「これからもずっと僕は、大切な人のために言葉を探し求める」
⭐️窪美澄「夜のふくらみ」を読んで
『手のひらにすっぽり収まりそうな黒猫の小さな頭を撫でながら、ふいにこみ上げてくるものがあって顔を上げた。雲間から今にも消えそうな星がひとつ瞬いているのが見えたが、またすぐに雲に隠れて見えなくなった。
誰にも遠慮はいらないの。なんでも言葉にして伝えないと。どんな小さなことでも。幸せが逃げてしまうよ。
顔も名前も思い出せないけど、あの夜、美しいあの人は確かに僕にそう言った。
「裕太、おめでとう」
さっきよりもさらに大きな声をあげて泣きはじめた裕太に驚いて、黒猫はどこかに走り去っていった』
窪美澄「よるのふくらみ」より
窪美澄さんの文章というのはとても優しく温かい。まるで温泉に浸かっているような感覚に陥っていまう。それが窪美澄文学だと言えるでしょう。僕は小説のレビューの中で数えきれぬほどの引用文を掲載してきましたがこの引用文はいつまでも僕の記憶に刻み込まれています。
優しいから、うまく生きられない。
優しいから、人よりいろんな悲しみを背負ってしまう。人は誰でも上手に生きたいと思う。でも、上手に生きられないことを恥じる必要はない。それは、あなたが優しいひとであることのひとつの証明だと言えるからです。
『世界は、ほんの一握りの優しいひとたちのおかげで正常に保たれている』確か、湊かなえさんの小説で、こんな文章があった記憶があります。
なんだか不器用でうまく生きられない、なんて悩んでいるそこのあなた。あなたはとても優しいひとです。あなたのような人がいるおかげで世界は正常に保たれているのです。自信を持って生きていきましょう。
この本を読んでまた、僕の心の中にある水たまりが少しだけ大きく深くなりました。小説の言葉、言葉が、心の水たまりに溶け込んでいきます。心に残る様々な言葉。それは、頭では覚えていなくても心は覚えている。そして、いつの日か忘れた頃に心の水たまりに浮かんでくるものなのです。
そして、これからもずっと僕は大切な人のために言葉を探し求めるのです。
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