宗教の事件 66 吉本隆明・辺見庸「夜と女と毛沢東」
●夜を虐待する日本
辺見 僕は、大別すると人間には夜派と昼派がいると思うんですよ。世の中にはいろいろな人がいますが、たとえば親鸞なんかは僕の感じでは夜派ですけれども、どうでしょうか?
吉本 館林の田山花袋記念館へ行った時に、笠間にも立ち寄ったんです。あの辺りは親鸞が修行で歩いたところですけど、第一に感じたのは、地形が京都の郊外ととてもよく似ていること。ちょうど夕日が落ちていくところに遭遇したんです。赤い夕日が見たこともないほどの大きさで林の後に落ちていく。ああ、親鸞がここを去らなかったのはこの魅力のゆえじゃないのかな、と感じましたね。今の辺見さんの話につなげれば、この人は西方浄土の人ですけれども、存外黄昏の人じゃないかなと。
何年か前に東本願寺に行ったことがありますが、昼時になるとご飯を出してくれば、酒がつくんですよ。隣に東本願寺の大将が座っているんだけれど、盛んに飲んでいる。だから、これはなかなかいい宗派だな、という印象を持ったんです。
辺見 吉本さんご自身は夜派ですか?
吉本 四十代はじめまでは夜派でした。みんなが寝静まった頃に何かやり始めて、そうすると快感みたいなものがありましてね、それで明け方まで・・・・・・、というのが僕のパターンだったんです。
ところが、だんだん年を食ってきたら、徹夜の疲労を治すのに一週間近くかかる。だから、今は自分でも意識して昼型、午前型に変えているんです。辺見さんは夜型ですか?
辺見 わたしはもう非常に過激な、超過激な夜派で通っちゃっています。
僕は、夜派の人間のやることと、昼派の人間がやることで世の中もずいぶん変わるんじゃないかと思うんです。私のような夜派はあまり生産的じゃないというか、世の中でそれほどポジティヴなことはやるまい、というふうに思うんですよ。
吉本 自分なりの用心があって、だんだん昼派の生活にすると、「俺は健康になっちゃうんじゃないか」という恐れがあるんです。つまり文学でも健康な文学をいいと言ってしまうようなね。そういう恐れを絶えず感じていて、これはいかん、と自分なりに用心はしているんです。つまり、魔の時間、魔的な時間がなくなってしまう。夜型のときのほうが精神の範囲が広くて、それこそ善も悪もみんな許容できる。人や文学というのはそういうものなんだ、というふうに思っていますからね。
辺見 この十数年ぐらいの世界史は昼派の人間によってつくられているな、という感じですね。アメリカでもそうですが、政治家や役人が飯食いながら仕事の話をしますでしょう、ランチオンとか称して。これがこの十数年ぐらいで朝食がぐっと増えましたね。
昔は昼飯化夕食かだったんですよ。それが、最近、霞が関あたりでもそうですが、ものすごい早起きしまして朝から仕事の話をするんです。ホワイトハウスなんかもそうなんですよ。これはおそらくロシアあたりでもそうなんでしょうが、僕は、革命家というものは昔は夜、ものを考えていたと思うんです。朝っぱらから人を殺したり、ものを壊したりということは考えていなかったんだろうな、思うんですけどね。
吉本 なかったんでしょうね。できないしょうから。
辺見 その夜派が激減したということが、今のようなつまらない世の中になってきた原因じゃないかな、と思うんですよ。
吉本 昔は編集者と飲み屋で一杯やりながら仕事の話をしたんですが、このごろは喫茶店なんですね。こういうところの健康さというのは、きっとほかのところに影響するだろうな、という感じがするんです。
それから僕の大学の同級生で重役になっている人がいまして、そいつが言うには、「浮気をするときには朝するんだ」。
辺見 夜はきちんと帰るわけですか?
吉本 そうなんです。それで、朝早起きして、するらしい。
フランス人の女の友人も言ってました。「日本の男みたいに、仕事が終わってから飲み屋さんや、女性のいるバーへ行って、飲んだり、イチャイチャするということは、フランスでは全然流行らない」。「それならいつするんですか」と訊くと、「昼するんだ」って。
辺見 ああ、昼にね。でも、昼するときもカーテンを引いたりするんでしょうね。まあ雨戸はないでしょうけど、夜をこしらえるんじゃないですかね。
吉本 ええ、人工的に夜にするわけですね。だから、今までデカダンスといわれてきたものが全部昼型に変わってしまっている。
辺見 世界的にそう思うんですよ。たとえば、悪人正機みたいな考え方も許さないヒステリックな雰囲気は昼型の人間に多いと思いますね。
僕なんか本当に息がしにくくて、しょうがないんです。ちょっとものを書いたり言ったりしただけで、両刃のカミソリを封筒に入れて送ってきたりするんです。手紙も、何も書いていない。びっくりします。
吉本 夜というのはいろいろな意味で時間的にも追い詰められているような気がするんですね。盛り場は別でしょうけれど、ある地域では、9時から10時過ぎにはもうみんな真っ暗になってしまう、閉じてしまいますから。
ただテレビとか、情報関係はそうはいかんのかな、とは思いますが、市民社会では夜はだんだん虐待される傾向にありますね。
辺見 今あまり読まれないですけども、たとえばサヴィンコーフ(ロープシン)とかは、完全に夜の世界ですね。
吉本 夜ですよね。
辺見 荷風だって本質的には夜派だと思う。
吉本 僕、テレビが好きだから見ていると、夜から明け方というのが勢いを増してくるかな、というような時期が一時はあったんですが、最近その勢いがなくなりましたね。
辺見 夜的な凄味が全然ないんですね。あれだったら昼のチャラチャラした世界と同じですね。
吉本 テレビに出てくる人たちも、夜中とか夜更けというのは相当いい加減で、つまんない。
辺見 永井荷風が訳したボードレールの詩がありまして、夜というのにいろいろな形容をするんですね。「悪徒の友なる夜は狼の歩みしずかに 共犯者の如く進み来たりぬ」。僕は好きなんですね。しかし、こういうのはもう通用しないんだな、と思うんです。悪徒が減ったんですね。
吉本 ボードレールの世界や、批評家でいえばベンヤミンの世界というのは、それなりに雰囲気があるんですけどね。
辺見 ああ、ベンヤミンも夜派かもしれない。ピレネーの夜を見ながら自殺してますよね。北原白秋も案外夜の詩が多いんですね。文字通り「夜」という詩があって、「血潮のしたたる 生じろい鋏を持って 生肝取(いきぎもとり)のさしのぞく夜」という詩なんです。「ぬるぬると蛇(くちなわ)の目が光り、 おはぐろの臭のいやらしく」というのもいい。昔の詩人たちというのはすごく夜について書いているんですね。身体が夜に染まっている。
吉本 あの人たちは隅田川のほとりの盛り場が根拠地だったんでしょう。僕は、小学生の頃、新佃島にいたんですが、銀座通りは今みたいにきれいじゃなくて、屋台が出ていたんです。そこを大人の袖のところから覗いて歩くのが好きで、よく覚えていますね。
辺見 いや、変わりましたですね。私が学生の頃、新宿二丁目なんてもっと暗かったですよね。今はオカマだらけです。
つまり高度経済成長期以降というのは本来の夜を壊してしまったんですね。小便くさい路地も闇も排除したんです。ですから、夜そのものが持つ情緒とか、殺意、凄味、底暗さみたいなものも、全部破壊されてしまったんでしょうね。この先、破壊した闇から復讐されるのかもしれない。
吉本 本当にそうですね。
辺見 だから、私は、外国で往時の日本の夜を思い出したりします。何にもなくて、本当の夜といったら変ですけれども、本当に“夜の空気”というのがあるんです。
吉本 今、日本でそういうところがあるのかな。
辺見 いや、地方でももうないですね。外国から久し振りに帰国するとき、夜間に戻ってきたりしますでしょう。飛行機の窓から見てると、どこの国よりも明るい。だから、もう“ぬばたま”ってないんですよ。
吉本 そうなんでしょうね。あんまり化け物もいなくなったし。
辺見 ええ、百鬼夜行もない。夜出てくる化け物に遭遇したいぐらいです。
(つづく)
吉本隆明・辺見庸 「夜と女と毛沢東」
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