見なさいよ」

 お客様は、持っていたエコバックの中から、お肉が入ったパックを取り出し、乱暴にカウンターテーブルの上に置いたのです。お肉は、うちのお店で売っている、唐揚げ用に刻んだ鶏のもも肉でした。パックの中をよく見ると、なにやら、米粒程度の黒い塊が見えます。

「これ、虫でしょ!
あんたんところの店はこんなものを客に売ってるの!?」

 その黒い塊をさらによく見ると、小さな羽のようなものが見えます。コバエのような小さな虫が、パックの中に入り込んだようです。異物混入。重大なクレームです。パックは破られていなかったため、肉売場の作業場で混入してしまったのは明らかでした。

「申し訳ありません!
ただいま、責任者をお呼びいたします」

 私は深々と頭を下げ、責任者が来るまでお待ちいただけるよう、椅子をお勧めしました。クレーム対応には、まず、売場責任者を呼ぶことになっています。私は、ICにある固定電話から、肉売場の責任者が持っているPHSに電話をしました。でも、何度鳴らしても、電話に出てくれないのです。
 待たされているお客様は、仏頂面で、かなりイラついているご様子。仕方がないので、その上の副支店長に電話をかけました。しかし、副支店長は今日はお休みのようで、PHSが切られています。
 迷いに迷った末、、異物混入という重大なクレームだということもあったのですが、、私は思い切って、支店長に電話をしました。
四、五回の呼び出し音の後、支店長は電話に出てくれました。

「なに?なんか用?」

 ものすごく不機嫌そうな声です。でも、ここで怯んではいけません。

「あの、ICですが、お買い上げされた鶏肉のパックに虫が入っていたということで、お客様がこちらにお見えになってるんですけど、、、」

「はあ?なにそれ?
そんなもん、現場責任者を呼べばいいだろ!」

「それが、何度、鳴らしても電話に出てくれないんです」

「ちっ!」

 電話口で大きな舌打ちをした後、支店長はこう言ったのです。

「電話に出ないのなら、店内放送で呼べばいいだろ!俺は忙しいんだよ!
【つまらないクレームでいちいち電話するなよ!】」

 そう言い捨てて、電話を切ってしまったのです。電話口から、なにやら、ざわついている声が聞こえました。きっと、喫煙所でタバコを吸っているのに違いありません。
 苦情を言ってきているお客様と、タバコと、どっちが大事なのでしょうか?信じられません。結局、そのお客様は、待ちきれず、

「もう、結構よ!
こんな店で、二度と買い物しないわ!」

 と言い捨てて、肉のパックをそのまま置き去りにして帰って行きました。現場責任者がやっと現れたのは、お客様が怒って帰ってしまってから、さらに十分ほど経過した頃でした。しかも、その現場責任者も、現場責任者です。お客様が置いていった肉のパックをまじまじと見つめて、

「【こんなの、普通、買う前に分かるよな。】」

 って言ったのです。私は、怒りを通り越して呆れて物も言えませんでした。
 私は長年、パートとして、この店にお世話になっています。何人もの支店長の下で、仕事をしてきました。しかし、正直、【支店長の質は変わるたびに下がる一方です】。現場責任者もしかり。
 一体、うちの会社はなにを根拠に、幹部を指名しているのでしょうか。お客様をお客様とも思わない、こんな支店長、現場責任者を幹部にしている、うちの会社の人事部はきっと無能者の集まりなのでしょう。
 こんな店だから、売上も順調に、【右肩下がり】です。うちの会社はそのうち、上の顔色ばかりを伺うばかりで、お客様のことなど、毛の先ほども気遣わない、無能な幹部たちに潰されることでしょう。
 みなさんも、こんな店で買い物しないほうが良いですよ(笑)』

 会社、店の名前は伏せられているが、このパソコンの検索で捕捉されたのだから、女が働いている店は、「ラックスマート」に間違いないはず。
 理沙は、画面右下に出てきた、四角い解析ボタンをクリックする。匿名の書き込み、投稿でも、この解析ボタンをクリックすると、たちどころに、本名、勤務店舗が分かる仕組みだ。

本名 香田 香(こうだ かおり)
勤務店舗 A店

 香田という女の文章は、穏やかではあったが、内容は、どの書き込みよりも辛辣だった。そして、お店の名前。A店、、、、それは、理沙が生まれ育った街にある店だ。
 理沙はマウスから手を離して背もたれに体重をかけ無機質なベージュ色の天井を見つめた。そして、目を閉じて故郷の風景を思う。
 深々と降り積もる粉雪。真っ赤な長靴を履き、母親と手を繋ぎサクサクと雪を踏みしめながら買い物に行ったあのお店。
 きむら、という名札をつけた、笑顔が素敵なお姉さんに出会った、あのお店。故郷の映像は瞼の裏に数秒間映し出され、徐々にフェイドアウトしていった。
 しかし、いくら事情が事情とは言え、これだけ辛辣に会社を誹謗中傷する書き込みは許されない。【どのような理由があろうと会社に対し反抗的な従業員は処罰されるべきなのだ】。

「ふん、なにが、香田香よ、上から読んでも下から読んでも、香田香?変な名前。山本山みたいだわ!」

 理沙は、香田香という名前を、ブラックリストに書き加えた。香田香のブログは、その後も、だいたい三日に一日程度の割合で、悪魔パソコン(便宜上、こう呼ぶことにする)に捕捉された。
 ある時は上司の批判、ある時は「ラックスマート」の販売戦略に対する批判、そしてある時はA店の品揃えに対する批判等、、その内容は多岐にわたっていた。
 しかし、一貫していたことは、会社批判であったとしても、その姿勢は常に【客目線】であったということであろう。

 ※※※※※※※

 香田香は、ある日のブログに、自撮りの動画を載せていた。枯れ枝のように細い指がピアノの鍵盤の上をゆったりと泳いでいる。聴き覚えのあるそのメロディは、ショパンの「別れの曲」であった。序盤の静かな場面では、物悲しさが、後半の劇的に盛り上がる場面では、やり場のない怒りが伝わってくるような演奏であった。鍵盤を叩く両腕しか画面に映っていないため、女の表情はわからない。あまりに痩せ細った長い指のせいか、くるぶしがやけに大きくみえた。

 理沙は思わず演奏に聴き入ってしまった。皺だらけの今にも折れてしまいそうな指が生み出す情熱的な演奏は、まるでこの「別れの曲」を通して女の人生を語っているように思えた。

 そしてブログの最後に記された「主婦のひとりごと」にはこう記されている。

『私が働いている店は常に【お客様第一主義】で商売をするということを基本理念としています。でも、本当にそうでしょうか?
 店内で常にお客様第一主義で仕事をしている従業員がひとりとして存在するでしょうか?
 これほど、会社の掲げる理念と、現場の実態が著しく乖離しているということを肌で感じてしまうと、この店で働いていることが恥ずかしくなってきます。
 昔はこんな店ではなかったのです。店内はお客様と従業員の笑顔で溢れていました。一体、いつ、誰が、こんなお店にしてしまったのでしょうか?』

 (この女、、一体、何者なのよ)

 理沙は、ブラックリストに、香田香の名を書き込む度に、なにか、得体の知れない焦燥感を覚えた。

 ※※※※※※※※

 【罪悪感】

  それから二ヶ月が経過した。スクランブル交差点を渡る人々の服装からは、コートが消え、マフラーが消え、手袋が消えた。日差しは穏やかになり、道ゆく人々の背筋はピンと伸びて、足取りは軽く、歩く速度も幾分、ゆっくりになった。
 そして、理沙は相変わらず、L N Pとしての自分の責務を果たしていた。【悪魔の力を借りて。】
 しかし、理沙には気がかりなことがあった。例の香田香のブログがここ二週間ほど、悪魔パソコンに捕捉されない。こんなことは今までなかった。三日に一度は捕捉されていたあの女のブログはどうなっているのか?
 妙な胸騒ぎを覚えた。理沙はデスクの上にある固定電話の受話器をとり、香田香が働いているはずのA店に電話をかけた。指先に触れるプッシュボタンがやけに冷たく感じた。無機質な呼び出し音が鼓膜を震わせる。少しずつ鼓動が速くなるのを感じた。

「あの、社内安全管理局の、立花と申しますが、ICの香田さん、いらっしゃいますか?」

 理沙の声は微かに震えていた。それを嘲笑うかのように、交換手が抑揚のない声で答える。

「はい、社内安全管理局の立花さん、ですね、、」

「はい、そうです」

「大変申し訳ございません。
香田は、先月、退社いたしました」

 耳に当てた受話器が自分の汗でじっとりと湿っているの感じる。いつのまにか足が小刻みに震えていた。

(どうして辞めたのか?)

 そのことを疑問に思うこと自体が愚かなことのように思えた。おそらく、香田香はパートの契約を切られたのだ。考えてみれば当たり前の話だ。理沙は三日に一度くらいの頻度で、香田香の名前が書かれたブラックリストを人事部へ流していたのだから。
 なぜだかひどく後ろめたい気持ちになった。理沙はL N Pという自分に課せられた肩書きのもと、任務を粛々と遂行していただけである。悪魔パソコンの力を借りていたとはいえ、こそこそとネットで自分の勤めている会社の悪口を書き込む輩など、処分されて当然ではないか。

『店内はお客様と従業員の笑顔で溢れていました』

 香田がブログに書き込んだ言葉を思い出した。過去のA店を懐かしむ言葉。いつまでも忘れることのできない、お姉さんの笑顔。アーモンド型の眼の中にキラキラと光るダークブランの瞳。黒髪から仄かに漂うシャンプーの匂い。四歳の時の記憶が蘇る。

 【過去に存在した「ラックスマート」の素晴らしさが、今は根こそぎ失われてしまった】ということなのか。それは、あくまでも香田香の視点によるものであるが。

「うう、、、」

 理沙は唸った。自分は正しいことをしている、という自信が微かに揺らいできている。
 香田香は、過去のA店、いや、過去の「ラックスマート」を間違いなく愛していた。それは香田の文章を読めば明らかだ。しかし、現在の「ラックスマート」は、過去の「ラックスマート」とは別物になってしまった。香田的には。
 過去の「ラックスマート」を愛していた香田香と、【過去の「ラックスマート」の良さを失ってしまった現在の「ラックスマート」を愛している自分】。

【いったい、どちらが、愛社精神に溢れる従業員だと、言えるのであろうか?】

 ※※※※※※※

 【悪魔再臨】
   
 その後も理沙は、L N Pとしての職務を淡々とこなしていった。しかし、悪魔パソコンを手に入れた当初の情熱は、少しずつ失われていった。
 ネットに書き込まれている「ラックスマート」に対する誹謗中傷の嵐。安い時給で過酷な労働を強いる現場。家計を支えるためにそれでも我慢して働くパートさん達。そんなことは、お構いなしに、パートさんに向かって暴言を吐く上司。お客の気持ちなど、微塵も考えていない支店長。そんな支店長の顔色ばかり伺って、部下を蔑ろにする売場責任者たち。

(それが、今の「ラックスマート」の真実だとしたら、ネットで何を書き込まれようが仕方のない話ではないか、、、、)

 理沙は目の前にある真紅のノートパソコンをまじまじと見つめた。

【そもそも、こんなパソコンを手に入れるべきではなかった。】

 このパソコンさえなかったら、香田香の存在も知らずに済んだかもしれない。なにしろ悪魔から譲り受けたパソコンなのだ。

「ふん、何が、共存共栄よ!
悪魔など、所詮、悪魔なんだわ。
私の心を掻き回すためにこんなものをよこしたに違いないわ!」

 行き場のない理沙の感情は、悪魔に対する怒りに変わっていった。

「おい、随分な言われようだな」

 聞き覚えのあるしゃがれ声に振り向くと、再び、悪魔が理沙の目の前に立っていた。悪魔パソコンを手に入れてから半年が経過したある日の午後のことであった。

「久しぶりだな」

 悪魔は半年前と同様、馴れ馴れしく話しかけてきた。

「あんた、いったい何しに来たのよ。あんなもの私によこしといて。あんな趣味の悪いパソコン、、あのパソコンのせいで、私は、、私は、、、」

 理沙は悪魔に言いたいことが山ほどあったはずだが、うまく言葉にすることができなかった。

「言ったはずだぜ。うまく、使え、、ってな」

「、、何よ、、どういう意味よ!」

「あのパソコンのおかげで、お前の会社の悪口を言ってる奴らの身元が割れたんだ。そこまではいい。でもな、お前は、そのあといったい、何をした?」

「何をしたって、、、その内容をリスト化して、人事部に、、、」

「それが、お前の限界なんだ。お前は、ネット上の書き込みを全て鵜呑みにして、書き込み主を全て【愛社精神など微塵もない、会社に対して反抗的な従業員】と捉え、そのまま人事部に流しただけだろ。一度として、書き込み主の気持ちを想像したことがあったか?」

「そんな、、想像って、、ネットに匿名で自分の会社の悪口をいう奴らなんて、ロクでもない奴らに決まってるじゃない!」

「そうだ。そうやって決めつける。それがお前の限界だと言っている。あのパソコンがせっかく匿名の書き込み主の身元を全て明かしてくれたんだ。お前がすべきことは、それをそのまま人事部に流すのではなく、その前に、まず書き込み主と話し合うことじゃなかったのか?」

「そんな、、、!」

「お前は、自分でたいそう愛社精神のある人間だと思い込んでいるようだが、、、お前が愛しているのは、【会社という組織そのものなのか、同じ会社で働く従業員の仲間なのか、どっちなんだ?】」

「、、、、、」

「お前は、「ラックスマート」という会社そのものに愛情を向けるより先に、「ラックスマート」で働く従業員ひとりひとりに愛情を向けるべきだったのだ。子供の使いじゃあるまし、ネット上に書き込まれた誹謗中傷をそのまま人事部に報告して満足してどうする?そんなことは小学生でもできる仕事だぜ」

 理沙は言葉を失った。反論する言葉を見つけられずに、ただ俯いているだけの理沙に対して、悪魔は畳み掛けるようにこう言った。

「社内安全管理局、、、ご大層な部署名だ。
【社内安全管理局とは、会社という組織の安全を管理するところなのか、会社で働く従業員の安全を管理するところなのか、いったいどっちなんだ?会社組織を安全に保つためなら、従業員を犠牲にしても良いと思ってるのか?たとえ、会社が間違ったことをしていても】。え、どうなんだ?」

 理沙は悪魔の言葉をただただ俯いて聞いていた。そして、思った。

(悪魔の言っていること、、なんだか初めて言われたことじゃないような気がする、、、同じようなことをどこかで、、言われたような、、、、あ、、、、香田香。そうだ、、、
香田香のブログ。香田香が、ブログで会社を非難していた言葉と似ている)

 理沙は顔を上げて、悪魔の表情を覗く。吊り上がったダイヤ型の目。ルビーのように赤く輝く瞳。とんがった耳に届くくらい裂けた大きな口。その両端からニュッと伸びた鋭い牙。
 いくら正論を吐いているとはいえ、悪魔は悪魔だ。その顔には表情というものが欠けていた。そして、悪魔は、さらに言葉を継いだ。口を動かすたびに、二本の長い牙が照明の光を受けて閃く。低くしゃがれた声が、静寂した室内の空気を引き裂くように重たく響く。

「あの、香田香という女。お前が三日に一度は、ブラックリストにその名を書き込み、人事部に流した、あの女。会社を辞めたのは知っているだろ?」

 「ええ、知っているわ。ネット上にあんな辛辣に「ラックスマート」の悪口を書き込んでいたんだもの。契約を切られてクビにされても仕方のないことよ、、私は自分の職責を全うしただけ。私は悪くない!」

「まあ、そう、結論を先走ることもなかろう。あの女が会社を辞めたのは体調不良が原因だ。そして、、三日前、病院で息を引き取った」

「し、死んだの? あの女。なんで、、」

 香田香の死を悪魔から知らされた時の理沙の感情は複雑であった。純粋な驚きと好奇心、退社理由が契約を切られたというわけではなかったという安心感、そしてそれらとはまた別のもうひとつの感情、、それは明らかに寂寥感であった。
 複雑な思いが心の中で渦巻く中、理沙は全身の力が抜けてゆくような感覚に襲われた。それだけ香田香の存在は、理沙にとって大きなものであったのだ。香田香の言葉は理沙の心を激しく掻き回した。理沙の仕事に対する絶対的な自信を大きく揺るがした。
 しかし、もう香田香のブログを閲覧することはできない。香田香の言葉が理沙を追い詰めることもない。その事実を改めて認識した時、理沙の心は、なんとも言えない寂寥感に溢れていた。
 なぜだか分からない。あれだけ辛辣に「ラックスマート」を誹謗中傷していた香田香。
しかし、香田香本人の死を知ったいま、理沙の彼女に対する憎しみや怒りは綺麗さっぱりなくなっていた。理沙はやっと気付いた。香田香は、きっと自分と同じくらい、「ラックスマート」を愛していた、ということに。

「香田香。あの女は、地元の高校を卒業して、「ラックスマート」A店に正社員として入社した。それが今から三十年以上も前の話だ。五年間ほど正社員として働いた後、結婚を機に退社。しかし、幸せな結婚生活も長くは続かなかった。結婚してわずか三年後、最愛の夫を事故で亡くす。その後、まあ、夫を亡くした寂しさを紛らわそうという理由もあったんだろうが、、再び、A店にパートとして再入社。
 以来、、再婚もせず、ずっとA店でパートとして勤務し続けていた。もう治る見込みのない病に侵され、医者から余命宣告を受けても、あいつは働き続けた。俺がいうのも何だが、あいつほど会社を愛していた人間はいない」

 悪魔はまるで身近な人間のことを話すように熱っぽく、、少なくとも理沙にはそう思えた、、香田香について語った。

 「あいつの旦那は実に間抜けな死に方をした。季節外れの雪が降った翌日のことだ。あいつは急いでいた。出勤前にどうしてもやっておかなければならないことがあった。横断歩道を小走りで渡ろうとしたあいつは、【白い線の上で派手に転んで、後頭部をアスファルトに激突させた。アスファルトに雪は残っていなかったが、白い線の上は凍結していた】病院に運ばれたが、打ちどころが悪くてな、、そのまま息を引き取った、、、」

 そして、その後、悪魔は言ったのだ。

「お前は、過去に香田香という人間に会っている。香田香という女は、実はずっと前から、お前の心の片隅にひっそりと生きていたはずだ。香田香。旧姓、木村香。幼かったお前を「ラックスマート」という会社に導いた張本人だ」

「な、、、何ですって!」

 理沙は、四歳の頃の記憶を再び掘り起こす。母親に連れていかれたA店でひとりぼっちにされた時、話しかけてくれた「きむら」という名札を付けたお姉さん。笑顔がお星さまのようにキラキラと輝いていたお姉さん。形の良いアーモンド型の目の中で煌めいていたダークブラウンの瞳。
 今だからこそ、理沙には理解できる。当時の香田香の笑顔がキラキラと輝いていた理由を。香田香は、「ラックスマート」という会社そのものを愛していたわけではない。【ラックスマートに関わる全ての人間を愛していた。ラックスマートで買い物をしてくれるお客様も、ラックスマートで働く従業員も】。
 香田香の笑顔がキラキラと輝いていた理由は、その笑顔がビジネススマイルという仮面ではなく、【彼女の感情に則った心からの笑顔】だったからだ。
 理沙は椅子に座ったまま、再び俯く。膝の上に置かれた両手が固く固く握り締められている。肩は小刻みに震えていた。俯いた理沙の顔から、涙の雫がぽとぽとと落ちてくる。理沙の握り締めた両手が、涙で濡れてゆく。
 そして、いつの間にかデスクに突っ伏して、大声で泣いていた。すぐ背後に悪魔がいるなんてことはとうに忘れていた。理沙はいつまでも泣き続けた。
 それからどれほどの時間が経ったのかは分からない。理沙が泣き止み、振り向いた時に、すでに悪魔はいなかった。ブラインドの隙間から、わずかに西陽がさしていた。LED照明に照らされた室内が仄暗く感じる。
 そして、再び前を向くと、あの真紅の悪魔パソコンは姿を消し、もともとあった会社の黒いノートパソコンに変わっていた。

 ※※※※※※※※

【エピローグ】

「ちっ、まったく、商品開発部のやつら、ろくな商品を作らねえ!」

 悪魔は真紅のノートパソコンを小脇に抱え、オレンジ色の空をゆっくりと飛行していた。眼下には、林立したビルがミニチュア模型のように規則正しく並んでいる。渋滞している車。乗客をパンパンに詰め込んでレールを軋ませて走っている電車。俯瞰して眺める都会の風景に、悪魔はうんざりして、大きなため息をついた。

「だいたい、悪魔のくせに、人間の役に立とうってのが間違ってるのさ。悪魔は所詮、悪魔さ」

 悪魔は、自分が過去に人間だったことなどとうに忘れて、そう嘯いた。

「あいつは、昔から曲がったことが嫌いな奴だった。いつも一生懸命生きていた。俺みたいないい加減な男には不釣り合いな女だった。それでも俺と一緒になってくれた。その挙句、俺の方が勝手に死んじまった。まったく、間の抜けた話だ。死んでからまた一緒になろうなんて、思ってたが、、あいつは天国行きだ。悪魔には一生なれない。まったく、俺はついてないぜ」

 悪魔は自分の運命を少し呪った。しかし、その顔には表情が欠けていた。悪魔は、所詮、悪魔だからだ。

 「ゲホッ、ゲホッ、、、ったく、、空気が悪いったらありゃしないぜ、、、人間と悪魔。全く、どっちが悪魔なんだかわかりゃしねえ」

 悪魔はスピードを上げた。そして、燃え盛る夕陽の中へ消えていった。

 ※※※※※※※

 本州最北端に位置するA県の冬は長い。十一月下旬から十二月にかけて積もり始める雪は、三月になるまで完全に溶けることなく、地表を覆う。空は昼夜を問わず厚い雪雲に覆われ、太陽はその役割を忘れたかのように忽然と姿を消した。
 三月になると、そんな長い冬に終わりを告げるかの如く、雪雲をこじ開けるように太陽が顔を出し、呼応するように地表を覆っていた雪が姿を消していく。
 「ラックスマート」A店では、除雪機や雪かきによって路肩に寄せられた雪が溶け始め地表が見えてくる頃、恒例行事として、従業員による店の外周のゴミ拾いがあった。
 たかが外周と言っても敷地面積一万二千坪の商業施設である。尋常でない広さだ。受付で配布される軍手をはめ、黄色いキャップを被り、おおきなゴミ袋を持って従業員たちは、外周に向かう。
 雪が姿を消した地表には様々なゴミが散乱している。ジュースやビールの空き缶、お菓子の袋、割れたワインの瓶、ボロボロになった新聞や雑誌。そして、数えきれぬほど散乱している煙草の吸殻。
 携帯灰皿を持たずに路上喫煙する者が多く、雪が積もっていることを良いことにぽんぽんその場で吸殻を捨てていく。雪上に落ちた煙草の吸殻は、じゅううう、と小さな音を立てて雪に埋れていき、その上にまた新たな雪が積もり吸殻はその姿を消していく。

 白一色だった地表は、わずかに残った雪、土塊、無数のゴミにより極彩色に変化していた。しかしその中で、新たに芽吹いた雑草の緑色だけが、再び働き始めた太陽の光を浴びてきらきらと輝いている。
 理沙は、そんな姿を、思わずしゃがみ込んで長い間見つめていた。

 ふと視線を車道に移した。横断歩道の白い線が春の穏やかな陽光を反射し、眩しく輝いている。すると携帯の着信音がプルルルとなった。ダウンジャケットのポケットから携帯を取り出す。

 「店長、お客様からクレームです。すぐにICまで来てもらえますか?」

 「すぐにいくわ」

 携帯を再びポケットにしまい、雲一つない青空を見上げ目を瞑った。瞼の裏にショパンの「別れの曲」を演奏している香田香の姿が浮かんでくる。しかしそれは、理沙を「ラックスマート」に導いた若き日の木村香であった。アーモンド型の目。ダークブラウンの瞳。ウェーブのかかった黒髪から漂ってくるシャンプーの匂い、、、

 目を開けると、やがて気温が上昇し背丈が伸びたら刈り取られるであろう雑草が、風に撫でられ小さく揺れている。それはまるで名もなき草花が、ピアノの旋律に合わせて、静かに踊っているようだった。

 【了】







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