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「オーダー車だから良く走る自転車とは限らないんだよ。」というお話(39)

引き続き「廣瀬さんがオーナーさんという自転車を構成する、最大で、最重要のパーツをどう見て(診て)いらっしゃったか」について記していきます。

廣瀬さん、オーナーさんを理解するのに、さまざまな視点・視座をお持ちでした。今回はその中で、廣瀬さんがオーナーさんの身体的特徴を理解しようとする際、中心に据えていらっしゃった「体癖」について。
さらに、その理解の結果を、作られるオーダー車に、どのように落とし込んでおられたかについて、ご紹介していきます。


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設計にまつわること 25 「オーナーさんという最重要パーツについて その2 / 体癖理論-A」


このノートの28回目、「設計にまつわること 14 『ダイヤモンド形フレームのミニベロ(小径車)について 1』」において、堂城賢が書かれた「自転車の教科書(小学館)」という本をご紹介しました。続編もあり、それが下の画像の右側、青い表紙の「自転車の教科書(小学館)-身体の使い方編-」です。

カバーの袖に「自転車は正しく乗れば、安全に、楽に、早く走れます。それには、自転車と人間の構造を考え、無理のない動きをすればいいだけなんです。」とある氏の本には、自転車の乗り方の理論が記されています。

一冊目が発売されたのは2013年。私はネットでこの本の評判を知り、さっそく購入させて頂きました。
選手がご自身のトレーニング方法や、身体の鍛え方、速く走る技術を披露されているもの等とは異なり、この本では、その人の体力、筋力の範囲内で、誰もが最も合理的に走ることが可能な乗り方、および、その裏付けとなる理屈が紹介されており、大いに刺激を受けました。氏が公開されているYouTubeもたいへん参考になりました。

本に記された乗り方を試してみて、腑に落ちる箇所が見つかるにつれ、私にはある好奇心が湧いてきました。
はたして廣瀬さんは、この本をどのようにお読みになるだろう? という興味です。
と言うのも、廣瀬さん、工房やご自宅で、自らが開催された過去の走行会のフィルムやビデオを私に見せて下さることがあり、その都度、映っている方のフォームを見ては「もっとここをこうすれば合理的なのにね。」等とお話になられていたからです。


ほどなく、知り合いのヒロセの常連さん、S氏やM氏もこの本を興味深く読まれていることを知りました。
そこで、私は(恐れ多くも)、工房にこの本を持参し、廣瀬さんに手渡してみました。
その場で目次だけ斜め読みされるかと思いきや、「しばらく貸しておいて。」とのお言葉。数週間後、返却して下さった時、興味津々で質問しました。「どうでした?」
反応は一言だけでした。

「この理論が合う人にとっては良い本なんだと思うよ。でも合わない人もいるかもしれないね。」

つれない返事で、拍子抜けでしたが、時間を作り、きちんと読み込んで下さった上での、率直なお答えとして受け止めました。

何故こういう反応をされたのか?
この後、様々な角度から廣瀬さんを取材させていただき、だんだんわかって来たのですが、廣瀬さん、自らの長年の探求の結果、万人に等しく効く自転車処方箋、方程式なんてものは存在し無いと考えられていたんですね。

全ての人にとって等しく有効な「乗り方」の理論(ライディングフォームやケイデンス等)なんてものは無い。
故に、全ての人に通用する自転車の設計理論(ジオメトリや剛性設計などの法則)も無い、と。

ほぼ同じ体格、筋力、経験を持った人に全く同じ自転車を提供しても、それを気に入る人もいれば、そうじゃ無い人もいる…。
さらに、経験を経て筋肉のつき方が変わったり、加齢で関節の柔軟性が失われて来れば、同一人物であっても、その自転車との相性は変わってしまう…。

そして、だからこそ、その時々の、お一人お一人に合わせて作るオーダーメイド車は面白いのだ、とも仰っていました。

ここで、これまでこの「note」を通じ記してきた廣瀬さんの個人史を簡単に振り返ってみましょう。

廣瀬さんは、常に頭を使って自転車と付き合ってこられました。

乗り始めの少年時代は、上手く乗れない自分と自問自答し、答えを探した…。
「どうしたら大人用のでっかい自転車に、楽に、安全に乗ることが出来るだろう?」
「どうやったら苦手な右曲がりを左曲がりと同じように出来るだろう?」

やがて「どうしたら、もっと効率的な走りができるだろう?」と、往復で約50kmの自転車通学中、ギアの選択やペース配分を探求し続けた…。

吉祥寺の自転車屋で働く様になると「どうしたら壊れにくく、走りやすい自転車が組めるだろう?」と、組み付けや補修を通じ、パーツと会話するようになった…。

お店を持つ様になってからは、走行会を開き、参加者のタイムを計測したり、写真や8ミリフィルムを使い、ライディングフォームを分析。
ここで得た知識をもとに、オリジナルの治具を設計。
「そのオーナーにとって世界一の自転車」が作れるよう、製作技術と設計理論を磨かれた…。

サイクルストア・ヒロセの創業は1970年です。走行会が創設されたのが1971年。フレーム制作に着手されたのが1978年。
ですから、廣瀬さんのライディングを分析する目。そして、その分析結果を作る自転車に落とし込む理屈は、1970年代に、その基礎が形成されたものと思われます。

そして、その軸として存在したのが、「体癖」という考え方でした。


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