目醒めると全裸の美女が鎖に繋がれていた。

錆び付いて剥がれた浴室のタイルは冷ややかで、体温を奪う。身震いする気力も湧かず、視界が暗闇に慣れるのを待った。

頭が酷く痺れる理由は、昨夜の二次会で甲高い声の女と甘いウォッカを飲み競ったせいだ。俺のワイシャツの裾を頻繁に引っ張る女だった。二十三歳の新卒一年目。自分の肌艶の若さと、胸の大きさが武器であることを十分に承知していて、素知らぬふりで肉体を押し付けてくる。幼子の稚拙な作戦に陥落する歳でもない俺は、暫く巨乳の感触を肴に、酒を飲み続けることにした。

歌舞伎町の地下にある薄暗いバーは、雰囲気が取り柄なだけで、酒に感動はなかった。桜のせいで浮ついた男女が狭い店内に溢れている。煙草の煙で光が白く濁る。こんな夜を繰り返すのはもう何度目だろうかと思案していると、ねえ聞いていますか、と俺の目を覗き込んでくる。

彼女の話は取り留めがなかった。同期がスタートアップに転職して焦っていると言った後で、彼氏との回数が減って寂しい、男の人って同棲したら興味がなくなるんですか、と呟いてきた。俺は退屈になって欠伸を漏らす。彼女はちゃんと聞いてくださいと諌めてくる。

若さとは無知であり希望だ。すべからく皆、年老いる。二十三の彼女には到底信じられぬだろうが。彼女はあきらめを含んだ笑みで、でも頑張るしかないんですけどね、と周りの客にもアピールするように大声で主張した後、肩にもたれ掛かってきた。これ以上先送りにしても時間の無駄だと判断し、彼女の太腿に手を触れ、タイトスカートの中に指を入れた。

目が醒めると俺は全裸で床に転がっていた。弛緩する頭で、ここが歌舞伎町のラブホテルの浴室である事、バスタブの横に昨日の女が眠っている事に気がつく。女も全裸だった。眼前にはグロテスクな大人の玩具が無造作に放置されていた。週末のホテルはどこも満室で、地方の萎びた旅館のような場所しか開いていなかった。立ち上がろうとするも、右足が何かに掴まれて動けない。目をやると、鉄の鎖が壁の配管と足首を繋いでいた。

手を伸ばせば玩具には届くが、女はその向こうにいた。生死も判然とせぬ。大声で呼びかけるも反応はなかった。彼女の両手には手錠がはめられていた。この風景、何か特殊なプレイの途中だったのかもしれぬ。

不意に、浴室内の液晶テレビが点滅し、白粉を塗りたくった奇妙な顔が映し出された。「君たちは今まさに死につつある」と不明瞭な男の声が響いた。「チェックアウトの10時までに、相手をイカすか、自分がイクか。どちらかを選べ」

彼女がテレビに反応して目を覚ます。俺は間髪入れずに大人の玩具を手に取り、即座に電源をオンにする。しかし電池切れなのか沈黙だけを残す。女が幼児のように俺に向かって這ってくる。冷えた両手で、俺の頬を捉え、口の中に舌を入れ、掻き混ぜてくる。若い本能に負けそうになる。テレビはいつのまにか消えていた。俺は玩具を壁に投げつける。数々の修羅場を潜り抜けてきた俺の舌技が、機械なんぞに負けるはずがなかった。


荒い吐息の彼女の耳元で、俺は「ゲームオーバー」と囁いた。ゆっくりと立ち上がり、両手を高らかと掲げて儚い勝利を宣言し、浴室の扉を開けた。この疲弊しきった身体ではどちらが勝者かわからぬ。チェックアウトまであと5分だった。




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